第45話 マリーさんのひとりでできるかな ~絶対できねぇ下着売り場お買い物編~

 土曜日の朝。

 7時過ぎに叩き起こされた。


(おじさーん。あたしです。聞こえますかー。今ね、おじさんの頭の中に、直接語りかけています。お疲れのところ、おじさんを起こすのはなんだか申し訳ないので、おじさんは寝たままでいいのです。潜在意識の中でコミュニケーションを取ってもらっていいですかー?)


 良いことあるか。


 くそうるせぇ!!


「なんだよ!!」

「もぉ! おじさんったら! あたしの声がキュートだからって、そんな飛び起きなくても良いんですよー? あっ! あれしましょうか? お布団に潜り込んで、なんかふっくらしたズボンを見て! きゃーってヤツ!!」


「……俺のヒデキはそういうのしないから。朝でもぐったりしてんのよ」

「えっ。おじさん、ちゃんとあたしと子供作れます?」



 断言できかねるところが秀亀のヒデキなんだよね!!



 で、どうして俺は、たまの予定のない土曜日の朝7時に起こされなきゃならんのか。

 正当な理由がなければこのまま2度寝を試みる構えである。


(その場合は、あたしが脳内に直でARMSをお届けします!!)


 ASMRな!!

 お前のヤツだとアームズなんだよ!!


 武器とか兵器なんだよ! だいたい合ってんのが嫌だわ!!

 脳内を破壊して来るとか、近未来だね!


 もしくはサンデーでやってた名作漫画な!!

 アニメもあるから、今度一緒に見ようぜ!!


 で! 寝て良いかな!?


「あのですねー。おじさんが新菜さんから、あたしの服と下着を受け取ってくれたじゃないですか」

「そうだね。何もしてないよ?」


「何かしてくれるような人なら、今頃あたしは侯爵令嬢をヤメてお嫁さんへの道をまっしぐらですよ。それで思い出したんですけど。旅行の前に桃さんと下着買いに行ったんです」

「そんなこと言ってたな。見たじゃん。旅館で。うん。セクスィーだったわ」


「……おじさん。性的欲求は死滅したんですか? まあ、今はいいです。そのうちどうにかします」

「聞き捨てならねぇんだけど」


「あたし、手持ちの下着が少ないらしいんですよ」

「そうなの?」


「あたしもよく分かんなかったです。けど、桃さんに3つで回してます! って言ったら、いやパナップっすわ! って、なんかドン引きされました!!」


 そういうものなのか。

 女子の下着事情なんて、俺が知っているはずないのは当然だが、無知を正当化して茉莉子に不自由な思いをさせていた事は反省しなければならない。


 なんかあれでしょ?

 みんなで着替える時に「やだぁ! マリーちゃんの下着可愛いぃー!!」とかやるんでしょ?


 悪いことしたな。


「おじさんの想像が思ったより童貞でした。って言うか、うちの学校は個室がありますから。お着替えも全部そこでするので、下着のお披露目なんてないですよ?」

「ああ。そうだった。でも、数が足りないんじゃ困るよな。今から梅雨に入るし、乾燥機使えないヤツ多いもんね。じゃあ、ちょっと待てよ」


 財布に手を伸ばして、一万円札を茉莉子にプレゼント。


「買っといで。いいお値段するんでしょ? 新菜が言ってたわ。デカいと金かかるし、種類少ないしって」

「おじさん。はーですよ。はー。ガッカリです」


「あ。足りなかった? じゃあ、ほい。もう1万円」

「もぉ! おじさんも行くんですよ!! 一緒に下着を買いに!!」



「行かねぇよ!? なに!? お前、俺のこと好きなんじゃねぇの!? 好意が高じて殺意になったの!?」

「おじさんのバカっ! あたし、診療所までしか独りでお出かけできないのに!! ジャスコに行けるわけないじゃないですかぁ!!」


 あ。本当だ。



 仕方がないので支度をして、朝の9時に家を出た。


「ところで茉莉子。ジャスコってもうないよ?」

「都会にあるデパートって全部ジャスコでしょー。知ってますよー」


 独りで行かせる訳にはいかねぇわ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 という事で、庶民のデパート。イオンへやって来た。

 土曜日だから結構な賑わいである。


 そして茉莉子が俺の腕から離れてくれない。


「歩きにくいんだが!!」


(人がいっぱいいるんですよ!? どうするんですかぁ! さらわれたり、触られたりしたらぁ!!)


