第56話 マリーさんのひとりでできるかな ~獄炎のお弁当作り編~

 学校から帰って来た茉莉子は、制服を大胆に脱ぎ捨てると部屋着に着替える。

 タンクトップに短パンという夏仕様。


 ブラトップ?

 ああ、買って来てたね。

 新菜と一緒に。



 全部捨てたけど!!

 あんなもん着せて外に出せるか!!


 可愛いんだ……! うちの茉莉子は……!!



「もぉー。おじさんの独占欲にも困ったものですねー。愛され系な茉莉子は辛いです。童貞拗らせると、初めての恋人に執着する傾向があるらしいですよー」

「またぼっち警察がいらん知恵を授けてんな」


「違いますぅー! 小春ちゃんと一緒に、ツタヤで買った雑誌に書いてありましたー!! おじさんのTポイント使ったので、小春ちゃんの家にもバレてないですよ!」

「何してんの……。マジでこの年頃の女子の好奇心ってやべぇわ。桃さんが言ってた通り! 高2になる頃にゃABCもZも履修済みになるのがガールの嗜みんCなんでぇ!! とか言ってた!! お前! 参考書買うって言うからカード貸したのに!!」



「おじさん? 高校生が参考書買うって言って、保護者にお金もらってですよ? ホントに参考書買う子がどれほどいると思います?」

「俺は買うんだが!? 世の中の同世代を脳内シミュレーションで非行に走らせるのヤメろよ!! そんな悪い子、茉莉子だけだぞ!!」


 きっとそうだ!!



 深夜になってから、村越家のじいやさんに電凸喰らって「カマンベール伯爵。このじいに試練を与えまするか……」と泣かれたが、その話はしたくない。


「で。何してんのよ。まりっぺ」

「おやおやー! 茉莉子さん夏服バージョンの疑似裸エプロンに気付きましたか!!」


「変わってなくない? 4月から家ではずっとそんな感じだったじゃん」

「はー? ですよ。おじさん。女子の変化に気付けないとか。まず、上着がタンクトップに!! 袖がなくなって涼しい! 見た目もセクシー!! 横乳と腋のダブルアタックです!!」


 マジでろくでもない雑誌買いやがって!!


「短パンは一緒じゃん」

「これだからおじさんは童貞なんですよ? ほんとに茉莉子は安心します。よーく見てください!! ほらぁ!」


「いや、尻を人の顔の前に突き出すんじゃねぇよ!! 一緒じゃん! オレンジ色のヤツ!! ……あれ? なんか光沢があるな?」

「ひゃいぃぃ!? ちょ! 触るなら触るって言ってくれます!? というか、指でなぞらないでもらえますぅ!? それ完全にアウトですからね!! ……あれ、あたしのお尻に触ったのに、今、脳内で何も考えてませんでしたね? 即身仏になったんですか?」


 この手触りは確かに新品のものだ。

 新菜と買い物に出かけたのは一昨日。


 こいつ! 同じものを新品で補充してきやがった!!


「あ。違いますよ? サイズが1つ大きくなりました。ちょっとパツパツになってきたので」

「ああ。デブったから買い替えたのか。それなら言えだべしっ」


 世の中の同志に伝えておきたい。

 女子高生のヒップアタックは決してご褒美なんかじゃない。


 顎が外れそうなほどの衝撃が襲ってきた。

 マジで車に撥ねられたのかと錯覚するレベルのヤツ。


「言っときますけど! あたし別に太ってないですから!! 身体測定だって、標準でしたし!! ほら! 見てください!! 先月やったヤツのプリントもらいました!!」

「おう。……まりっぺ? BMI値が普通から割と先に進んでだべしっ」


 食生活を本格的に見直そう。

 この年頃の子は体型が変化しやすいって女性学の教授にこの前聞いた



◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんな茉莉子さん、エプロンを付けて今日は台所を占拠している。

