第9話 休日は家でもっぱら茉莉子してます ~今明かされる、マリーさんの未来予想図~

 茉莉子が学校に通い始めて2度目の週末がやって来た。

 月曜スタートの新学期だったので、既に2週間ほど喜津音女学院で過ごした事になる。


「もぉー。今日は絶対に家から出ませんからねー」


 そんな茉莉子はもう昼になろうかというのに、居間のソファーで伸びている。

 辛うじて短パンに穿き替えたものの、そこで力尽きて上半身はパジャマのまま。

 とんでもない干物女子高生だ。


「なんですかぁー。言っときますけど、疲れるんですからね? お嬢様するの」

「じゃあヤメたら良いじゃない? 別に、誰かに強制されてる訳じゃないし? どこか、適当な普通の学校に編入したら? ばあちゃんに言いにくいなら、俺が頼んでぶべっ」


 クッションが顔面に飛んで来た。

 ナイスコントロール。


「嫌ですよぉ! せっかく入れたのにぃ!! あたしはお嬢様になるんですぅー!! そして! 御亀村から出るんです!!」

「普通の学校じゃダメな理由が分からん」


「おばあちゃんが言ってたんですよ! 都会で自立しないと、東京で一人暮らしは認められないって!!」

「東京に行きたかったのか……。なるほど。何となく見えて来た。それでばあちゃんも、茉莉子にお嬢様学校編入とか言う無茶なミッション課してた訳ね」


 別に御亀村は「村から出ることを一切禁ずる!!」みたいな掟がある訳でもないし、「村から一定期間出ていたら奇病に侵されて疑心暗鬼になる」とか言う設定もない。

 普通に村から出て行く人もいれば、村の方が楽だからと戻って来る人もいる。


 精々、盆か正月のどっちかで帰省くらいちゃんとしろって言うルールがあるくらいだし、それも「バイトのシフトが上手く調整できなかった」とか電話すると「ああ、そうなんだ? なら帰って来なくていいよ! くそヒジキ!!」と返事が来るくらいの緩いヤツ。


「おじさん、おじさん、おじさーん。お腹がすきましたけどー」


 ただ、自活能力のない娘っ子を東京にぶち込むのはさすがに止められる。

 誰のためでもなく、本人のために。


「そう言えばですねー。あたし、水曜日にお友達グループで帰っていたら! なんと!! スカウトされましてー!! えへへへー!! みんなで水着のビデオ撮らないかって!! これは芸能界デビューですかぁー!! と思ったんですが、あたし以外の3人がすぐ断って、なんか黒いスーツの人にスカウトマンさんが連行されてたんですよねー。惜しかったなぁー」



 人口20万人の喜津音市でこれなら、東京駅出た瞬間に色々と終わる。

 そして良くない物語が始まる。俺にだって分かる。



「なるほどなー。ばあちゃんも3年間、喜津音女学院でボロ出さないくらいのハードルは置くわ。よーく分かった。一応聞くけど。東京で何かしたいことでもあんの?」

「えー? ……キラキラした生活ですかね?」


 絶対に行っちゃダメな子だ!

 典型的な都会生活に憧れているだけの田舎娘がそこにはいた。


 目的も持たずに、大した備えもなく地価も物価も何をするにも金のかかる大都会東京で一人暮らし。

 オマケに簡単に騙される、簡単に騙せる女子の筆頭格みたいな茉莉子。


 俺だって止める。


「むぅー。おじさんも理解のない大人になりましたねー。あー。やだやだ! さてさて、冷たいものでも欲しいですねー。おおー! これはプリン! じゃない! 白い! じゃあ杏仁豆腐ですね! いただきまーす!! あーむっ! ……お豆腐だった。なんでお豆腐をプリンの容器に入れるんですか!?」


 そら見たことか。

 何も言ってないのに、勝手に騙されて自家製豆腐食べてるもん。


 それはご近所で貰ったヤツ。

 自家製豆腐はプリン容器、自家製ヨーグルトは牛乳パック。

 常識じゃないか。


「もぉぉー!! 甘いものが食べたかったんですよー! もったいないから、お豆腐も食べますけど。んぎゃっ!? お醤油が大量に入った……!!」


 醤油に負ける茉莉子がこのままボロを出さずに生活できるとは思えないけども。

 一応、ばあちゃんに確認だけしておこう。


「ほれ。これが昼飯な」

「えー。カップ麺ですかぁー。むむっ!! これ高いヤツだ!! 200円するヤツぅー!! じゃあこれで良いです! 残り汁にご飯入れても良いですか!?」


「お嬢様のご随意に」

「結構豪華なお昼になりましたねー!! んふふー!!」


 俺はスマホを取り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ばあちゃんは80歳なのにスマホを3台所持しており、通話用、ゲーム用、FX用と使い分けている。

