第20話 桃さんは勉強ができない ~ただし天才である~

 茉莉子が熱々のお茶を淹れてくれた。

 俺の事をよく分かっているね。


 今すぐ煮え湯を飲んで、とりあえず思考をリセットしたいと思ってたところ!!


(んふふー。嫁力というヤツです!! では! あたしは哭いた赤鬼の続きを読みます!!)


 哭いてんじゃん、その赤鬼。

 鬼が哭いたらもうそれ威嚇どころか恫喝だからな。

 ちゃんと泣いてる方を読めよ。どこから持って来たんだ、そんなパチモン。


(ぼっち警察からの差し入れです!!)


 だろうと思った!

 小春ちゃんが持って来たんじゃなくてホッとしたわ!!


「あの、やっぱきびぃーっすかね? はは、ウチってバカなんで。身の丈にあった、水商売もっこり学園大学とかにした方がいっすよね」


 しょんぼりする桃さん。

 大丈夫だ! 自分がバカだって自覚があるバカはまだ手遅れじゃない!!



 なんか変な大学に入ろうと思い始めたら、手遅れになりそうだけど!!



「よし。1つずつ潰していこう。大丈夫。まだ4月だ。受験まであと……ちょっと計算できないけど、それなりにね。時間はあるから」

「約8か月と半なんすけど?」


「そうだね。現実は見えてないけど、カレンダーは読めてる。とても偉い」

「そっすか? うれぴーっす! ウチ、親以外から褒められたの初かもっす!!」


 もう、どんな手を使ってでも合格させてあげたい。

 神様はこんな性格のいい子にどうして艱難辛苦を与えるのか。


「大惨事の英語から手を付けようか。これはいらないな!」

「なんで参考書片付けるんすか?」


「基礎からしっかりと整えたいと思ってね。ジョディとトムが経済摩擦について語ってる会話文はちょっと早いかなって」

「あーね。問題文あるあるっすね。それ系ってぇ、あれっすよ。会計基準の国際化を行って、通貨や為替の極端すぎる格差を埋めるとこがスタートなのに、なんかテンアゲで語り始めるんすよね。ステューシーとマーティンって」


 なんか難しいこと言い出したんだけど!?

 商業高校でちゃんと学んでるんだ。


 さてはこの子、興味のある事には高レベルな学力発揮する手合いだな!?


「よし、分かった! じゃあやっぱり、経済摩擦の問題文を読んでみよう! 問とか無視して、とりあえず読もう! 声に出して! 意外と大事なんだよ、こういうのって!」

「おけまるっ!! 授業みたいになって来たぁ!! インスタバエってヤツすね!!」


 俺はツッコミによる時間のロスを避ける!!


 桃さんに参考書を渡すと、彼女は折り目がつかないよう丁寧にそれを持つ。

 細かい所作からお嬢様の雰囲気を感じ取ることができた。


「いくっす!!」

「よし! 来い!!」



「あー。アイ、アイ、アイ……。オーウ。ワーオ。アイラブユー。アイミスユー。レッツ、トュギャザー!! ヘイ、カモーン! ベッドイン!!」

「どこ読んでんの!? そんな濡れ場は参考書にねぇよ!! ちょっとごめん! やっぱ来ないで戻ってくれるか!! 俺の心構えがことごとく砕かれていく!!」


 茉莉子が熱々のお茶を淹れてくれた。

 今日のお前はなんだか賢そうに見えるな!!



「さーせん。今の、パパが教えてくれた英語なんす」

「ああ、お父さんはホストなんだっけ? なるほど、お客さんに使う口説き文句か」


「や。ママとパパの寝室から聞こえて来る声っすね。なんか弟か妹作るって張り切りスタジアムなんすよ」

「……そう。英語は次回にしよう。なにか、桃さんの好きな科目でね。今日は学習意欲を高めよう。うん。俺も高めるから」


 すると彼女は笑顔で古文の教科書を取り出した。

 さて、ツッコミの用意をするか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 桃さんはやる気がある。

 それはすごいことだ。

 この状況で挫けていない事がもう才能だよ。


「さーせん。秀亀さん。ウチ、やっぱバカなんすね。茉莉子さんと過ごすお時間奪って、マジどうしようもねぇっすわ。泡になって消えてぇっす」

「そんな事はない! 張り切って行こう!! じゃあ、ここ! 『まどろまれ給わず』ってあるね? 現代語訳にチャレンジしてみようか!!」


 桃さんは数秒考えてから、「おけっす!!」と返事をした。


「マジで目ぇ冴えてー。全然寝られねぇんすね、あんた! ドンマイ!!」

「……あれ? いや、レアピーチ語で一瞬分からなかったけど。あれ!?」


「さーせん。くそバカで。アルジャーノンの方が賢いっすよね。はは」

「さらっとネズミの中でも知的な方が出て来るし! ハム太郎とか言ってくれたら、それネズミじゃねぇよ!! って言う用意はできてたのに!! 桃さん、『まどろまれ給わず』の部分的な説明できる?」