 不味い晩飯を作ってくれるのかと言えば、そうじゃない。


「へー。お弁当作って行くのが家庭科のテストなんだ?」

「まあ当然ですよ! ご令嬢も美味しいお弁当くらい作れないとですからね! 今の時代!!」


 非実在ご令嬢のくせに、やけに語るじゃないか。

 まあ、テストなら俺が手を出すのはルール違反だし、かと言って放置しとくとフライパン焦がすし、怪我されると困るし。


 俺はしばらく、茉莉子のケツを見守ることにした。


「おじさん? それ、ちゃんとセクハラしてますよね? ただの観察で失礼な感想を思い浮かべた瞬間に茉莉子スペシャル喰らわせますからね?」


 ちゃんとセクハラしてるってすげぇ言葉だね。

 さっきのドンケツ、ロビンスペシャルみたいな名前付いてたんだ。


 スマホが震えた。

 お電話じゃねーの。


「はい、ごきげんよう」

『ふふっ。なんですかー。そのご挨拶。小春です!』


「マリーなら弁当作ってるよ?」

『あ! やっぱり!! 実はですね、ちょっと秀亀さんにアドバイスをもらいたくて。ダメですか?』


 最近のこはるんはただ可愛いから、ダメじゃないんだよね!

 妹みたいな子に頼られると、秀亀は嬉しい!!


 茉莉子は恋愛対象に入るけど、妹対象からは弾かれるから。


『秀亀さんはお弁当のおかずで何が好きですか? できれば、メインじゃなくて脇を固める子の情報が欲しいです』

「もう断然きんぴらごぼう! 俺、何ならきんぴらだけでオカズはいらないくらい好き!!」


『なるほどー! それは盲点でした。じいやー! トリュフってありましたっけー?』



 小春ちゃん? きんぴらごぼうにトリュフって入らないんじゃない?

 小松家ではそうなんだけど。



『良かった! トリュフと黒毛和牛がありました! 今度、秀亀さんにも作ってあげますね! では。マリーちゃんによろしくお伝えくださーい。失礼します』


 俺の知ってるきんぴらごぼうと最後まで交差しなかったけど、まあいいか。

 うちの茉莉子の様子を見なければ。



 煙が出てるね!!



「おい! どうした!? 何してんだ!? 怪我してないか!?」

「わっ! ちょっとー! 無心で接近しないでくださいってばー! びっくりするじゃないですか!!」


「こっちのセリフじゃい! 黒煙出てんだけど!! 何してんの!?」

「おじさんったら、庶民なんですからぁー! これはですねー! フランベです!!」



 小火寸前なんだけど!!



「うちにそんなアルコール度数高い酒なんかねぇだろ!?」

「およ? 油がありましたよ?」


「マジで火事になるヤツじゃねぇか!! なに作ろうしてたの!?」

「きんぴらごぼうですっ!!」



「もしもし! ばあちゃん!? 俺俺! 学院できんぴらごぼうの作り方ちゃんと指導しようぜ! 最悪、俺が講師するから!! なんかおかしいんだよ! そう! マジで? 信じるよ? おう! ニコール・キッドマンより美人だって! はい、じゃあね!!」


 俺は自分にできる最高の仕事を済ませた。



 それから、茉莉子と一緒に弁当作りに取り掛かる。

 ルール違反?


 それって、家が火事になるのとどっちが重要なんですか?


「おおー! これはなかなかの出来ですねー!! やや庶民感が漂っていますが、あたしの好きなものばっかり!! うむうむ! これで良しとしましょう!!」

「今度から、ちょっとずつ料理も教えてやるから。着実に、慎重にやっていこうな」


「はーい! あたしの好きなものをサッと作るあたりがおじさんのステキなところですねー! んふふー! これはマウント取れちゃいます!!」


 茉莉子にひとりで料理は早すぎる。

 だが、隣でサポートしている分には、意外と楽しい。


 休みの日の朝飯は今度から一緒に作るか。

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