第43話 まいごの小春ちゃん
今日は3限まで講義を受けてからファミレスのバイトへ。
連休中はシフトを飛ばしてしまったので、誠心誠意働くのである。
「ハンバーグステーキセット2つです」
「あ。はい」
今日のホールスタッフは高柳さん。
21歳の大学四年生。
女子大に通っているらしいが、それ以上の情報は知らない。
俺が高校生の頃から高柳さんもここで働いているので、顔見知り歴はもう4年を超える。
事務的な会話しかしたことがないので、下の名前も知らない。
想像してみて欲しい。
俺のスカウターでも美人判定できる高柳さんにうっかり「連休何してました?」とか聞いて、「は? それって小松さんに関係あります?」とか言われて、舌打ちまでされたとしよう。
3回絶命して、あまりの後悔に成仏できず結局蘇るね!!
つまり、高柳さんが今年度で卒業に伴いバイトを辞めるまで、俺たちは接点など持たないのだ。
それで良い。
それが良い。
「小松さん?」
「あ゛あ゛あ゛! あちいぃぃぃ!!」
「何してるの!? フライパン素手で触った!?」
「だ、大丈夫です!! 特殊な訓練で詰んでるので!!」
「詰んでたらダメじゃない!? ロッカーで小松さんのスマホ、すごい鳴ってるよ」
「え゛。マナーにし忘れてましたか!?」
ハンバーグステーキを焼き上げてから、俺はロッカーに走った。
年上美人に突然話しかけられると血圧はむしろ下がるらしい。
フラフラするもん。
「マジですげぇ鳴ってる! 何事!?」
スマホが未曾有の囀りを続けていた。
壊れたのかい?
「ラインの未読38件」とか言う訳の分からない表示が出ていた。
やっぱ壊れたな。
試しに1番上のメッセージだけ開いてみたところ。
『前略。小春です。じいやが死にそうです』
「あたしマリーさん」どころじゃねぇ、すげぇホラーなヤツ来てんだけど!!
リアクション取ってる間にもラインの通知が鳴りやまない。
電話しよう。怖いけど。
「も、もしもし?」
『秀亀さん……。良かったぁ。あ、お忙しかったですか?』
バイト中でお忙しいが、じいや死んでるんだよね!?
じゃあ、お忙しくねぇや!!
「平気だよ」
『本当ですか? はあぁぁ。助かりましたぁ。えっと、じいやがスケボーにチャレンジしていて、手すりみたいなところに飛び乗って、そのまま頭からコンクリートに突っ込んだんです』
「救急車呼ぼう!! 俺にラインしてないで!!」
『意識はあるんです。それで、じいやがですね。救急車はいけませんぞ……って、死にそうな声で囁くので、困ってしまって』
死にそうな声なら救急車だよ!!
その後に小春ちゃんは続けた。
「迷子になったら、おじさんに頼ると良いですよ! ってマリーちゃんが」と。
うちのマリーさんは迷子になったら確かに頼って来るけどね。
その規模の迷子はナビする自信、ちょっとないなぁ!!
『あ。じいやが小刻みに震え始めました!』
「分かった! すぐ行く!!」
俺はボスを探した。
いねぇ!
「店長!! 火事です!!」
「えええ!? どこ!? もう初期消火した!?」
「すみません! 嘘です!!」
「こ、小松くん!? いつもの病気か!! どうしたの!?」
「ボスが見当たらなかったもので!」
「私を呼ぶために!? ヤメてよ! トイレ行ってただけだから!!」
「店長! 姪の友達のじいやがスケボーでヤンチャして側頭部をコンクリートで強打したのち出血、先ほどから小刻みに震えてるんですけど! 早退して良いですか!!」
「え? あ、うん。早退して? その事情を聞いて、私が万が一にでも引き留めると思われてたのかな? はい。カスタードプリン。じいやさんにどうぞ」
うちのボスは話が分かるぜ。
自転車に跨って、俺は村越邸を目指した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
村越邸は庭園みたいな別世界。
門を入ったところで小春ちゃんの制服貰った事しかないけど、その時も凄まじいプレッシャーだったからね。
「あ! 秀亀さん!! こっちです!!」
「おう! とりあえずカスタードプリン持って来た!!」
「わぁ! じいや、甘いものが好きなので! 元気になりますか?」
「ごめん! 俺も慌ててどうかしてたわ! プリンじゃ止血になんねぇよ!?」
現場に案内されると、なんか立派なスケボーの施設が。
これ、東京五輪で見たな。
小春ちゃんは言う。
「マリーちゃんにスケボーを教えてもらう時に、せっかくなので造りました!」
「せっかくなので!?」
お金がある人が経済を回してくれているおかげで仕事が生まれる訳で。
そもそも上流階級のお方が資産をどう使おうと俺が差し出口を叩く権利はない訳で。
問題なのは、うちのマリーさんが起点になってるとこかな!!
じいやさんは関係ないと良いな!!
「あ、あなたは……。カマンベール伯爵ですか……」
くそっ! フランソワ家の方の設定が生きてんだ、ここ!!
なんだっけ、俺の真名!!
「ええ。ヒデーキ・フォン・カマンベールです。ご機嫌麗しゅう」
「出血しながらのご無礼をお許しください……」
もう救急車呼ぼう!?
ご機嫌麗しくねぇよ!? バカかよ!!
なんか思ったより血が出てて、コンクリートが赤く潤っとるわい!!
「お嬢様が責任を感じられるといけませんので……と言って聞かないんです」
「すげぇプロ意識!! でも、小春ちゃんは今まさに責任感じてるよね!?」
「あ。いえ。私はちゃんとおヤメなさいって忠告したのに。イケますぞ! ピリオドの向こうに!! とか言って、ホントに逝ったので。ちょっとイライラしています」
「ダース・こはるんだった!! いつもの優しい小春ちゃん、戻ってきて!!」
とりあえず、俺はじいやを観察した。
こめかみの辺りを切ったらしく、派手に血が出ている。
「救急車呼ぼう!!」
「カマンベール伯爵……。伯爵ならお分かりいただけるはずです……。使用人はご主人様に恥をかかせてはならぬと」
知らねぇよ! 人命第一だよ!!
伯爵じゃなくて、俺ってヒジキだもん!!
海藻にはそういうのねぇから!!
「分かった! 待ってて! もしもし! 丸岡先生!? すみません、助けてください!!」
最初からこうすりゃ良かったんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
タクシーで駆け付けてくれた丸岡先生。
じいやの診察を終える。
「僕、内科医なんだけどね。まあ、見た感じただの切り傷だと思うよ。頭ってちょっと傷ついただけでもブワーって血が出るからねー。念のため、うちに来てもらおうか。知り合いの専門医呼ぶから」
「じいやさん、行きましょう! 俺、おんぶしますから! はい、乗って!!」
その後、丸岡診療所で検査をしたじいやさん。
普通に切り傷だった。デカい絆創膏貼ってもらって治療は終わる。
「秀亀さんってやっぱり頼りになります! ふふっ! さすが、私のお兄さんです!!」
「あ。良かった。笑顔の弾ける小春ちゃんに戻ってくれた」
「あの……。また、困ったら頼っても良いですか?」
上目遣いのお嬢様を相手に「ヤメなはれ!」と言えるなら、俺は多分2年前くらいには高柳さんと付き合ってると思うんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おじさーん? なんだか、今日はとっても疲れてますか?」
「……うん。……じいやがね。……晩飯、ペヤングでいい?」
茉莉子が作ってくれたペヤングはとても美味しかった。
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