 コール音が2回ほど鳴ると、豪快な声が轟く。


「おー。もしもし、ばあちゃん? 今って暇だった?」

『おっす! おら、マライア・キャリー!!』


 暇だったらしい。


「茉莉子から色々聞いたよ」

『若さの秘訣かい? そりゃあね、好き嫌いせずに色々食べることさ!!』


「そうなんだ」

『昨日もね! 活きの良い行きずりの男を食べたよ!!』



「ヤメろよ! 死んだじいちゃん、ショックのあまり生き返るんじゃない!? ばあちゃん、80なのに何してんの!?」

『うっせー、このヒジキ!! 童貞のくせに、ばあちゃんの男遊びに意見してんじゃないよ!! 仕送り止めて、童貞食うぞ! この海藻野郎!!』


 今日もうちのばあちゃんは元気そのもの。

 勝てる気がしない。



 それからばあちゃんの荒んだ健康の秘訣について15分ほど講釈を賜ったのち、やっと本題に入る事が出来た。


「良いのかよ。茉莉子にあんな約束して」

『どれだい?』


「いや、東京に行って」

『ああ! ばあちゃんのパリコレモデルデビューのショーを見せてやるってヤツ?』


「ばあちゃんはさ、金に物言わせて何をしてんの? 外国人モデルの次にばあちゃんがモンローウォークしながら出てきたら、カメラマンが腰抜かすよ!!」

『だろうね!! それが見たくて大金払ってんだからね!! ばあちゃんの前後に出て来るプリプリの尻と、ピチピチの太ももはばあちゃんによって上書きされるってスンポーさ!! で、何だっけ?』


 こんなクソみたいな事して楽しむばあちゃんだが、家を貸してくれて仕送りもしてくれるので何も言えない。

 20歳になったのに、俺はなんて無力なんだろう。


「東京の一人暮らしのヤツだよ」

『ああ、はいはい! ああ、はいはい!! ……ねっ!!』


「覚えてねぇのかよ!!」

『覚えてますぅー! なんか東京行って、セクシー女優にスカウトされてホイホイついて行くかもしれないけど、ワンチャンついて行かない可能性に賭けるってヤツだろ!!』


「だいたい合ってる! 止めろよ! その想定ができてるなら!! 可愛い孫だろ!!」

『大丈夫だよ! 万が一にも茉莉子がお嬢様の試練乗り越えたら、そん時ゃ秀亀も一緒に東京行かせるから! ねっ? 平気だろ?』



「マジかよ!! 聞いてねぇんだけど!? たまに俺の名前呼んだかと思えば、そんな話になってんの!? 仕事とかどうすりゃいいんだよ!! 俺、今年大学3年だぞ!? 茉莉子が卒業するより俺の卒業の方が早いじゃんか!!」

『えっ? 就職先、辞めたら良いじゃないか? 大丈夫! セクシー男優のツテはあんだよ!! 紹介するから!! 意外と需要あるらしいよ? 童貞の男優ってさ!!』


 俺は静かに電話を切った。



 スマホを置いて深呼吸2度ほどこなす。

 テーブルでは、茉莉子がカップ麺を美味そうにすすっていた。


「おじさん! 電話終わりました? じゃじゃん! こちらにおじさんの分のラーメンも作っておきましたよ!! んふふー! 気が利くでしょー? もう既に理想のお嫁さんの風格!! あー! ダメです、ダメ! 食べるのはラーメンだけにしてくださーい!!」


 満面の笑みの茉莉子。

 とても「東京行きは諦めろ」とは言い出せない、結構なキューティースマイルだった。


「ありがとよ。……ねぇ? これ、いつからお湯入れてあんの?」

「んー。おじさんが電話始めた直後ですかね?」


 25分ほど蓋をしてあったラーメンはアバンギャルドな味わいだった。

 茉莉子と暮らし始めてもうすぐ1ヶ月。


 新しい発見の多い毎日だ。




~~~~~~~~~

 明日もやっぱり12時と18時の2話更新!

 そう言えば、作品フォローや☆を置いてくださってもよろしいのですわよ!!

 いえ、読んで頂けるだけで充分です!!

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