第40話 郷土料理とマリーさん ~ぼっち警察は優しいぼっちの味方です~

 ひとしきり温泉街を散策したところで、俺たちは旅館へと戻って来た。

 待ち構えていた新菜に羽織を奪われる。


「お、追い剥ぎだ!」

「秀亀。わたしさ、あんたの友達だと。なんならね、それ以上の気持ちだってあるかもしんない。だからね、聞いて?」


(おじ、おじおじおじ、おじさん!? 待ってください! 確かに新菜さんとはですよ、愛人ならオッケー出してますけどぉ! まだ本妻が何もしてないのに、そーゆうの良くないと思います!! ぐぅぅぅ! とりあえず腕に胸押し付けます!! どうですかぁ!!)


 柔らかいけど?



(おじさんが時々、僧侶になるのはなんでなんですか? あたしだって分かりますよ? 男の人に胸押し付けた結果が、感触の報告っていう異常性。ローマ法王でも目指してるんですか?)


 いや、だって茉莉子は風呂上りにマッサージとかしてくれるじゃん。

 しかも背中にどっしり尻を乗っけるスタイルの。


 今さら、胸が当たったからって騒ぐのは男として情けないじゃん?



(童貞拗らせて悟り開いてる時点で情けない超えていっそ高潔だと思いますけどぉー)


 どうしてじっとりした目で見つめるんだい?

 俺の主張は正しいよ?


「秀亀。わたしの気持ち、聞いてくれる?」

「おう! 聞く、聞く! なに!?」


(あっ。これはあたし、分かっちゃいました! 最低のテンションですね!!)


 なんでさ。

 元気よくお返事しなさいって幼稚園で習ったもん、俺。


「その羽織さ。ぼったくりだから」

「……え?」


「古くなった浴衣をね、適当に切って、適当に縫ってんの。材料費は染めるだけ。あっ。そうそう! それね、2回くらい洗濯したら色が落ちて真っ白になる上に、他の洗濯物を全滅させる仕様になってございまーす!!」

「マジかよ! なんでそんなひでぇことするんだよ!? 8000円したんだけど!!」


「だって! 年間で2枚しか売れたことないのに! まさか5月で年間レコード記録に並ぶとは思わないじゃん! 露店のおじさんが急いで来てくれたんだよ! 新菜ちゃんのお友達に悪いことしちゃったって!」

「あのー。じゃあ、なんで売り場に飾ってあるんですか?」


「はい! まりっぺがいいこと言った!! それはですな! なんか華やかだから! 令和のご時世、外国のお客さんでもチラ見しかしないのに! やー! さっすが秀亀! わたしのマブダチ! そーゆうとこ、好きだぜ!!」


 俺はちょっとだけ新選組が嫌いになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 過ぎた事に縛られるのは愚か者のする事だ。

 なんか、ちょっと前に人は失敗から学ぶ生き物とか宣った覚えもあるけど、人の記憶って曖昧なものだから!


 俺は今を生きる!!


「おお……! すげぇ……!! ガチのご馳走だ……!! カニが、カニがいる……!! おい、茉莉子! 見てみろ! カニだぞ! カニぃ!! しかもこれ、たっかいヤツぅ!!」


(あたし、マリーさん)



 なんでマリーさん出て来た!?

 カニしゃぶ前にしてそのお出ましが信じられねぇんだけど!?



 だが、マリーさんは語った。


(あたし、マリーさん。おじさん。今、あたしの前になんかキモいのがあるの)


 それカニだよ。


(あたし、マリーさん。なんかこの小さいトゲトゲ見てたら、鳥肌立って来たの)


 カニの足だよ。


(あたし、マリーさん。これ、怖くて食べるの無理かも)


 御亀村は山の奥深くにひっそりと佇む限界集落。

 最寄りの海までは車で7時間ほどかかる。


 最寄りの意味がすぐに分からなくなるのが俺たちの故郷。


 海産物は基本的に干物とかしか雑貨屋には並ばない。

 ばあちゃんの家には新鮮な海の幸が空輸されるけど、「カニなんてまどろっこしいもん食ってらんないよ! 食べ物も男もひん剥いてあるヤツが楽で良いさね!!」と言う横着精神により、カニさんは村から出禁を喰らっている。


 エビさんはギリギリ正月に入村を許される。


 マリーさんとカニさんはこの瞬間がファーストコンタクト。

 そしてマリーさんは負けた。


(あたし、マリーさん。おじさん。旅館って草を天ぷらにするんですか?)


