第58話 ヤツらが夏服に着替えたら ~露出は増すけどストレスはより増す~

 5月の最終週がやって来た。

 喜津音女学院では衣替えの移行期間。


(緊急事態です! おじさん!!)


 おじさん今ね、トイレにいるから。

 後でいい?


(夏服のサイズが全然合わないんですけど! とりあえず無理やり着てみたら、腋のとこが裂けました!!)


 喜津音女学院の制服は可愛いと清楚が同居しているらしく、ネットオークションでは高値で取引されている。

 なお、ばあちゃんが巡回して不届き者を捜しており、発見されると食われる。


 半袖のブラウスに紺色のベスト。茶色のスカートの三点セット。

 冬服はベストの上にブレザーを羽織るが、ベストさえ脱がなければブレザーは気候に合わせて着脱可とされている。


(なんだー! こっちのヤツはジャストフィットですよー!! おじさんってば、あたしにピチピチの制服着せて楽しむつもりでしたねー? このむっつりー!!)


 もうツッコミが手遅れだから敢えてリアクション取らなかったけどね。

 お前が破壊したの、小春ちゃんのヤツだから。


 昨日、うちで晩飯食った時に醤油がこぼれて、俺が染み抜きしとくって言って預かったヤツ。



 なんて言い訳しようか、一緒に考えてね!!



 トイレから出ると、マリーさんに変身したうちの子がスカートの裾を摘まんで待機していた。


「おーおー。可愛い、可愛い」

「なんですかぁー! その反応!! あたし、発見したんですよ! ほら、こっち来てください!! 照明が逆光になる場所!! はい、こっちです!!」


「なに? 今日は俺、君らお嬢様トリオと通学しなきゃなんねぇから、スーツに着替えるんだけど」

「じゃーん!! この角度だと! スカートが透けます!! パンツの色は分かりませんが! シルエットはくっきり!!」



 しょうもねぇことばっかり覚えていくよ、マリーさん!!

 あとでばあちゃんに電話しとこう!! 制服に欠陥あるぞって!!



 時計を見ると、もう7時。

 家を出なければ。


「早いですってばぁー。遅刻のラインは8時15分ですよ? なんでそんなに急いで出るんですか? ギリギリまで家でダラダラしてたいですぅー」

「……マリーさんの制服姿を少しでも外で眺めていたいからかな」


 お嬢様コンビを待たせたら、眉間にヘッドショット喰らうからだよ!!


「し、仕方のないおじさんですねぇ! 早速マリーさんのスカートが透けてるとこを見たいとかぁー! じゃあ、特別に準備します!! しゅばばばー!!」


 近頃、まりっぺのテレパシーが鈍い。

 俺が茉莉子に慣れたように、茉莉子も俺に慣れた結果、上手く操縦すると脳内を読まれる前にコントロールできるようになった。


「……おじさんには失望しました。何かやらしーことを隠匿しましたね?」


 だが、俺も修業不足なので、結果的に断片的な読み取られ方をして傷を広げることが多い。

 とりあえず、マリーさんの背中を押していざ出発。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 待ち合わせ場所の公園でマリーさんに午後の紅茶を飲ませていると、先にやって来たのは萌乃さん。

 知ってた。



 SPの皆さんが、公園の茂みに大量に隠れていらっしゃるから!!



