第50話 ラッキースケベは死の香り ~低身長、強胸部を誇るマリーさんの先輩登場~

 喜津音女学院の校門をくぐるのはロッテンマイヤー侯爵夫人の一件以来。

 悪目立ちし過ぎたせいで、それまで茉莉子の担任の日村先生と教頭先生くらいにしか認識されていなかった俺が、全学院関係者に「ヒジキさん……!!」と呼ばれるようになっている、と噂に聞いていた。



 だから近づきたくなかったのにね!!



 守衛さんのチェックをパスして「今日はどちらの侯爵家を潰すのですか? あっはっは!」と軽く煽られて、男子禁制秘密の園へ。

 そこで気付く。


 学院から漂う、異様な気配に。


「ヒジキ様!! 学院長のレンタルババアじゃない方から伺っております!! お勤めご苦労様です!!」

「教頭先生……。前みたいに小松って呼んでもらえませんか。俺、なんだか寂しいです」


「おばあ様に抹消されませんか? 私……」

「大丈夫です。ばあちゃんの中で俺の存在、高いダウンジャケットに入ってる羽より軽いですから」


「では、小松さん。まずこれを腕に。お急ぎください! 命を落とします!!」

「ええ!? は、はい!!」


 『皆様のお嬢様のために命がけ!!』と書かれた腕章を装着した。

 なんですか、これは。


「今日は生徒のご家族にのみ、学院への立ち入りが許可されておるのです。つまり、石を投げれば少なくとも上級国民に。8割を超える確率で爵位をお持ちの方や、経営者などのやんごとなき方にヒットします」



「帰ってもよろしいでしょうか!!」

「私を独りにしないでください!! クッキー差し上げますから!!」


 もう来客用のクッキー食い飽きたんで、いらないです!!



(ややっ! おじさん?)


 マリーさんが珍しく早々に俺を発見してくれた。

 ロッテン事変では心が死んでたし、その前は何だっけ。


 ああ。体操服手掴みで持って来て、小春ちゃんに小春ちゃんの制服着た俺の自撮り写真見せようとして腕折られそうになった時だ!!


(もぉー! なんですかぁー! マリーの体操服がやっぱり見たかったんじゃないですかぁー!! 待っててくださいね! 今、上だけ着替えましたから! スカート脱いで! かんせーい!! で、どこにいるんですか? あたしは個室です! ちなみに隣は小春ちゃんです!)


 うちの子、着替えの実況にテレパシー使ってくるんだけど。

 茉莉子を見に来たんじゃなくてな、ばあちゃんにしてやられたんだよ。


 俺は脳内で先ほど喰らったばあちゃんの電凸について箇条書きにして並べた。

 テレパシーが途絶える。


 もう絶対にハムスターマリーさんになってるじゃん。


 分かった、分かった。

 茉莉子の活躍も実は少しだけ楽しみだったよ。


(んもぉー! 素直じゃないんですからぁー!! ちなみに、うちの体育祭って出る種目が決まっているので、それぞれが会場に移動して競技するんですよ!)


 みたいだね。

 今、教頭先生からプログラムをもらったところ。


 俺の担当は体育館らしい。


(おやおやー! マリーさんも体育館ですけどー!! 小春ちゃんもですよー!! これは運命ですね! ご希望でしたら、アクシデント装って短パン脱ぐくらいしてあげますけど?)


 いらん。

 家で茉莉子が短パン腰穿きしてんの結構目撃してるから、新鮮味がない。


 体操服ですよー。とか言うんだろうけど、むしろ家の短パンの方が丈短いからな。



(ぶー。じゃあ、小春ちゃんの短パンでも適当にずり下げますよーだ)


 ヤメてくれ!!

 それやられると、マジで死ぬんだ今日の現場は!!



