第51話 箱入り娘だった萌乃さん ~開けちゃダメな箱の蓋はもうなくなった~

 近衛宮このえみや萌乃もえのさんは背が低い。

 小春ちゃんも小柄だが、さらに小さい。


(小春ちゃんは152センチです!! あと、小さいとか連呼しないでください!!)


 ありがとう。全部「小」の意味が違わい!!

 じゃあ、145センチくらいしかないな、この子。


 それなのに、大変立派なものをお持ちで、それがあろうことか俺の左手に触れており、これは世に言うラッキースケベ案件なのだが、過呼吸で倒れそう。


「あ、えと……。こんな破廉恥な事を!! わたくし、初対面の男爵に!!」

「あ゛あ゛! 違うんです! 本当に! お怪我がなくて良かった! ね! いやいや、女子に怪我でもされたら大事ですから!! ね!!」


 勢いで乗り切ろう。

 活路はここしかねぇ!!


「あの、わたくし、婚約者がいるんですが……」

「幸せ者ですねぇ! その人は!! いやいや、俺なんかがあなたのように可憐な女子の身を守れた! 勲章です!!」


「あの……。小松さん?」

「よし! バレーボールの用意をしましょう!!」



「わたくしのバレーボールはもう、あなたに奪われてしまいました」

「やべぇ! 生徒会長もちょっとアレな子だ!! 誰かー! 助けてー!!」



 近衛宮さんはそっと耳元でささやいた。

 吐息が耳にかかって、なんかさっき食った職員室のクッキー吐きそう。


「近衛宮家の女は、バレーボールを最初に触った男性に嫁ぐと決まりがありまして。えと。その……」

「やんごとなき御家では、胸の事バレーボールって言うんですか!? 恵まれなかった女子はなんて呼ぶんですか!? フリスビーですか!? ……あ゛っ!!」


 背後から、猛烈なプレッシャーを感じる。

 マリーさん。


 振り向くの怖いから、そっちで対処してくれる!?


(仕方のないおじさんですねー。あたしとしてはおじさんが他の美少女にチヤホヤされていると、いざ童貞を獲ったどー! した時の達成感が増すのでいいですけどー)


 なら、童貞あげるから!


 どうせ、ダース・こはるんになってるでしょ!?


「ははっ。マリーちゃん。私、フリスビーだったみたい」

「小春ちゃん! よく聞いてください!!」


「嫌だよ! マリーちゃんとはずっと親友でいたいのに!! ヤメて!! 心が堕ちる!!」


 完全にスターウォーズの表現なんだよ!!

 フォースの導き、助けて!!


「んふふー。おじさんはですね! なんと!! 小さいお胸も好きなんです!!」

「……そんな慰め、聞きたくないよ!」


「本当ですってばー! おじさんの部屋にある宝物の中には、小さいお胸の子の写真集もあるんです! マリーの推理によるとですね、おじさんはどうも、女子の体のパーツを推すのではなく、バランスで評価する傾向があるみたいなんです!」

「ど、どういうことかな!?」


「つまり! あたしはムチムチ路線に邁進していますが、小春ちゃんのコンパクト路線と全然差はないんです! だって、おじさんが大きい胸が好きだったら、あたし……あ。ダメだ、姪って設定でした。……新菜さんなんかとはとっくに付き合ってますよ!!」

「……本当だ!! じゃあ、私! ありのままの自分で生きていていいんだ!! そうなんだね!!」


「そうです! 小春ちゃんはロリっ子妹枠をすでにゲットしています!! ちなみにおじさん、妹が欲しくて子供のころはむせび泣いてました!!」

「マリーちゃん!! 私たち、ズッ友だね!!」


 固い握手を交わす、マリーさんと小春ちゃん。



 小春ちゃんが笑顔ならもうオッケーです!!



