第17話 茉莉子さんの優雅な休日 ~から始まる、マリーさんのピンチな休日~

 喜津音女学院は私立のせいなのか、ご令嬢に配慮してなのかは分からないが、不思議な場所に休校日が存在する。

 今日は木曜日なのに休み。


「ええー!? おじさん、大学行くんですかぁ!?」

「行くよ! 子供じゃないんだから! 1人で留守番くらいできるだろ?」


「体はすっかり育っちまってますけど、あたし15歳ですよ? 子供ですぅー!!」

「ヤメろよ! 定期的に俺の思考の中でもアレなヤツ拾って口に出すの!! 黙認するって流れはどこ行ったの!?」


「やー。やだやだ! これだからおじさんは童貞なんですよー。あのですね? おじさんをからかってちょっと焦ったリアクションを見ることが、あたしにとって幸せだってどうして気付けないんですか? はー。まったく困ったものですよー」



「茉莉子は18になったら俺の嫁になるつもりなの?」

「は、はぁぁぁぁ!? 調子に乗り過ぎなんですけどぉ!? あたしの体と心は自由にできても、人生計画まで自分のものだとか思わないでもらえますぅ!? 嫁ぐのは23って決めてるんですけど!! もう完全に自分の女感覚じゃないですか! ホント困るんですけど!!」


 俺の結婚適齢期に配慮してきてんじゃん!!

 28歳とか、仕事にも慣れてきてそろそろ結婚とか考える時期じゃん!!



 それはさておき、そろそろ出なければ。


「さて置かれるんですか!? 嘘だぁー!! こんな可愛い茉莉子を放置して行くんですか!?」

「仕方ないだろ! 2限の簿記は今日テストなの!!」



「……心理学を専攻してるのに、なんでやらしいものを学ぶんですか?」

「簿記はやらしくねぇよ!! 中学生男子みたいなこと言うな!! 仮にやらしい学問だとしたら、世の中に存在する会社の大半はやらしさで運営されてるよ!! 学者になる訳じゃねぇんだから、ちゃんと資格取っとかねぇと就活で困るの!!」



 茉莉子の相手をしながら身支度を整える。

 俺も随分と女子の扱いに慣れてきたものだ。


「あたしの扱いに慣れてるだけですぅー。あたしを女子のスタンダードにするのは厚かましいと思いますぅー」


 意外と慎みがある辺り、結構可愛いじゃないか。

 なんか赤くなったし、今が好機と見た。


「じゃ、俺行くわ! 昼飯は冷蔵庫にオムライス入ってるから!」

「えっ!? 2限までって言ったじゃないですか!?」


「そのあとはバイト! ファミレスの日だから、6時過ぎにゃ帰るよ!」

「ええー!? あたし、目印になる畑がないと迷うんですよ!? お出かけできないじゃないですかぁ!!」



「絶対にお出かけしてくれるなよ。マジで。この前は電信柱と鉄塔で現在地が確認できる! とか胸張って出てって、1時間でテレパシー送って来ただろ。大人しく勉強でもしてろ! じゃあな!!」

「うぁぁぁー! ひどいー!! やる事ないじゃないですかぁー!!」



 俺は自転車に跨って、家を出た。

 茉莉子だってバカじゃないんだ。


 そう何度も同じミスを犯すはずがない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 時刻は午後2時過ぎ。

 ファミレスの厨房はやっと忙しさのピークを過ぎる時分であり、ついさっきタイムカードを押した俺は洗い場を受け持つ。


 単純作業をいかに楽しめるかがバイト戦士として問われる素養の1つ。

 俺は脳内で別の人間を作って、英会話の特訓をすることで大変有意義な時間に変換錬成している。


 新菜からは「ぼっちの錬金術師じゃん」とバカにされ、茉莉子からは「おじさん……。あたしに気を遣わないで、エッチな本とか動画とかもっと見ていいんですよ?」と心配された。

 まったく、分かっていないヤツらばかりで困る。


 世間の大学生の8割はこれやってるから。



 やってるから!!



 という事で、今日のお相手はキャサリンに決めた。

 キャサリンと天気についてセルフトークセッションをしていたところ、しっとりとした声に邪魔をされた。


(……あたし、マリーさん)


 これ完璧に迷子になったパターンだろ。

 このメリーさんスタイルで迷子じゃなかったことがねぇもん。


(……違うもん。マリーさんは庭の野菜にお水をあげたところです)


 マジかよ。

 偉いじゃん。


 全然野菜食ってくれねぇけど!!


