第30話 小松秀亀VSマリーの会(マリーさん抜き)

 翌日。

 マリーさんは元気に学校へ。

 俺は講義が1限のみだったので、大学からそのままファミレスのバイトに向かった。


「お疲れさまです! ボス!!」

「うん。助かるよ、急にできた穴にも入ってくれて。……メンタル平気? 大丈夫? うちで1番スタイルの良い、高柳さんの制服姿を10分くらい眺める? 高柳さんはね、小松くんなら空気みたいなものだから全然平気ですって快諾してくれたよ?」



 なんか店長が前よりもっと優しくなったのは何故だろう。

 高柳さんとは会話したことすらないので、結構です。



 せっせと無給で働く俺。

 先日、原因不明の惨事によってスプリンクラーが作動し、食材の一部がダメになってしまったのだ。

 他に被害がなかったのは奇跡か


 奇跡の無駄遣いばっかりしてるな、俺!!


 とにかく、きっちりと働いて補填させて頂くのだ。


 額に汗して、大親友もいねぇし彼女もいねぇしツレもいねぇけど美味しいパスタ作った俺になっていたところ、ポケットのスマホが鳴った。

 ロッカーに入れるのを忘れていたらしい。

 俺としたことが。


「いいよ、いいよ。急用だったらいけないし、確認してごらん。今は、ほら。そのパスタが終われば注文も途切れるから。新規のお客様もいないしね。3時台になるとホールスタッフは大貧民始めるし、この店が潰れそうなのが心配なくらいだから。小松くんもリラックスして良いんだよ」

「すみません。では、お言葉に甘えて」


 そこには『ぼっち警察だ!! 秀亀! 貴様は包囲されている!!』とラインメッセージが届いていた。

 俺は店長に伝える。


「すみません。ちょっと店が武装したぼっち警察に包囲されているので、30分だけ投降して来て良いですか?」

「ああ、そうなんだ。うん。大変だね。行っておいで。杏仁豆腐を人質にして行きなさい。これ、そろそろ期限が近いから。交渉頑張って。ファイト!」


 俺は4つの杏仁豆腐を携えて、現場へ向かう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぐふふふっ。早かったな、秀亀容疑者! ガサ入れだ! 逃がすと思うなよ!!」

「こんにちはー」

「ちょっきぷりぃぃぃぃぃ!! あ。さーせん。テンション間違えました」


 1つ足りないな。


 キョロキョロする俺に、小春ちゃんがズィっと顔を近づける。

 俺は跪いて杏仁豆腐を差し出した。


 これで勘弁してください!!


「わー。これが杏仁豆腐ですか!? すごい! プラスチックの容器に詰まってます!! 開け方が分かりません。ははっ。そっか。私なんかは無駄にお野菜食べてろってことですよね……。何の意味もないですもんね。垂れる胸とかないですし。お肌なんてファンデーションで誤魔化せますし」



 茉莉子ぉ!! 内緒って言ったじゃん!!

 なんでお前、すぐに小春ちゃんと情報共有すんの!?


 大事なお友達にこれ以上の嘘はつきたくありません! とか言うんだろうな!!

 じゃあ、仕方ないや!! そういうとこ好き!!



「茉莉子さんが帰っちまうのに、こんな呑気に美味しいパスタ作って人生に負けてマジ切れしてて良いんすか!? もっとマジ切れすること、あると思うんすけど!!」

「茉莉子が決めた事だからなぁ。湘南乃風、そんな辛辣過ぎる作詞してた?」


「秀亀さ。わたしは幻滅したよ。あんた、入学してからずっと、頑なに女子を避けてさ。それってまりっぺに会うための助走じゃなかったの? お袋さん、泣いてるぜ!?」

「俺の母ちゃん、動物のドキュメンタリー見てもゲラゲラ笑うくらいにヤベーメンタルしてるからぜってぇ泣いてない。村にいた頃、名馬の出産っていうお馬さんが頑張って難産乗り越えて子育てする特集見てた時とか、ギャン泣きしてた俺見て爆笑してたよ」



「秀亀はさ。もしかして、拾われたんじゃないの? 地球が秀亀のせて回ってないし、母さんもまなざしくれてないじゃん。秀亀ママの遺伝子どこ行ったん?」

「親父に似たんだよ! 親父、36まで童貞守り通して母ちゃんに食われたからね!! 今は大根育てて漬けて、また大根育てる草食系おじさんだよ!! 名前は亀次郎!!」


 「俺より秀でた亀になってくれよ」と願いを込めてつけられたのが、秀亀。

 とりあえず、親父には申し訳ないと思ってる!!



