第13話 おじさんを不味い飯で労う茉莉子さん ~からの、乾燥機地獄編~

 4月も下旬に差し掛かり、暖かい日が増えて来た。

 今日は交通量調査のアルバイトが入っていたので、前夜からぶっ通しで仕事をこなし、ようやく帰宅せしめたのはもう夕暮れの時分。


「ただいま」

「おかえりなさい!! あたしにしますか?」


「ご飯か風呂がいい」

「これですよー。まあね、このマリーさんもですよ。おじさんと暮らし始めてもう1か月。そろそろ断食系男子の扱いにも慣れて来ました! ところで、制服エプロンですが!! ご感想をどうぞ!!」


「うん。最高」

「ここでキレると思ったら大間違い! むしろ、おじさんの枯れ方にあたしは安心感を覚えるのです! これ絶対にどこの誰にも取られないなって!! という事で、ご飯できてますよー!! 手洗いうがいへ、どうぞどうぞー!!」


 茉莉子も学院に慣れてきて、しかも未だにボロが出ていないという奇跡を引っ提げて、生活に余裕が出始めたらしい。

 最近は俺がバイトで家を空けていると、家事をするようになった。


 俺への労いが5割、半分は来る東京での一人暮らしデビューに備えてと言ったところか。


(残念でしたー! おじさんへの労いは7割ですぅー!! 結構感謝してましたぁー!!)


 結構感謝されていたらしい。

 まあ、可愛い茉莉子に労われるのは嬉しいことだ。


 これまで高校生から数えて5年ほど1人で過ごしていた訳で、疲れて帰ってきたら飯の匂いが出迎えてくれるというのは結構、いやさ、かなりホッとする。

 たとえ、その飯が不味くても!


「んっふっふー!! 言っておきますけど、今日は特別です! なんて言いませんよ! これまで家事を一切してこなかったあたしが、たった1ヶ月でメシウマ女子になれるはずないじゃないですか!!」

「料理上手って言えよ。もう食う前から、不味い飯食ってるお前見てメシウマ! みたいに聞こえるんだけど。あ、こいつ! マジでそう思ってるな!?」


「いえいえー! 不味いと分かっていながらも我慢して食べてくれるおじさん、結構ステキですよ? もうね! 心の中で苦悶の声が響き渡ってますから!!」

「はあ……。出前取れるくらいの金が欲しいなぁ……」


 ご存じ、うちの茉莉子さんにはテレパシーがある。

 俺の脳内だけをまるっとお見通せる、極めてニッチな特殊能力。

 つまり、口でどんなにお世辞を言っても本心は駄々洩れであり、それをお互い理解しているので1ヶ月も一緒に住めばもう隠し事をする方が面倒になる。


 今では隠し事をしようかなと考える段階でもうダルい。


 それだけでは茉莉子が俺を覗いている一方通行に思えるかもしれないが、俺も茉莉子が何を考えているのかは全部分かっている。


「おじさんはあたしの事が好きですもんねー!!」

「それは脇に置いておくとして。茉莉子は顔に出過ぎるんだよな。考えてることが」


 馬鹿正直も極まるといっそ高潔に思えるもので、口から出て来る言葉と表情がこれほどリンクしている女子を俺は知らない。


(おじさん……。なんで急に見栄張って来たんですか……? 女子を語れるほど、女子の知り合いとかいないじゃないですか……。あまり強い言葉を使うと弱く見えますよ?)


 口に出すどころか、口に出さずにお気持ち表明してくる茉莉子。

 表情を見ると完全一致。

 大変気の毒なものを見つけてしまった表情で俺のことを心配している。


 常時答え合わせがすぐできる計算ドリルを毎日何十ページもこなしている訳で、そうなると表情のパターンと言葉の組み合わせでこいつが何を考えているのかくらい分からなければ、心理学なんか専攻している意味はない。

 才能がなさ過ぎるので、とっとと学部変更をするべきだろう。


「さっ! 食べましょ!! 今日はですねー! 胃袋を掴むにはこれ!! ブリ大根です!!」

「ああ……。なんでこんな高難易度のものにばっか挑戦するんだろうか、うちの子は……。もう、既にグダグダになった大根が見えるもん……」


「んふふー。味見しましたけど、普通にまずかったです!!」

「だろうな! そして、俺も人に料理教える技術を持ってないから、全然指導してやれねぇ!! 結果、お前の飯は不味いまま!! どうしかしないとまずい!!」


「おおー! 美味しくないの不味いと、良くないのまずいをかけてきましたか!! さすが大学生!!」

「大学生をバカにするな! うん! やっぱ不味いわ!! そこの漬物取って!!」


「はーい」

「あたしのご飯が食べられないって言うんですかぁ!! みたいな展開もたまには味わいたいよ。うわー。この漬物も絶品! ブリ大根モドキに浸食されてすぐに余韻がなくなる!!」


