第18話 涙目の 嘘を重ねた マリーさん

 茉莉子がマリーさんになるべきか、そもそも自分はマリーなのか、茉莉子なのか、人間って何だろうとか、もうちょっと危ない感じになって来ていた。


「小松くん。今日時間があったら残業頼めるかい? 処分予定の食材持って帰っていいから、いつもみたいにお願いできると助かるんだけどなぁ」


 ファミレスの店長、つまり俺にとってのボスがにこやかな表情でやって来た。

 店長は俺のシフトを融通してくれるし、賞味期限が近くなった食材は内緒でくれるし、優しいし、ハゲ始めてるのに前向きだし、尊敬するところしかない。


 だが、俺は。

 そんな良心の人を今日、裏切る!!


「すみません!! 今すぐ帰っても良いですか!?」

「ど、どうしたの!? いや、良いけど!?」


「分かっています! こんな勝手許されないってことも!! 責任取って、バイト辞めます!!」

「なんで!? 帰って良いよ!? 残業強制してる訳じゃないから!! もう君のシフト終わってるもん! 帰って良いってば!!」


「すみません! これまでの恩義に忠義で応える事の出来ない不義理者で!! これまで、クソお世話になりました!!」

「小松くん、落ち着いて!! なんでレストラン辞める時のキメ台詞吐くの!? 辞めないでよ!! 君の実力にみんな助けられてるんだから! 重いものも嫌な顔せず運んでくれるし、率先してシフト入ってくれるし、欠員が出たら応じてくれるし!! 辞めないでよ!? うちが困るんだよ!!」



「すみません!! 家で大事な家族が死にそうなんです!!」

「うん! じゃあすぐ帰って!! タクシー呼ぶから!! お金払っとく!! 帰りなさい!! で、辞めないで!? 時給上げるから!!」


 翌月、何故か時給が100円上がっていたが、興奮していたせいもあってかどんなやり取りをしたのか覚えていない。



 タクシーの中で冷静さを取り戻した俺は、家に着く頃には割と普通のテンションになっていた。

 マリーさん、生きてるかしら。


「ただいまー。帰ったぞー」


「あたしね、地中海の孤島にある秘密の独立国家を支える皇族の娘なんです。ネオローマ大帝国って言うんですけど。その皇女だったんです。今まで黙っていてすみませんでした。マリッペ・フォン・ネオローマが隠された名前なんです。本当です」



 ダメそうだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺と目が合ったマリーさん。

 いや、マリッペさん?


 とりあえず、うちの子が全力で駆けて来て俺にしがみついた。


「いだだだだだ!! いや、茉莉子!! なんつーことしてんだ、お前ぇぇぇ!!」

(だいしゅきホールドとか言うヤツですよぉ! おじさん好きですよね!?)


 バカ言っちゃいかんよ、君ぃ!!

 なにを言っとるんだ!!


 マジでヤメなよ、マジでホントに!!



(おじさんの部屋のタンスの上から2番目の引き出しの高校時代の制服を圧縮して収納してあるヤツの下に二重底にして隠してあるなんだか薄い本読みました!! これ好きなんでしょう!? よく分かんないですけど、してあげますからぁ!! 助けてくださぁい!!)


 助けて欲しいのは俺だよ!!

 いくらなんでもテレパシーの精度上がり過ぎだろ!?


 俺、隠し場所のそこまで詳細な情報を思考の海にぶち込んだことねぇのに!!!



 とりあえず何とかホールドを引っぺがす。

 涙目の茉莉子は可愛いが、俺の心が冷え切っているため今は何も感じない。


 地獄か、ここは。


「おーっす! お疲れちゃん! わたしにしとく!?」

「お邪魔しています、秀亀さん! あの、今のマリーちゃんの動きは一体?」


「おっとぉ! こはるんはまだ知らない方が良いよ! あれはね、知ってしまうと心が少しだけ穢れる呪法なの!!」

「そ、そうなんですか!? さすがです、新菜さん!」


 ぼっち警察にふるさと納税するね、今年から。


「じゃあ、さっきの話の続きたぜー!」

「はい! お勉強させて頂きます!!」


「こうしてね、こう!! この部分を乳袋と呼びます! 秀亀が好きな部位です!!」



 何してんだ、お前ぇ!!



「乳袋……と! はい、分かりました!」


 分からんとって!!

 小春ちゃん、なにメモ取ってるの!?


「ちなみに、それはどういう効能があるのでしょうか?」


 俺が絶望する!!


「秀亀が見境なく、童貞を捨てようとしてきますな!! なっはっは!!」

「童貞、というのは。えと、待ってください! 確か……あっ! ありました! 32ページ目でした!」


 もうヤメてよ!! お嬢様にどんだけクソみてぇなメモ取らせてんの!?

