第46話 小松茉莉子VSイオン(本人はジャスコと言い張る)の下着売り場

 下着売り場に単身特攻を仕掛けたうちの茉莉子。

 それはそれとして、やっぱり土曜日は人が多い。


(おじさん)


 小学生女児が俺の目の前でハンカチを落としたので、紳士らしく拾って差し上げた。


「ありがとうございました!」

「ちゃんとお礼が言えて偉いねぇ! 混雑してるから、気を付けて!」


 男女2人ずつ。

 小学4年生くらいだろうか。

 ダブルデートかな?


 うふふ。青春してるなぁ。



(ロリコンおじさん。おじさんロリコン。ロリコンおじさん。おじさんロリコン)


 ヤメろよ!! 少女に優しくしただけだろうが!!



 ちびっ子たちだって青春しているのに、どうして俺は15分もベンチで独り座っていなくちゃいけないんだろう。

 で、まりっぺはお目当てのもの買えたの?


(買えてたらもうそっちに戻ってますよ!! なんかオシャレなカフェとかでロリコンとデートしてますぅー!)


 おい! おじさん落としてんぞ!!

 ロリコン残っちゃったらヒデキ変態じゃん!!


 なに? 気に入ったデザインがないの?

 むちゃくちゃ広いじゃんよ、売り場。

 隅から隅まで探索してみたらきっと良いものがあるって。


(そこなんですよ。あたし、よく考えたら下着って自分で買った事ないんです)


 そうなんだ。

 まあ、御亀村には洋服売ってる店すらなかったもんね。


 お母さんが外出ついでに買ってくれてたパターンか。


(そうです。つまりですよ。あたしはどこの売り場で何を見たら良いのか分からないんです。とりあえず、ジュニアコーナーとか言うところに来てみたんですけどー。なんだか違う気がするんですよねー? おじさん、分かります?)


 分かりませんよ。

 でも、ジュニアってだいたい中学生くらいだろ。


 茉莉子もちょっと前まで中学生だったんだから、そこでいいんじゃない?


(むむー。その割には、サイズ展開が茉莉子を弾いて来るんですよねー。ちょっと聞いてみます!)


 そう。

 買い物で悩んだら、店員さんに聞くのが1番。


 だってプロだもの。

 素人が困ったなって唸ってる間に、有益な情報を3つも4つも教えてくれるよ。


 スマホが震えて、小春ちゃんの名前が表示された時点で俺はだいたい察した。


 茉莉子さ。

 桃さんに聞けよ。

 さっきまで散々ラインしてたんだから。


 もうこれ、絶対俺に対するクレームじゃん。

 出ない訳にはいかないし。


「もしもし。大変申し訳ございませんでした」

『へっ? どうして私はいきなり重めの謝罪をされたんですか? あ、お忙しかったですか?』


「あれ? この感じ、違うな。小春ちゃんがなんか小春日和みたいに温かいもん」

『ん? ちょっとお話が見えないんですけれどー』


「ごめんね。こっちの話。何かご用かな?」

『はい! 先日、じいやがお世話になりましたので! お礼に何か差し上げたいなって!』


「いいよ、そんな! いつも漬物もらってんのに!!」

『ですけどー。じいやがですね。伯爵にご恩を返せないようでしたら、命を絶つとか言って聞かないんです。もう、いっそのこと命絶たせましょうか?』



「ごめん! お礼ちょうだい!! 小春ちゃん、じいやに当たり強いよね!?」

『そうでしょうか? んー。自分では分からないですけど。父とじいやくらいしか男の人と関わりのない生活だったので。そのせいかもしれません!』


 小春ちゃんと親しくなった男は少しずつ言葉でぶん殴られるようになるのかしら。



 俺は「別にいつでもいいから、小春ちゃんとじいやさんのタイミングの良い時にいらっしゃいな」と紳士としてジェントルマン的な対応を取り、通話を終えようとしたところ、なんだか小春ちゃんの声のトーンが低くなった。


『あの。秀亀さん』

「はいはい?」


『今って、マリーちゃんと一緒にいます?』

「え゛っ。イナイヨ?」


『そうなんですか。あの、マリーちゃんに伝言をお願いします。マリーちゃんがジュニアブラ付けたら、もうそれ戦争だよって。ははっ』

「ウン。ワカッタヨ」


 スマホを耳から離すと、なんかものすごく湿っていた。

 ちょっと緊張して果汁が出たのかな。


 茉莉子連れて、あっちの専門店に行こう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 女性用下着の専門店の入り口に俺は近づけない。

 そのため、一筆啓上させて頂いた。


 『お忙しいところ恐れ入りますが、私の姪が初めて下着を購入したいと申しまして。当方、生まれてこの方童貞でございますので、皆目見当もつかず、途方に暮れております。つきましては、どうぞ姪を正しいブラジャーとパンティーに導いて頂けないでしょうか。休日のお客様が多い時分に重ねて恐縮ではございますが、何卒よろしくお願いいたします』とメモ帳にしたためて、それを茉莉子に持たせる。


 バイトいくつも抱えてると、スマホだけじゃ管理が不安だからね。

 メモ帳も持ち歩いているの、俺。


(おじさーん。お姉さんが爆笑してますけど、これってあたしがバカにされてるんでしょうか? 田舎者ってバレましたかね? もう帰って良いですか?)


 下着ゲットするまで帰ってくんな。


(うぅ……。なんかおじさんが冷たいです。あ! お姉さんがですね! おじさんってキモオタ系の方ですかって! おじさんはキモオタ系ですか?)


 俺が帰りたい。

 どうするのが正解だったの?


 キモくないですって答えといて。


(なんだかお姉さんと打ち解けました! あーね! そっち系ですね! って!! なんか、キモオタが好きそうなヤツを外して選んでくれるらしいです! ところで、キモオタってなんですか?)


 カラスミとかの仲間じゃない?

 なんか、アレだよ。何かのキモ。珍味だね。


 そこで通信が途絶した。

 スマホをいじっていると新菜から『秀亀ぃー。弟に姉ちゃんもバイトとかしろよって怒られたぁー』とラインが届く。


 あ。正解はぼっち警察だったんだ。

 俺は茉莉子にひとりで頑張らせる事に固執し過ぎて、本質的なことを見失っていた。



 ひとりでできるかなチャレンジ、2回目でも良いじゃんねぇ!!



 しばらくすると茉莉子がニコニコして戻って来た。

 ちゃんと買えて良かったな。


「見てください! ほらぁ! なんか大人って感じのヤツですよぉー! 黒とー! 緑とー!! あとなんか赤いヤツ!! ババーン!!」

「出すな!! ……えっ!? 3つしか買ってねぇの? 桃さん情報だと、7セットは基本で、何なら10セットくらいは欲すぃーっすって話なのに。遠慮するなよ」


「ほえ? 3セットで2万円なくなりましたよ?」

「……俺のパンツ、1枚900円なんだけど。俺のパンツ22枚買える金で、その面積がすくねぇ下着が3セット!? マジかよ。女子って大変なんだな……」


 それから茉莉子にカフェでデカくて安いタマゴサンド食わせて帰宅した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 以下、晩飯のあとにマリーの会のグルーブラインで「これ、ぼったくりじゃない!?」と聞いた俺へ女子たちからの返答である。


『そのくらいはしますよね? ちょっと安いくらいですよ』

『ガチったヤツがそのくらいっすけど。張り切りスタジアムっすね、秀亀さん』

『わたし、セットで1900円とかなんだけど。すげー。まりっぺ。みんなもー』


 やっぱりね、ぼっち警察だった。正解は。

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