第14話 体操服を忘れたマリーさん ~理性を家に忘れて来た秀亀くん~

 家に帰ると茉莉子がガチギレしていた。

 ように見えたのだが、プルプル震えたのちに泣き崩れた。


 別にそんな、責任を感じる事ないのに。


「なぁーにしてるんですかぁ!? あたしのお友達に制服貰って来てぇ!! 小春ちゃんから電話がありましたよ!! お兄さんのこと、大事にしてあげてくださいって!!」

「いい子だなぁ!!」


「おじさんは悪い童貞ですねっ!!」


 なんて酷いことを言うんだ、うちの茉莉子は。

 そう思っていた瞬間がわずかながら俺にもありました。


 茉莉子にお説教された。


 小春ちゃんは俺が喜津音女学院の制服を着ようとしている変態だと思っていた事。

 それを必死に弁解していたら、「マリーちゃん。私ね、文化の違いって尊重するべきだと思うの!! 地中海ではそうなんだよね!!」と、自分まで気の毒な感じに気を遣われた事。



 地中海さん、すみません。



 思い返せば、本当だ。

 俺はただの童貞拗らせた変態になっていた。


「まずいな」

「もう過去形です! まずかったですよ!! 取り返しつかないですから!!」


「いや、小春ちゃんに電話してみる!!」

「ヤメてくださいぃ!! やーめーてぇー!! もぉ、ホントにアウトですから!! ねぇ、小春ちゃんも15歳なんですよ!? 20歳のおじさんが、はぁはぁ制服貸してよぉ! って電話してきて、しかも辛抱堪らんとか興奮してチャリで来て! そこでどうして、不審電話のおかわりあげるんですか!? 今回ばかりは看過できません!! マジで童貞拗らせてるじゃないですかぁ!!」


 ぐうの音も出なかった。

 俺はいつも独りで行動していたせいか、どうも人付き合いに難があるらしい。


 特に異性に対して。



「ごめんな……。俺、茉莉子のためになれればと思ってさ。うん、ごめん。お詫びにその制服、一応さ、俺。……着るわ。嘘つきにまでなりたくないし」

「あばばばば! あたしがおじさんを追い詰め過ぎたせいで、なんかもうどうしようもない感じに!! 原因はあたしが洗濯を失敗したせいなので! げ、元気出してください!! ねっ! 童貞なんだから、仕方ないですよ!! ほら、お風呂入ってください! お仕事大変でしたもんね!」


 茉莉子にもガチで慰められた。



 俺は誓った。


 今日のミスを明日に活かそう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 茉莉子は小春ちゃんの制服を無理やり着て家を出た。


 胸とか尻とか、結構とんでもないことになっていた。

 けれど俺は指摘しない。


 まあ、どうにかなるかなって!!


 これが失敗を糧とした証拠なのだ。

 俺は今日から、女心を完璧に理解して見せる。


 心理学を専攻しているんだ、そのくらいできて当然!!


「ん? あっ! 茉莉子め!! 体操服忘れて行ったな!? 明日体育なんですよー。とか言うから、用意してたのに!! ったく、仕方ねぇな!! 講義が昼からで助かった!!」


 俺は自転車に跨った。

 時刻は10時前。

 学院は授業中だろう。


 だが、俺には通行手形がある。

 男子禁制の花園にビップ待遇で入れるのだ。


 汚名返上の時は来た!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



「で? お兄さん、その大学の学生証は本物ね?」

「あ。はい。小松秀亀です」


「あのね。確かにお持ちの入校証の確認も取れましたよ? だけどね。本学院の体操服を握りしめて城門突破しようとしている、しかも平日の昼間から私服ではぁはぁ言いながら自転車爆走させてるお兄さんを見てね? 私たちも、はい、どうぞ。って通す訳にはいかないんですよ」

「すみませんでした……。けど、あの」


「ああ、はい。体育の時間ね。じゃあ、行って良いですけど。もうヤメてくださいよ? 私たちも仕事があるので。10人で囲んだから、非番の職員まで出て来ちゃいましたよ」

「本当に申し訳ございません」


 俺は今日も明日への糧を手に入れてしまった。

 世の中の童貞フレンズに俺は伝えたい。



 お嬢様学校に体操服を剝き出しで握りしめて入ろうとしたら捕まるって!!