 ねぇ、俺がいない間に俺の家で地獄作るのヤメて!?


「崇高な精神の研鑽によって、選ばれた男性しかたどり着けない人間の最奥の1つ……!! 秀亀さん、私が思っている以上にすごい人だったんですね!!」

「へへっ! 1つ貸しだぜ! 秀亀ぃ!! 今度返せよな!!」


 俺のいえにミサイル撃ち込んで「さっき使ったミサイルの分、返して!!」とか言って来るヤベー女が俺の唯一の友達。



 帰って来るんじゃなかった!!



 キューと小動物の鳴き声のような音が響いたのは、俺が絶望して8秒ほどが経過した頃であり、「地球に太陽落ちてこねぇかな」とか思い始めた時分であった。


「あ。す、すみません……。お腹空いちゃったなって。あはは。ついはしゃいで、遅くまでお邪魔してしまったので!」

「確かに! お腹空いたなー! ひーできぃ!! お腹空いたー!!」


 まだ俺は、世界に絶望していなかったらしい。

 今ならまだ、救える。


 俺が救えるんだ! この地獄を終わらせることができる!!


「待ってろ!! 最高に美味い飯、作ってやる!!」


 それから俺は、無言で料理をし続けるマシーンと化した。

 心を空にすることで精神の回復を促すと同時に、料理の速度を上げる。


 ファミレスの勤務で身に付けた、小松秀亀の必殺技である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おらぁぁ! おあがりよ!! おあがって、とっとと帰ってくれるかな!!」


 渾身の一品。

 自家製チャーシュー入りオムライスである。

 ハートマークまでケチャップが描いてやったわ!!


 茉莉子の昼飯作った材料の残りしかなかったんだから、これが限界!!


「わぁ! これも初めて食べる味です!!」

「わたしは慣れ親しんだお袋の味って感じだぜー。うまっ!」


「よし。食ったら帰れよ!!」


 小春ちゃんが気配で高いと分かる風呂敷包みを取り出して、控えめに差し出す。


「あの、この間のお漬物を秀亀さんが気に入ってくださったとマリーちゃんからお聞きして。その話を父に伝えたらですね。フランソワ家の方が!! と感激しまして! 不躾なのですが、新商品のご試食をお願いできないかと言い出したのですが。ご、ご迷惑ですか!?」



「小春ちゃん。おかわり、あるからね? マリーはいくつも名前を持っているけど、心は1つなんだ。小春ちゃんをいつも大事な親友だと言って、にこやかに笑うのさ。どうか、これからもマリーの良き友でいてあげて欲しい。そして漬物ありがとう。フランソワ家がどこでお父様の当たり判定に含まれたのかはもう考えない。ありがとう。大事に食べるね」


(おじさん……!! あたしのために……!!)


 漬物のためだよ。



「おっ! そだ! 忘れてたぜー! 秀亀、これ! レポートの提出の期限ぶっちぎってんだけど。必修科目落とすよ?」

「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! マジだ!! 今日じゃん!! 研究室に完成したの置いといたのに!! 忘れてた!! ちょっと大学行ってくる!!」


 新菜が親指を立てる。


「ほっほっほ。落ち着きなされ、お若いの。ぼっち警察はぼっちの味方なのじゃ。まりっぺのために働く秀亀。応援するのがジャスティスよのぉ。フツーに出しといたよ?」



「新菜。お前、辛いの好きだったよな? 待ってろ、創作オムライス・激辛を作ってやる! それから、茉莉子は色んなキャラになりたいお年頃だから。会う度にキャラが変わるんだよ。家の中でもそうだから。まあ、新菜くらいの陽の者になれば? それに合わせるの余裕だよな? いつでも遊びに来てね。まりっぺ喜ぶから」


(おじさぁん……!! あたしのためにぃ……!!)


 すまん。単位のためだ。



 食事を済ませた2人は満足して帰って行った。

 以後、好きに遊びに来てくれて構わないと言うと、小春ちゃんと新菜が違う種類の可愛いリアクションで応じてくれた。


 めんこいなぁ、あの子たち。


「……茉莉子」

「……はい」


「……俺たちは、修羅の道を歩いている」

「……うん。おじさん、ありがと」


 なんか知らんが、丸く収まった。

 とりあえず、今晩中に宝物の場所を天井の左隅から屋根裏に運び込んでおく。


(あ。ごめんなさい、おじさん)


 今のは俺も迂闊だった。


 そんな顔するなよ、茉莉子。

 良いんだよ。俺たち、家族じゃないか。


 もう、堂々と本棚に並べるわ。



~~~~~~~~~

 次話は18時!

 間に合いました!!

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