 ギャルみたいでギャルじゃない女子高生は、やはり数秒で「おけっす!」と返事をすると、スラスラと解説を始めた。


「まどまわれってアレっすよね。なんかもーだりぃ。すっげぇウトウトして寝落ち寸前って感じで。給わってんのはナニで! なんかリスペクト表現! あと、ず! これ確か前の言葉をぶち殺すヤツなんで! ウトウトできねぇってことは、マジ不眠症じゃね? 的な!」

「……だいたい合ってる!! 桃さん、なんで分かるの!? ああいや、ごめん! 失礼だった! 古文得意なの?」


「全然すよ? 何言ってんのかワカメっす。ただ、単語を全部覚えてんでぇー。文法とかってバイブス感じてたらちょっと分かんじゃないすか」

「単語暗記してるの!?」


「や。ちょっちねーっすよ? 1500くらいで飽きたんで! ……さーせん。集中力もねぇとか。ウチ、頭ん中がヘチマなんすよ」


 試しにスマホで「東大」「古文単語」「必要量」と調べてみたところ、「600は欲しい。頑張って800くらい覚えようぜ!!」と出て来た。

 ここで俺も珍しく閃く。


 彼女の言葉遣いを思い出したのだ。

 明らかにバブル期以前の単語が混じるし、俺は聞いた事がないような、恐らくご両親の造語と思われるものも多数組み込まれている。


 もしかして、それも全部覚えているのか!?



 桃さん。さては、記憶力チートか!!



 詰め込み教育は1970年代に見直され始めた学習法であり、俺も詳しいことは知らないが、多分時代に即していないとか、応用力が育ち辛いとか、そんな理由があるのではないかと思われる。


(はい、おじさん! あと楽しくないです!! 好奇心とか全然持てません!!)


 なるほど。

 確かに、それもかなり大きい要因だな。


 学習意欲が下がれば当然、効率も下がるし、下手すると勉強しているのに成績が落ちるという大惨事になりかねない。

 だが、仮に暗記する事を苦にしないのであれば、むしろそれが得意ならば。


「桃さんって、記憶力良いよね?」

「んなこたぁない! 普通じゃねっすか?」


 なるべく勉強に関連付けない角度で実力を推し量りたい。


「おっ! そうだ! 俺さ、中学の頃とかポケモンにハマっててね!」

「マジすか! ウチも好きっす!!」


「けど、何種類いたのか思い出せなくてなぁ」

「あーね。分かりみ! 今は……そっすねー。限定ポケモンとか、オスメス、フォルムチェンジ、メガシンカとかで見た目変わるの、その辺は省いておけまるっすか?」


 もう何言ってんのか分かんねぇ!

 とりあえず「うん」と答えておいた。


「じゃ、多分1008じゃないすかね?」

「……相性とかあるよね。あれも俺、苦手でさー」


「あーね! 分かりみダブルっすよ! とりま、使用ポケモンのタイプと技のタイプを別で覚えて、防御する側のポケモンのタイプ覚えると楽っすよ! あとは頭ん中でシミュっすね! だいたいこれでイケんじゃねっかなって!」


 この子、応用力まで暗記でどうにかできるタイプだ。

 バカだなんて、とんでもない!


 俺の10000倍は優れた知能をお持ちじゃないか!!

 使い方を理解していないだけ!!


 光明が見えた俺は、教育方針を抜本的に変更する事にした。

 「べしゃりながらが1番頭ん中に入るっす!」と桃さんが言うので、茉莉子も交えて雑談の中で知識と情報を詰め込んでいく戦法を試すと、驚くどころか引くほどの記憶力を発揮されて、試しにこの世の終わりのような答案の中から国語選びコピーして、もう一度解いてもらったところ、190点を叩き出した。


「秀亀さん、パナップ過ぎんだが!! ウチ、こんなに勉強できたって思うの初体験っす! 帰ってママに報告しますわ! 初めて奪われたって! 今日はあざっした! ああ、忘れてた! これ、ウチが作った筑前煮っす! クソまずいと思うっす! どぞ!!」


 そう言うと桃さんは帰って行った。


 夕飯を食べていると桃さんのお母さんから「娘を女にしてくれてマジ感謝!!」とラインメッセージが届いた。

 敢えて訂正せず「これからも微力を尽くします」と返信する。


 筑前煮は腰が抜けるほど美味しかった。

 野菜嫌いの茉莉子が6回おかわりしたので、これはもうガチのマジである。


 桃さん。ギャル、ヤメたら良いのに。



~~~~~~~~~

 今日も元気に2話更新!

 次話は18時です!!

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