 反省はした。

 ならば前へ進む時。


「さて。茉莉子のクラスは1年4組。どっちだ?」

「ぴっ!? ひ、秀亀さん!?」


 渡りに船とはまさにこの事。

 昨日に引き続き、小春ちゃんと出会えた。


「助かった!! あの、マリー呼んでくれないかな?」

「は、はひ! どうして秀亀さんは体操服を!?」


「……あ゛っ! 違うんだ! これは違う!! マリーのだから!! 決して盗んだとか、そういうのじゃなくて! 一点ものなの!」

「……そう、ですか」


 何か食い違いがあるように思われた。

 俺の心理学をさく裂させる時は今なのかもしれない。


 会話をすることで相手の緊張を緩和する方法は、10や20じゃ足りないほど知っている。

 ここでのベターは共通の話題から斬り込む。

 ふっ。サービス問題じゃないか。


 2度の失敗で俺は完全体になったのだ!!

 弾けろ、心理学!!


「あのね、小春ちゃん」

「は、はい」


「制服、ありがとね」

「あっ! マリーちゃんから聞きました! もー! ちゃんと理由を教えてくだされば、あんな風に誤解しなかったんですよ? ビックリしちゃいました!!」


「申し訳ない! マリーはまだ編入して日が浅いからさ。恥ずかしい思いをさせたくなくて。ほら、ご学友と溝ができたら嫌だなって!」

「ふふっ! やっぱり秀亀さんは優しい人でした! 私、一人っ子なので。秀亀さんみたいなお兄さんが欲しかったなーって、よくマリーちゃんと話をしているんですよ! って、ちょっと恥ずかしいですね! あははっ!」


 ほら、ご覧なさいよ。

 これが心理学。

 対話の力。


「制服ね、一応着てみたんだよ! 俺も!」

「もー! すぐにそうやって冗談を! 私、そんなにからかいやすいですか?」


「スカートのホックって言うの? あれって割に遊びがあるんだね! 女子高生くらいの年頃は体型が変わりやすいからその配慮かな? マックスまで広げたら、どうにか穿けたんだよ!」

「え゛っ。な、なんだかリアルな冗談ですねー。あは、あははは……」


 そうだ。

 記念にスマホで自撮りしたんだった。


 見せてあげよう。


 そう思い、ポケットに手を突っ込んだ瞬間だった。



(なにをやってるんですかぁぁぁ!! バカおじさん!! 両手を上げて! 動かないで!! ちょっとでも動いたら……マリーチョップで刺します!!)


 なんだかとっても物騒なテレパシーが脳内に響き渡った。



 直後、ダッシュして来るマリーさんを発見。

 とりあえず元気よく手を振って存在をアピールしてみたところ、その掲げた腕を掴まれたのち強引に曲がっちゃいけない方向に引っ張られた。


「あだだだだだ!! なにすんだ!!」

「こっちのセリフです!! はっ! ですわよ。おじ様? いらっしゃるのなら、ご連絡頂けないと困りますわよ」


「いや、お前さ。体操服忘れて行ったろ?」

(おじさんは知性を家に忘れて来たんですか!? もぉ! 色々言いたい事が多すぎますから、全部脳内に送ります! 黙って読んで!!)


 マリーさんの言うことにゃ。


 体操服を持った不審者が侵入したと校内放送で先ほど注意喚起があった。

 体育館に全校生徒が避難を始めたところである。


 その元凶が俺、小松秀亀だと言う事実。


 ついでに小春ちゃんがドン引き超えて、怯えてる。


 テレパシーって箇条書きみたいにして脳内に情報が送れるんだ、すごいね!


(小春ちゃんに謝ってください!! あたしの親友ですよ!?)


 かしこまりました。

 マリーさんの仰せのままに。


「小春ちゃん!」

「ひゃい!」


「ごめん! さっきのは全部、冗談なんだ! 小春ちゃんの反応が可愛くて、つい調子に乗っちゃったよ! 申し訳ない!!」

「な、なんだぁー。やっぱりそうなんですね? 私、世間知らずなので男の人って分からなくて! 秀亀さんが家族以外でお話しする唯一の男性なんですから。危うく男性恐怖症になるところでしたよ」



「マリーは朝、ゔっ! ブレザーのボタンが……!! 弾け飛びそうです!! とか言ってたけど、小春ちゃんはこれからだから! 元気出して行こう!!」

「え……。あ、はい……。秀亀さん、優しいな……。ははっ……」



 夕方、茉莉子が無言で帰ってきた。

 既に新菜に相談して、「そりゃ秀亀が悪いでしょ。わたしなら腹パンしてる!」と回答を得ていたので甘んじて腹を差し出したところ、茉莉子は涙目だった。


「おじさん……! 今度から、あたし! もっとたくさん一緒に過ごしますからね!!」


 そう言って俺に寄り添う茉莉子の手は震えていた。


 理由は5割しか理解できなかった。


 俺の事、好きなんだなって!!


 ほら、ご覧なさいよ。

 心理学って深い学問でしょう?



~~~~~~~~~

 次話はいつも通りの18時!!

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