 新菜と桃さんにも杏仁豆腐を振る舞って、小春ちゃんの容器を開封してあげた。

 いつの間にかうちのボスが「これ使って!」と折り畳みのウッドチェアを持って来てくれる。


 ここは良い職場だよ。


「見損ないました。秀亀さん。マリーちゃんが帰るのに、何も感じないんですか?」

「えー。いや、感じるよ? 感じる。ちゃんと電車に乗れるかなって。自動改札が最初の関門で、乗り換えもあるし。何ならこっち来た時、よく無事に着いたなって」


「……地中海に電車で帰るんですか?」

「ごめん! 言葉足らずだったね!! 電車型のプライベート豪華客船!! 客船なのにプライベートなの! すごくない!? すごいよね!!」


 小春ちゃんは大きなため息をついてから、微笑んだ。


「意外とダメなところも多いんですよね。秀亀さんって。私が色々と教えてあげなくちゃって感じます。ふふっ。ホント、仕方がないですね。男の人って」


 やだ! 怖い!!

 マリーさん帰らんとって!!


「マジで言ってんの? 秀亀さ、いくらなんでも亀過ぎるでしょ? まりっぺが言って欲しい言葉くらい分かってると思ってたのに。がっかりだぜー」

「いや。分かってるよ。けど、それ言ったら終わりだし」


 いつも寄り添ってくれるぼっち警察も今日はなんだか冷たいじゃないか。


「分かるっすよ。秀亀さん。ウチには分かるっす。茉莉子さんの事を考えて、敢えて何も言わねってバイブスなんすよね? けど、その優しさは今じゃねっす。必要なのは勇気っす。ブレイブストーリーなんすよ。求められてんのは」

「ええ……。勇気出してまで言うことかな?」



「……ペソ野郎すか。秀亀さん」

「意味分かんねぇけど、多分3人の中で1番酷いこと言われたな!?」


 桃さんが「メキシコペソは為替市場における流動性が低めんてぃーなんで。急落するリスク高めなんす。アンダスタン? 秀ペソさん」と、知的な解説をしてくれた。



 3人の言いたい事は分かった。

 分かった上で、俺は答えよう。


「別に俺が何か言う必要はないと思うんだ。3人がマリーの事を考えて、わざわざ来てくれたってことは、すげぇ嬉しいし。マリーが好かれてるのはもっと嬉しい。だけど、何を言われても俺のやり方は変わらない。帰るって言うなら、マリーの意思を尊重したい」


「このダメ男!! 秀亀のバカ! もう知らない!! フランクフルトに帰れ!!」

「……私は見捨てませんからね。秀亀さんが愛しくなりました。ダメなんですから」

「ペソ野郎には絶望っす。次の授業では秀亀さん無視して晩御飯作るっす」


 捨て台詞を俺に全力投球して、3人は帰って行った。

 ちょっと言い過ぎじゃない!?


 君ら、ちょっと前に恋バナで俺に高得点付けてたじゃん!!

 なに!? あれはM1システムで、他のメンズも似たように高得点だったの!?


 とりあえずきっちりと働いて、俺は家に帰った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おっかえりなさーい!! あたしにします?」

「じゃあ茉莉子で」


 サッと胸を隠すマリーさん。

 また制服にエプロンなんか着て。

 汚れるでしょうが。


「突然欲望に解放的なおじさんになったんですけど!? なにかありましたか!?」

「おう。ちょっと色々あった。考えせられたよ」


「ふむー。まあ、お夕飯にしましょうか! 茉莉子特製のカレーですよ!!」

「マジで! ついにカレーが来たか!! よし、手ぇ洗って来るわ!!」


 配膳されたカレーをスプーンですくって、お口にイン。

 モシャモシャと咀嚼して、ゆっくりと飲み込む。


「……不味いな」

「おかしいですよねー。調理実習の時は上手く行ったんですけどー」


「ちなみに茉莉子はどの工程を担当したの?」

「炊飯器のスイッチをポチりました!!」


「ああ、そうなんだ。次は鍋の番を頑張ろうな」

「はーい」


 しばらく静かに不味いカレーを食べてから、俺はぽつりと切り出した。


「ところでさ、茉莉子」

「はい?」


「お前。村に帰るんだってな」

「あー。バレちゃいましたかー。えへへ。はい!」


 茉莉子はいつも通り、柔らかく笑った。




~~~~~~~~~

 次話で一区切り……!!

 やればできるものでした……! 内容は置いておくとして……!!

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