 これ山菜だよ!

 そっちは大葉! 玉ねぎとナスは分かるだろ!?


(あたし、マリーさん。なんかおナスの形がちょっとキモいです)


 扇状にわざわざ広げてあるんだよ!

 見た目も華やかだし、均一に揚がるし、手間かかんだぞ!?



(あたし、マリーさん。おじさん? そもそもマリーさんにはお野菜全てが敵です)


 そうだった! この子、野菜を全然食ってくれないんだった!!

 嘘だろ、マリーさん! この豪華な飯の大半が食えないの!?



 野菜の煮つけや茶碗蒸し、焼き魚もダメだ。

 「骨が多いので食べたくないですぅー!!」とか言うもん。


(あたし、マリーさん。どうして生肉があるんですか? さすがのあたしもお腹壊しますよ?)


 しゃぶしゃぶの概念がなかった!!

 責任を感じちゃう!


 ごめんね、いつも貧相なものばっかり食べさせて!!


「どうだね、秀亀くん! 安岡旅館は郷土料理が目玉でねぇ! 特に山菜! それから豚しゃぶにカニしゃぶ! 鰆なんて絶品なんだよ!!」

「いや、もう本当に!! 美味しくて箸が止まりませんよ!! うわぁ! もうすごい!! すごいや! うわぁ!!」



「おや? 茉莉子ちゃんはあまり箸が進んでいないようだね?」


 茉莉子ちゃんは箸が進んでないことはないです!

 箸が微動だにしてないだけです!!



 こうなると、旅費を出してもらった上に失礼キメるクソ小松家として、家に帰ったら村八分にされて回覧板とかうちだけ跨いで回される未来が待っている。

 心情的にもここまで良くしてもらって、自治会の皆さんの気分を損ねたくない。


 だが、茉莉子に無理して食わせたくもない。


 過保護と罵られても良い!!

 茉莉子が嫌いなもの食べる時、涙目になるんだもん!!


 結構可愛いけど、何回か見てるとかわいそうで仕方なくなるの!!


「失礼いたします。お客様ー」


 ええい。なんだこの美人は。

 邪魔だ。どっか行ってくれないかな。


 お着物が苦しそうですね、なんかお胸がおデカくて!!


「お客様。アレルギーがおありとの事で、ご注文頂いておりました。こちら、当旅館特製の地場産カレーでございます」

「わぁぁ! 美味しそうです!!」


 美人がすげぇファインプレーしてくれたんだけど!!

 どうしたらいい!?


 その胸のところに1万円札挟めばいいんだっけ!?


「こいつぁ貸しにしときますぜ、秀亀さーん」

「え゛っ!? おまっ、新菜か!? 嘘だ! 俺の悪友がこんなに綺麗なわけがない!!」


 新菜は大きな声で言った。


「お客様! そんなにこちらがお気に召したのですか! では、御膳もお下げしませんので! どうぞご堪能下さいませー!!」


 隣の丸岡先生が笑う。


「そうか、そうか! 茉莉子ちゃんはアレルギーがあったのか! だからさっき、仲居さんが確認してくれたんだね! 誰の事かと思ったら、秀亀くんは手回しがいいねぇ! 僕たちに気を遣ってそっと注文してたのか! 君は君で、料理を気に入ってくれて! やっぱり若者の食いっぷりが良いと、年寄りは嬉しいんだよな!! ははははっ!!」


 新菜さんは親指をグッと立てて、「失礼いたします」と丁寧に退室して行った。


 やっぱりね。

 ぼっち警察なんだよな。最後はさ。

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