第29話 茉莉子さん、村に帰るってよ
学校から帰って、制服も脱がずにソファで寝転がっている茉莉子。
もう4月が終わるって言うのに、なんでしょうか、このお嬢様感の無さは。
「家に帰ってまでお嬢様なんてしてられませんよー。あたしはファッション侯爵令嬢として生きていくことにしたので!!」
そう言うと、足を伸ばしてちゃぶ台の上にあるテレビのリモコンを取ろうとする茉莉子。
お嬢様ファッションを脱ぐのは良いけど、それ女子としてもアウトだろ。
スカートなのに。
丈の短いスカートなのに。
「残念でしたー! おじさんがうるさいので、短パン穿いてますぅー!! 小春ちゃんがくれたんですよねー! 秀亀さんも男の人だから、ちゃんと気を付けないとダメだよって! つまり! 今後は短パン茉莉子か生パン茉莉子か、覗いてみるまで分からない!! ロシアン茉莉子として、同時にシュレディンガー茉莉子として家ではやっていく所存なのですよ! あだっ! ぐぬぬっ。リモコンに負けました……」
ソファから滑り落ちるうちのバカお嬢様。
秀亀さんは男の人だけど、童貞を拗らせて極めているから茉莉子さんがその田舎娘感を出してくる限り、気を付けなくても問題ないよ?
「というか! 俺が頑張ってロッテン撃退したのに!! マナー講座なくなったせいで茉莉子が前よりも乙女感失くしてるとか! すげぇ複雑なんだけど!! いや、あれはロッテンやり過ぎだったし、茉莉子が楽しく学校通ってんのは嬉しいけども!!」
「んふふー。まーたおじさんのあたし大好きムーブが始まるんですからぁー。ちゃんと感謝してますってばー! むむむむー! おーっ! 取れた、取れたー!!」
スカート捲り上げて両足でリモコン掴んでる女子高生がお嬢様学校に通う事を、俺は今さらながら抗議したいと思った。
お前な! もう短パン穿いてるとかそういう問題じゃなくて、すっげぇ恰好!!
年頃の娘らしく、恥じらいを持てよ!!
「えー。おじさんの前で恥じらうのは時と場合とあたしのキュンキュンによるって決めてるんですけどー」
「キュンキュンしてねぇのはよく分かった! ったく、飯にするか。服、脱げよ」
茉莉子が笑顔で胸を隠す。
「おじさん。もう普通に脱げって命令するようになりましたね。成長しちゃって。茉莉子は寂しいやら、嬉しいやら、興奮するやらで大変です」
「へいへい。つーかな、高いんだぞ喜津音女学院の制服!! 俺の月収とトントン!!」
「えっ!? おじさん、そんなに稼いでいたんですか!?」
「稼いでいたんですよ!! お前に美味いもの食わせるために!! 野菜食わねぇから! 必殺の家庭菜園による節約術も効かねぇもんな!!」
あとね、レアピーチ個別指導の収入が凄まじくデカいの!!
茉莉子が制服を脱いで、短パンとキャミソールになるという酷い対応をしてからちゃぶ台の前であぐらをかく。
もう絶対に初めて喜津音市に来て、自動改札と喧嘩してた時のお前の方がお嬢様だったよ。
ピアスとか、どこにやったの?
「あれですか? ピアスじゃないですよ? なんかね、名前忘れましたけど! ペタって貼るヤツです! 学院はピアス禁止なので! で、そうなると日常生活でピアスとかする意味あります? 耳たぶ痒いだけですよ? 穴空けるとか怖いですし!!」
「どんどんメッキがはがれていくな。チンジャオロースの肉だけ食うのヤメて?」
「おじさん。おじさん。あたし、野菜嫌いですよね」
「そうだな。俺の愛情込めて育てた野菜の全てを嫌うよな、お前は」
茉莉子は胸を張る。
キャミソールと言う名のインナーに感謝した。
良かった! ダイレクトアタックされなくて!!