「ごきげんよう。マリーさん、夏服お似合いですね」

「もえもえ先輩! ごきげんよう!! 先輩はもう、すごいですね!! 盛り上がり方が!!」


 おヤメなさい、マリーさん。

 はしたないですよ。


「うふふ! 小松さんのために、ブラウスのサイズを1つ小さくするよう手配しました!」

「マリーさんと同レベルだったよ!! くっそ! 喜津音女学院の学習指導要領の改訂に今すぐ携わりてぇな!! リテラシーに重点を置きたい!!」


 だが、この2人が先に出会ってくれるのは逆にピンポン。


「お待たせしてしまいました……! はぁ、はぁ……! ご、ごめんなさい……!!」


 小春ちゃんがやって来た。

 律儀なので、集合時間20分前なのに最後だと気付けば大急ぎで駆けてくる。


 なお、小春ちゃんは運動が苦手。ちょっと走ると息が切れる。

 守ってやりたくなるタイプ。


「小春ちゃん、汗がすごいですよー。はい! ハンカチをどうぞー!!」

「あ、ありがとう、マリーちゃん。ふぅ……。私って体力ないから、恥ずかしいな」


「こはるるーさんはランニングがおすすめですよ。もえもえ的に」

「なるほどー! さすがもえもえ先輩! 確かに向いてますね!!」

「ん? どういうことでしょうか? 私、走るのもかなり苦手なんですけど……」


「いえいえ。こはるるーさんはスタイル的に運動向きですので!」

「そうですね! 小春ちゃん、ブラはそのままでも全然」



 そこまでだ! バレーボール部!!

 親切心でマウント取るなよ! マウンテンコンビが!!



 俺は小春ちゃんに「今度、一緒にサイクリングにでも行こうね」とものっすごく耳に近づいて囁き、バレーボール乙女たちの雑音をかき消した。

 すぐにラインメッセージが届く。


『御見それいたしましたぞ。カマンベール伯爵。お嬢様の耳元でお囁きに。愛を。お囁きに。愛を。このじい、確かに見届けましてございます。お館様にお伝えいたす!!』


 最近ね、敵に囲まれてる夢を見るの。


 3人を学院の校門まで送り届けて、「ヒジキ様、なんてメンバーを引き連れておられるのでしょう」とか「さすがはロッテンをお倒しあそばされたヒジキ閣下!!」とか、お嬢様たちの良くない勘違いの雨から逃げるように、俺は駅前へ。


 この日課、萌乃さんが卒業するまで続いたりしないだろうな。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 駅前に待機しているのは桃さん。

 彼女も昨日はうちでご飯食べたのだが、教科書を忘れて帰るというドジっ子を発揮。


 登校前にお届けに参上した。


「お待たせ! ごめん、ごめん!」

「お気になさらずぃーっす! …………」


「ほい! 教科書! 保健体育とか、ニッチなもん忘れてったなぁ!」

「あざっす! …………」


「早く行かないと遅刻するんじゃない?」



「このピーナッツクリーム野郎!!」

「おい、マジかよ!! なんで急に怒られたんだ、俺!!」



 桃さんは頬を膨らませる。

 これは知ってる! うちの子で覚えた! ご不満がある時の顔!!


「あー。そっすよね。お嬢の特大ボイン見てきたあとだと、ウチのピーチなんか、アレっすわ。ただの凡パイっす。はいはい。デザートにもなんねっす。うぃーす」

「……あああ! 夏服だ! 桃さん、夏服じゃん!! ブラジャー見えてるよ!!」


「うぇ!? や、これはそーゆうヤツなんすよ!! どうなってんすか、秀亀さん! 乳の話したら途端に見せブラに対してフルモンティー指摘とか! 踏み込みがパナップでレアピーチは困惑なんすけど!!」

「ああー! それが噂の見て良いブラジャー!! 茉莉子が言ってた! ギャルの子はブラジャー見せてくれるって!!」


「ちげぇんすよ! 見せてんじゃねぇんす、これそーゆうファッションなんす!! もー! いっすよ!」

「可愛いよ?」


「この桃色ハンター!! ナチュラルにキメてくんなっす! あざっす!! おじゃっす!!」


 桃さんは駆けて行った。

 俺も大学に行こう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「秀亀ぃ。なんで朝から痩せてんの?」

「……新菜の服はガチだわ。一年中、あんま変わんねぇから。安心感が違う」


「横乳見ながらなんか言い出したー!! お昼のから揚げ、代金に頂戴するぜー!!」


 夏が来るらしい。

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