第37話 温泉宿の仲居は新菜さん ~ぼっち警察、帰省中~

 3回目のパプリカを歌っていると、バスが喜津音温泉郷に到着した。

 もう花が咲きまくって、晴れた空に種蒔きまくってたから、帰る頃にはバスがパプリカ畑になっているんじゃなかろうか。


「おじさん、おじさん! 歌上手ですね! ちょっと意外でした!!」

「ふふふ、そうだろう、そうだろう! 茉莉子と暮らす前は大学とバイトがどっちも休みの日にゃ決まってカラオケ8時間コースしてたからな!」


「あっ」

「……なに、そのリアクション。言っとくけどな? 一人カラオケとか普通だからね? 都会のシティーボーイは一人カラオケできて一人前みたいなところあるから!!」



(おじさん……。そんなに一人を連呼しないでください。……そ、そだ! あたし! カラオケにも行ってみたいです! 連れてってください! おじさんの歌声聞きたいなー!! 聞きたいなー!!)


 言いにくいことを心に届ける。

 テレパシーって便利だわ。



 まあ、少しトラブルもあったが茉莉子も元気になったし、俺は米津玄師と仲良くなったし、温泉宿にも着いたし、今のところ順調じゃないか。


「いっぱいあるんですねー。お宿!」

「だなー。俺も初めて来たけど、この辺では有名な温泉街なんだとよ」


「おじさん! なんか美味しそうなの売ってます!! 温泉卵!!」

「あー。美味いよな。けど、その前にチェックインだな。ほら、丸岡先生が集合かけてる。若い俺らが遅れる訳にゃいかんから、急ぐぞ」


 全員の点呼を取って、普通に3人足りなかった。

 丸岡先生いわく「じじいとばばあになるとね、単独行動しちゃうんだよね。大丈夫。事件になったら連絡来るから」とのこと。


 自治会の結束力ってすごい。


 やって来たのは安岡旅館。

 老舗の温泉宿で、なんでも旅番組でアイドルがやって来た事もあるのだとか。


「確かに趣があるなー」

「なんか思ったよりも古いですね!」


「おう。ヤメような。確かに、御亀村の感じがするけども。こっちは高いんだぞ。一泊1万円以上するんだからな? 俺がファミレスで1万稼ぐのに何時間働くか知ってる?」

「おじさん! あたし、旦那様の仕事は詮索しない妻になる予定です!!」



「口出さないのと無関心なのは違うからな!? あ! おい! お前、自分の荷物くらい持って行けよ!! ったく。楽しそうで結構なことで」

「おっと。動くんじゃねぇぜ。振り返ったらドーンだ。振り返らなくてもドーンだ。諦めな。のこのこやって来たあんたが悪いんだぜー」


 背中に押し付けられる柔らかい感触。もうドーンされてる!!

 そして、俺が童貞の発作をおこさない膨らみの持ち主はこの世に2人だけ。


 茉莉子はあっちで婦人会の人に菓子貰ってるってことは!!



「なんでお前がここにいるんだよ!?」

「はっはっは! ぼっちあるところにぼっち警察は現れるのだよー!!」


 新菜さん、何故か温泉街で遭遇。

 なに? プライベートまでぼっちの世話してくれんの?


 ヤメてよ。友情超えて親愛の情抱きそうになるわ。


「なんか不埒な妄想膨らませてるとこ悪いんだけどさー。わたしの苗字を言ってみろー!!」

「タッカーだっけ?」


「数あるニーナの中で、まさかのキメラにされた子を選んでくるとは恐ろしい男だね、秀亀は。君のように勘の悪い童貞は嫌いだよ」

「マジで? 実家? 新菜さん、いいとこのお嬢様だったん?」


 こいつは安岡新菜。

 俺たちが泊まるのは安岡旅館。


 つまり、そういうことなのだろう。


 俺の周りの女子ってみんなお嬢様じゃん。

 ヒデキだけじゃん、一般的な童貞なの。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぼっち1名様、ご案内でーす! まりっぺ! やっほっほー!!」

「あれ!? 新菜さんだ!! 何してるんですか!?」


「実はね、まりっぺ。温泉ってね。やらしー事をさせられる女子がいるの。わたしね、売られちゃった……」

「おい。適当なこと言うな。信じるんだよ、うちの子は」


「秀亀に売られちった……。麻雀でわたしの体を賭けて……。もう脱ぐものないから、お前の体を売るしかねぇんだ! とか言われて……。秀亀、タンヤオしか知らないから……!!」

「俺がすげぇバカになってる! タンヤオオンリーで脱衣麻雀したの!? もうちょっと良いエピソード捏造しろよ! あっ」


 茉莉子がハムスターになってる。

 これはあれです。


 話をすべて信じたうえで「なんかよく分からないですけど! あたしを仲間外れにするなんてひどいです!!」とか思ってる顔。

 「だつい? まーじゃん? とか、分かんないですけど! あたしもやります!!」とか言い出す顔。



 だから俺は茉莉子を東京なんかに行かせたくないの!!



 新菜が「実はここ、わたしの家なんだぜー」と普通にネタばらしすると「そんな嘘に騙されるほど、あたしバカじゃありません!!」と相変わらず頬っぺたを膨らませたままの茉莉子さん。


 なんでさっきの脱衣麻雀エピソードの方を信じるの?


「長期休暇はたまに手伝いに呼ばれてさ。女子大生に花魁させるとか、ひどいぜー」

「誰が花魁じゃい。ジャージの花魁がいて堪るか」


「あー! 花魁ハラスメント出たー!! 花魁だってオフはジャージですー!! まりっぺが家では常にTシャツと短パンで過ごすのと一緒なんですー!!」

「あれ? なんかあたしの話題になってます? 照れますねー!!」


 この2人は相性が極めて良い。

 多分、バカとアホだからだと思う。


(おじさんはちょっとアホな子の方が好みなんですもんねー!!)


 茉莉子はダメだな。

 全然分かってない。


 俺はアホの子が好きなんじゃない。

 好きになった相手がアホの子だったんだよ!!


「まりっぺ! 秀亀と同じ部屋にしといたぜー! 姪って設定便利だね!」

「わぁー! ありがとうございますー!! 知らないおばちゃんと相部屋だったらどーしよーって震えてたんですよぉー!!」



 今こそテレパシー使うタイミングだったろ!?

 俺のちょっと恥ずかしいけど、「茉莉子が喜ぶんならたまには言ってやるか。ふっ」て心の吐露、返せよ!!



「お、そーだ! 秀亀ぃ!」

「なんだよ。ジャージで接客する不良従業員め」


「そう言うなってば! わたしがちゃんとしてやるからさ!」

「なにを? あ! 晩飯の天ぷらのエビ増やしてくれるとか!? 俺さ、天ぷら好きなのよ! 知ってるだろ? エビじゃなくても良いよ! 大葉とかでもすげぇ嬉しい!!」


 新菜は「ちっちっち」と指を振る。

 こいつとポケモンが指振るとろくな事がないんだ。


「秀亀が男湯に入った瞬間にさ! 女湯の暖簾とかけ替えてあげるね! 秀亀の好きなシチュエーションだぜー? もー。サービスだかんね!」

「それは俺の好きなラブコメのシチュエーションなんだわ!! リアルでされると人生終わるの!! ぼっち警察って時々ぼっち専門の殺し屋になるのはなんでなん?」


 案内を見ると、部屋にも露天風呂があるらしい。

 絶対に大浴場には行かないからな。絶対だぞ。

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