「見てください! このスタイル!! あたしは世界に伝えたい!! 野菜とかいらないんですよ!! だって、ハツラツと育ってますから!!」
「30くらいになると、肌がボロボロになるらしいよ。野菜不足だと。あと、形崩れて、垂れたりするんだって。スタイル良くても肌がボロボロで乳ダルダルだと、茉莉子も嫌じゃないか?」
「ふーん! 若いうちが勝負なので!!」
「お前は30半ばくらいで離婚したいタイプなの?」
「えっ!? お肌と胸がボロボロになったら、あたし捨てられるんですか!?」
「そんな理由で別れるか! でも、子供育てることになったらまともに食育できんだろうが!! それは充分に離婚の原因になり得る!!」
茉莉子の頬がハムスターになる。
大変可愛い。
「まったく、面倒なおじさんですねぇ。分かりましたよー。おじさんと同じくらい穢れを知らないピーマンを食ってやりますよー!! あー! だから小春ちゃん、お昼にいつも山ほどサラダ食べてるんですねー!! なんでだろうなーって思ってたんです! 納得!!」
「絶対に本人の前で言うなよ。スタイルの話してる時の小春ちゃん、怖いんだよ……」
ピーマンを苦い顔してちゃんと完食した茉莉子。
ご褒美に自家製プリンを与えてやることにした。
(またお豆腐であたしをいじめるつもりですね? おじさん、ドMなのかドSなのか、いい加減ハッキリしてくださいよ)
じゃあ食うなよ!!
自治会の集まりで小林さんに習って作ってやったのに!!
「わーい! おじさんのそーゆうとこ好きですー!! 小林さんって人も好きー!!」
「こいつ、忘れてんな!? お前が迷子になってお漏らしした時にお世話になった家の人だよ!! この辺、自治会の範囲が広いからあそこも同じ区域なんだよ! あ。ごめん」
プルプル震えながら、プリンをプルプルさせながらご立腹の茉莉子さん。
「だからぁ! ギリギリセーフだったって言ってるでしょ!! おじさんのえっちでニッチな変態!! お風呂行きます! 覗きたければどーぞ!!」とぷんすかしながら、一般的にはご褒美と思われる捨て台詞を吐いて去っていった。
そんないつもの日常。
翌日には、それが少し変わっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ばあちゃんから電話があったのは、明けて4時を少し過ぎた時分。
早ぇよ!!
「……はい」
『おっす! おら、オードリー・ヘップバーン!!』
「年寄りは朝早いもんね。俺が対応するよ。おはよう」
『何言ってんだい! ばあちゃん徹夜明けだよ!! FPSの実況配信してた!! アメリカの自称特殊部隊のチームを皆殺しにしてやったよ! 煽ったら英語でディスって来たから、スワヒリ語でボロカスに言ってやったわ! なははは!!』
「それ誰も分からんだろ。ばあちゃんボケたのかなって思われただけじゃない?」
『いや? コンゴの皆が一斉に草生やしてたから、すっげぇ盛り上がったけどね?』
ワールドワイドばばあだな!
相変わらずよ!!
「で、なに? 悪かったって。友達からハイボール貰ってさ、飲んだら眠くなったんだよ。今度はちゃんと配信見るし、スパチャ投げるから」
『そんな事で電話しないよ。茉莉子は今、あんたのベッドで寝てるね?』
「んなワケねぇだろ!! 俺も茉莉子もあんたの孫だぞ!? 孫たちによる若さゆえの過ち推奨してくんなよ!! 15歳だ、うちの子!!」
『はぁ? なんだが? ばあちゃんなんか、15の頃には百人食い達成してたよ。そんなだから秀亀はヒジキなんだよ。あんなたわわに実ってる女子高生と同居して、なにもしやしない!! 何のために海から陸に上がって来たんだい!! この種無しヒジキ!!』
「早朝から地獄みてぇなことをなんで実の祖母から言われなくちゃなんねぇんだよ! もう寝ろよ! 若くねぇんだから!! 健康に気を遣えよ!! ばあちゃん倒れたら悲しむヤツいっぱいいんだぞ!!」
「ああ……。この優しさが、ヒジキの秀亀が茉莉子にご挨拶するのを邪魔するんだね。どうしようもないね!!」
あんたに言われたくねぇよ!!
ようやくばあちゃんは本題を切り出した。
1番大事なところは端的に済ませるのが小松家のやり方。
『あのね。茉莉子、村に帰らせるから』
「はぁ?」
『いや、もう話ついてんだよ。茉莉子も承知してる』
「なにそれ? 俺は聞いてねぇけど」
『言ってないからね!! ほれ! 茉莉子がいなくなるよ!? 抱くなら今しかねぇ!! やっちまいな!! じゃ、ばあちゃんバーボン飲んで寝るから! 次もぜってぇ電話に出てくれよな!!』
一方的に電話が切れた。
そうか。
茉莉子、帰るんだ。
~~~~~~~~~
明日も2話更新! お時間いつもの12時と18時!!
計画と計算がジャズっていれば、あと2話で完結!!
つまり明日で一区切りとなる予定です!
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