 なんだか、浴室乾燥じゃ割が合わない気がしてきた。

 俺、快適なお洗濯事情のために命を懸けるのか。


「何かあればスマホを鳴らしてください。駆けつけます」

「あ。はい。了解しました」


「それから、三年生にはご注意を。彼女たちは既に婚約者がいたり、何なら婚姻済みの子もいますので」

「へー。さすが上流階級って感じですねー。想像もつかないです」


「万が一にもタッチした場合、何かが飛んできます。それが銃弾でないことを、私は祈ります」

「ここは日本ですが?」



「小松さん。喜津音女学院の中は治外法権です。学院長はあなたのおばあ様ですぞ」

「すげぇ説得力ですね!! ああ! 防弾チョッキ買ってくれば良かった!!」



 教頭先生とお別れして、俺は体育館へ。

 道中、数十人の女子とすれ違った。


 数人に「ヒジキ様ですか!?」とか声をかけられた。


 ヒジキ様、体育館に着く前に持参したポカリ飲み切っちゃったよ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おじさまー!! マリーですよー!! ごきげんよーう!!」

「おう。マリーさん、テンション高すぎじゃない? ご学友に不審がられないの?」


(んふふー。段階を踏んで、少しずつハイテンションになっているので問題ないのですよー!! アハハーハー体験ってヤツらしいです!!)


 あ。レアピーチの入れ知恵だな。


「おはようございますー。来られるなら言ってくださいよー」

「小春ちゃん。体操服、よく似合ってるよ」


「そ、そうですか? マリーちゃんの方が似合ってますよ?」

「いや、マリーさんはムチムチしてっから。小春ちゃんくらいの方が目に優しいんだ」


「どういう意味でしょうか?」

「あ゛っ! ……小春ちゃんはね、見ていて元気が湧いてくるって意味だよ!!」


「そうですか? ふふっ。秀亀さんにそう言われると、嬉しいです!」

「おじさまー? マリーはおじ様のお気持ち表明の用意がありますけどー?」


 茉莉子、可愛い!

 茉莉子、セクスィー!!

 茉莉子、最高!!


「んふふー」


 さて、ここの種目はバレーボールか。

 俺は何すりゃいいんだろう。


「すみませーん。あの、補助の方でしょうか?」

「ああ、はい。小松です」


「あっ! カマンベール伯爵!!」

「……ご機嫌麗しゅう」


 なにが嫌かって、カマンベール伯爵に慣れてきた自分がすげぇ怖い。


「わたくし、体育祭実行委員です! 体育館担当なので、ええと……」

「あ。小松で大丈夫ですよ。世を忍んでいる方も呼ばれ慣れてますから」


「助かりますー。わたくしは、近衛宮このえのみや萌乃もえのと申します」


 なんか雅な苗字なんだが。


「ちなみに、三年生ですか?」

「はい。すみません、背が低くて! よく中学生と間違えられたりするんです」


 なんと返事をすれば失礼に当たらないだろうか。

 女子のスタイル問題は未だヒジキにゃハードルが高いんだよ。


「いやいや! 背が低くても立派なお胸ですから! どう見てもレディですよ!!」

「あ、あぅ……。ありがとうございます……」


 顔を真っ赤にして視線を逸らす近衛宮さん。

 振り返ると、ジト目のマリーさんとジト目の小春ちゃんがいた。



 なるほど。間違ってんじゃねーの。



「す、すみません!! 姪はそう言うと喜ぶもので! つい!! 大変な失礼を!!」

「あっ! いえ! なんというか、そんな風に言っていただけた経験がなくて、戸惑ってしまいました。あははは、ふにゃっ!?」


 近衛宮さんが何もないところで自分の足に躓くドジっ子を発揮。

 いきなり怪我人を出してたまるか。


「大丈夫ですか?」

「は、はひ! すみませ、あ、あの!!」


 あ。

 抱きしめてるな、これ。


(おじさん、おじさん! 萌乃もえの先輩、生徒会長です! あと、なんか皇族に連なる一族? とか言うヤツらしいです! それから、許嫁がいるんですって!!)


 親父。お袋。

 俺は将来、沢庵屋を継げそうにありません。


 先立つ不孝をお許しください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る