(……あたし、マリーさん)


 なんで冒頭に戻るの!?

 じゃあ何のトラブルだよ!?


 もう怖いんだけど! 新規のトラブルはもうお腹いっぱいなんだって!!


(マリーさんはね、Tシャツと短パンでソファーに寝転がってね。おじさんの買ってくれてたメロンソーダを飲みながら、ポテトチップス食べてたの)


 いいじゃん。

 優雅な休日じゃん。うらやましい。



(……あたし、マリーさん。今ね、陽キャに絡まれてるの。ストレスで死にそう)


 なんで!? それで「おじさんは行間が読めない人ですね」とかディスられるのはさすがにおじさんも不服なんだけど!?



 すると、困った声のマリーさんは呟いた。


(新菜さんが遊びに来たんです……。おじさん、まだ帰って来られませんか……?)


 茉莉子は人見知りと言うか、内弁慶と言うか、その辺を直した方が良いと思うんだ。

 何かあったらテレパシー使っていいから、勉強と思って頑張りなさいよ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺はファミレスでパスタ茹でてるのに、まるで家の出来事をこの目で見たかのような口を利くことができる。

 それは何故か。



 マリーさんの実況中継が1.5倍速のゆっくり解説動画よりも情報量多めで、ノンストップに送信され続けているからである。



「茉莉子ちゃん! ゲームしよう!!」

「嫌です!! 新菜さんはすぐに怖いヤツするので、嫌です!!」


「怖くないよー? ほら! 今日はSwitch持って来たから!」

「怖いですぅ!! もぉ! その小さな箱の中で実写映像みたいなのが展開されてるのが怖いんですぅ!! ドンキーコングじゃないとやです!!」


 すまん。新菜。

 茉莉子は3色ケーブルで繋いだゲームじゃないとできないんだ。

 プレステの次世代機も3くらいまでコンポジット接続できるとか、そういう屁理屈は聞きたくないな。


「そう来ると思ったぜー! ドンキーコング、入ってますぜ! まりっぺ!!」

「嘘ですね! スーパーファミコンじゃないですもん、それ!! うわー!! ホントだぁ!! なんでですかぁ!? すごい! あたしの知ってるヤツだぁー!!」


 新菜はぼっち警察。

 田舎者ぼっちも管轄に入るらしく、一瞬で茉莉子のハートを鷲掴みにした。


「まりっぺの! ちょっとイイとこ見てみたい!! そーれ! ドンキー! ドンキー!!」


 大学のサークル飲み会みたいな一気コールすんなよ。

 サークル入った事ないし、ゼミの飲み会では気配消してるから知らんけど。


「し、仕方ないですねぇ! ちょっとだけですよ!!」


 茉莉子はサークルに絶対入れたくない。

 合コンにも絶対行かせたくない。

 東京で一人暮らしなんてさせて堪るか。


 それからしばらく、茉莉子のはしゃぐ声と新菜の笑い声が脳内に響いていた。

 テレパシーって周囲の音も拾えるんだ。


 本当にすごいな、それ。


 どんどん便利になっていくじゃん。

 人気アーティストのコンサートとかに茉莉子を放り込んで、俺は家で寝転がりながら楽しめるじゃん。チケット代は払うから。


 もうすっかり茉莉子のテレパシー通信に慣れている俺は、脳内がジャックされていても皿洗いくらい集中してこなせるようになっていた。

 毎日のように会話と念話を交互にしているんだから、そのくらい身に付く。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 茉莉子がビブラートを利かせて来たのは、バイト終了まであと30分ほどの時分だった。


(……あたし、マリーさん)


 どうしたマリーさん。

 お腹空いたか? もう少し待っててくれ。


(……小春ちゃんが遊びに来たの。……新菜さんもまだいるの。……おじさん? どうしたら良い? 小春ちゃんはマリーちゃんって呼ぶし、新菜さんはまりっぺって呼ぶんだけど。……おじさん。マリーは今日、ストレスで死ぬかもしれません)


 なんか地獄が始まってた。



~~~~~~~~~

 明日も2話更新! 12時と18時!

 大丈夫です! 今から明日の分の2話目書きますから!! 大丈夫です!!

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