「えと、小松さん。わたくし、まだ婚約者と手を握ったこともなくて」

「え゛っ!?」


「つまりですね。その。小松さんに嫁ぐ必要性に今、わたくしは駆り立てられている訳でして」

「え゛。え゛っ!?」


 まずいぞ。

 この子、小春ちゃんよりも世間知らずというか、箱入り娘だ。


 しかもまだ箱から出てきてない!!

 封印だ! 蓋を閉じろ!!


「申し上げにくいのですが、小松さん」

「申し上げないでいただきたいな!!」



「近衛宮家の女は、バレーボールを触られた男性と結ばれるか。そうでなければ、殺さなければならないのです」


 そんな女の聖闘士セイントみたいな設定が、令和のご時世に!?



 マリーさんから凶報も届く。


(おじさーん。なんか、セバスチャンさんがですね。近くに近衛宮家のSP? さんが、いっぱいいるんですって! 銃持って! ところでSPってなんですか? エッチな言葉ですか?)


 滅びの言葉かな。


 それから競技開始の時間になり、バレーボールの試合を消化し始めた。

 ちょこまか忙しなく動く近衛宮さんは小動物みたいで可愛いが、頭撫でただけで俺の眉間に穴があくのはちょっと困るんだよね!!


 飛んでくるバレーボールを全て完璧にキャッチして過ごしていると、お昼が近くなっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おじさまー!! 見てましたか! マリーのスペシャルローリングレシーブ!!」

「見てた、見てた。マジで短パン脱げそうになるとか、お前侯爵令嬢を諦めたな?」


「とんでもないです、秀亀さん! マリーちゃんの躍動感溢れるプレーに大盛り上がりでしたよ? 中等部の子まで観戦に来てて! 気づかなかったんですか?」

「ああ、うん。ちょっとね。深刻な考え事してて」


 小春ちゃんは「あっ!」と察してくれる。


「分かります。世界情勢、安定しませんもんね……」

「うん。ごめん。秀亀はそこまで深刻なことは考えてなかった。今月の生活費から1万円出して、どこかの団体に寄付しとくよ」


 ちらりとステージの方を見ると、小柄な体にバレーボール付けた女子がちょこまかとお仕事をしていた。

 俺も手伝うと申し出たのだが、「学院には男性に慣れていない子も多いですから! 飲み物の運搬だけお手伝いいただけますか?」と朗らかに微笑まれる。


「おーじさま! お昼にしましょー!!」

「あ。昼飯持って来てねぇや」


「えー!? 何してるんですかぁー!! おじさんが来たから、これお昼もありますね! ってマリーは判断してぇ! もうお弁当は食べた後なんですよ!?」

「ああ……。このバカで欲求に素直な田舎娘が愛おしい……。お。電話だ。教頭先生かな? 午前に二回、ゴム弾で狙撃されたって言ってたから。もしもーし」


 教頭先生ではなかった。

 救いの女神だった。


『おいっすー! こいつめー! サボりやがって!! 寂しかったんだぞ、新菜さんは!! けどね、3限と4限がダブルで休講だぜー!! で、なにしてんの? わたしマックにいるんだけどさ、お昼食べよーぜ! ダブルチーズバーガーでいい? 今日はてりやき行っとくー?』

「新菜! 助けて!! なんか俺! やんごとなき家の箱入り娘のバレーボールうっかり揉んじゃって!! このままだと、嫁さんもらうか殺されるかの二択なの!!」


 自分でも何を言っているのか分からないが、電話の向こうの新菜は「ほうほう。なるほどなー」と返事をすると、俺を落としにかかる。


『おっけ! とりあえずハンバーガー買ってそっち行くぜ! 秀亀はさ、お嬢様の園にわたしが入れるようにしとけー! あと、まりっぺのビッグマックはお肉2倍のヤツでいい? それとも、セットと別にもう1個買う? お姉さんが奢ってやるぜい!』


 俺はマリーと手を取り合って称えた。


 ぼっち警察がいれば、俺たちは生きていけるんだ!!

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