「やっても良いですけど、心にもないセリフになりますよ?」

「言ってみただけだから、やらなくていいよ。調理実習とかないの? 学院でさ」


「はむっ。んー。ドロっとしてます!! ありますよー? けど、お嬢様学校だからって、ビーフストロガノフ作れとか無茶なお題が出るわけじゃないですから。カレーとかですよ。楽勝です」

「……おい!! じゃあカレー作ってよ!! 俺、別にカレーで満足できるんだけど!?」


 茉莉子は「それじゃ上達しないじゃないですかー」と頬を膨らませた。

 つっつきたくなる頬っぺたを眺めながら、今日も不味い飯を味わうのである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ご飯を食べれば風呂に入って、体の疲れを取るのが大学生とバイト戦士を兼務する俺のやり方。


「おじさん! 見てください!!」

「あ゛っ! 俺のオシャレ服がすっげぇビンテージ加工されてる!!」


「洗濯をマスターしたので、乾燥モードとやらに挑戦した結果!! ご覧の有様です!!」

「聞いてよ!! 使い方ぁ!! これ、俺の持ってるシャツの中で1番高かったのに!! 何のためのテレパシーだよ!?」


(だって、おじさんバイト中じゃないですか。邪魔しちゃ悪いかなって思ったんですよぉ)

「言いづらいことは直接脳内に……!! 実用的だな!! ……まあ、悪気があったわけじゃないし、別に良いよ。……おいぃぃ!! 良くねぇな!? お前ぇ! それぇ!!」


 茉莉子が持っていたのは、喜津音女学院の制服である。

 ブレザーとスカートがどっちも完璧にダメージ加工されていた。

 ちょっと見ない間にピチッとしたデザインになったなぁ、ってバカ野郎!!


「んふふー。おじさんとお揃いです!!」

「もしもし!? ばあちゃん!? 俺だよ、俺! そう! ヒジキ!! ヒジキじゃねぇよ、秀亀だよ!!」


 ジト目でこっちを見つめるうちの子。

 何か言いたい事がありそうである。



(おじさん。ショックだったのは分かりますけど、おばあちゃんに言いつけなくても。性欲は大人になっても中身が子供なんですからー)

「違うわ!! あともう少しまともな喩えディスしろ!! お前の制服をどうにかしなくちゃいけないの!! 頼れるのはうちのばあちゃんしかいねぇだろ!! 電話の向こうのばあちゃんはうるせぇ! 俺ぁ秀亀だって言ってんだろ!! おい! 宴会してんな!? で、親戚一同でヒジキコールしてるだろ!? くっそ! 感じ悪ぃなぁ、こいつら!!」


 電話の向こうで散々ヒジキっていじられて、「それを今、ばあちゃんに伝えてさ。明日までにどうにかできると思うのかい?」とか、冷静に諭された。



 ならば二の矢よ。

 俺の広がったコミュニケーションの輪を舐めるなよ。


「あ! もしもし!? 小春ちゃん!? ごめんね! 夜遅くに! あのさ! 制服の予備持ってない!? ……あるんだ! 良かったー!! それ、俺に貸してくれない!? うん、そう! 使うの!! 今からお宅の近くまで行くからすぐ貸してくれる? ごめん! サイズとか確認があるから!! ああ、ホント!? 助かる!!」


 それから俺は早馬のように自転車を乗りこなし、村越の豪邸へと向かった。

 デカい門の前で小春ちゃんが待っていてくれた。


「こんばんは! 月の綺麗な夜だね!! すげぇ助かるよ!!」

「え゛っ。あ、はい。その、秀亀さん?」


「おう。今度お礼するね!」

「あ、いえ……。その、私は制服のスペアまだたくさんありますので。それ! 差し上げます!! 失礼します!! 私、別に秀亀さんのご趣味に関して、何も思ってませんからぁ!! 価値観って自由ですしぃ!!」


 顔を赤くして駆けて行った小春ちゃん。

 何か問題があったのだろうか。


 とりあえず俺は急いで家へと舞い戻った。

 玄関を開けるとそこには、ガチギレの茉莉子さんが立ちはだかっている。


 ほのぼのした空気はどこに行ってしまったん?



~~~~~~~~~

 ストック残りわずか!!

 明日も2話更新!

 12時と18時!! ご覧いただけると幸いです!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る