「どっちのケースも茉莉子キックで解決じゃん。自信持てよ! 茉莉子の蹴りは高威力! 並の野郎なら一撃で倒せるぞ!!」


(今日、スカートなんですけど!! バカおじさん! パンツ見えるじゃないですかぁ!!)


 ええ……。家ではむしろ見せびらかしてるじゃん。

 そんな、インパクトの瞬間にチラッとするくらい平気じゃないの?



「もしもし? 桃さんですか? おじさんがですね! パンツの1枚や2枚くらい、行きずりの男に見せてやれって言うんです!!」

「おい!! なに通報してんだよ!? せめてぼっち警察にして!? 桃さんは1番理性的に諭してくるから、心にクルんだよ!!」


 ラインが飛んで来て『ペソ野郎っすね、秀亀さん。女子が誰彼構わずパンツ見せてたら大惨事っすよ。セクシー女優でもんなことしねぇっす。まずはコラムとか読んだらどっすか?』と、辛辣に怒られた。



 深く反省した俺。

 茉莉子が「はぐれたらもう2度と会えない気がします!!」とか、イオンの人混みでロマンティックな事を言うものだから、手をつなごうとしたら「それはちょっと……。恥ずかしいですよぉ」とか言われた。


 そして結局、俺の腕にくっ付く。

 胸押し当てんのは恥ずかしくないの?


 おじさんには茉莉子の当たり判定が全然分からないんだけど。


(おじさんだって、鍛えてる胸板とかたまにですけど、お風呂上りに見せてくれるじゃないですか。その感覚ですよー)


 あ! すごく分かるぅ!!



 15分後に桃さんから『ド腐れペソ野郎』ってラインが来た。

 何も分かってなかったらしい。告げ口すんなよ、マジで。



 という事で、やって来たのは女性用下着売り場。

 なんか専門店もあったのに、そっちは茉莉子が「無理ですぅ! オシャレなお姉さんが闊歩してるじゃないですかぁ! 絶対に声かけられますよ!! それで、なんか紐みたいなブラジャーとか買う事になるんです!!」と、激しく拒否したので、こっちの人が少ない方へやって来た。


「じゃ、行っといで。俺、そこのベンチで待ってるから」

「……おじさぁん」


「下着買うってイベントでさ、目ぇ潤ませて見つめてくんなよ! そんな風にされて、俺ぁどうすりゃいいの!?」

「一緒に来てくださいよぉ!!」


「嫌だよ! 店員さんにマークされて、警備員さんがやって来て、最終的に丸岡先生辺りに身元引受人になってもらうとこまで想像つくもん!! 余裕で!」

「うぇぇー。怖いんですよぉー」


「じゃあ通販にしたら良かったじゃん」


 茉莉子はスマホを取り出した。

 もうヤメてよ。


『ピーナッツクリーム野郎すね。決まったメーカーの同じシリーズならそれもアリーヴェデルチっすけど。初手でそれやるとぜってぇカポるっす』


 なに? カポるって。


「ブラジャーのサイズが合わなくて、カポカポするらしいです!!」

「それ絶対にレアピーチ語だろ。ここで見てるから、困ったらテレパシーで呼んでくれ」


 茉莉子はハムスターになって、不満そうに売り場へ旅立って行った。

 ひとりでできるかなチャレンジのスタートである。

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