第6話 マリー・フォン・フランソワさんの初登校 ~withおじ様~

 喜津音きつね女学院は私立の中高一貫校なので、高等部の入学式がない。

 よって、始業式が行われる本日が茉莉子にとっての高校デビュー。


「んふふふー! 見てください! 見てください!! おじさん! これ、これぇ!! このフリル!! もぉー! 完璧に町娘!! ハイカラですよ!! こーゆうの! こーゆうのですよ!! はぁぁぁー。思えば、御亀村では制服すらなかったですからねぇ……。ついにあたし! 制服デビュー!! けど、お嬢様学校なのにスカート丈が短くないですか?」


 この確認作業は朝から数えて7回目。

 昨日から数えると18回目。

 制服が届いた一昨日から数えると、もう記憶がない。


「まあ、時代じゃない? 長いスカートの裾持って、ごきげんようって挨拶する訳でもないだろうし」

「……え?」



 するつもりだったんだ。



「ヤメろよ!? お前な、その丈のスカートの裾摘まんでごきげんようってしたら! 中身がごきげんようする事になるからな!? 編入初日でヤベーヤツ確定だぞ!?」

「……スケベ」


 世の中の娘を持つ父親や、年の離れた妹を持つ兄たちの気持ちが今なら分かる。

 どうして本人のためを思って言っているのに本質にたどり着く前に「お前、スカート好きだな!!」と断定するのか。


「……好きなくせに」

「人聞きが悪い!!」


「あのですね、おじさん。女子って視線で分かるんですよ?」

「知ってるよ。だから、マジで見てないじゃん」


「あのですね、おじさん。無理して見てないって事は、もうそれ見てるのと同じですからね」

「冤罪事件なんだけど。ガチで見てないのに」



「なんで見ないんですかぁ!? ねぇ! 普通は、茉莉子も大人になって! げへへ!! とか言って!! なんか舐め回すようにするものでしょ!? マナーじゃん!! おじさん、20歳にして僧侶にでもなったんですか!?」

「どうすりゃいいんだよ!! じゃあ見るよ!? 良いんだな!? ……あれ? ニーソックスにさ、ちょっと太ももの肉が乗ってない? サイズ、これミスってるだろ?」


 1時間ほど茉莉子が口を利いてくれなくなった。



 こんなやり取りをしていて遅刻するのがお約束だが、まだ午前6時半過ぎ。

 学校には8時半までに行けばいいので、余裕が過ぎる。


 朝の3時に叩き起こされて、ずっと制服見せられ続けているのだから。

 朝じゃなくて深夜じゃん。


「……はしゃぎ過ぎて、眠くなったとかヤメてくれよ?」

「ふーんだ。童貞ドスケベおじさんの不埒な妄想なんて、このマリー・フォン・フランソワには効きませんからっ!!」


 2時間後。

 ちゃんとお約束は回収された。


 歩いて行く予定だったのに、タクシーを呼んだのは何故か。


「おい! お前、マジか!? ちゃんと起きろ!! すごいな、そのメンタル!! 御亀おかめ村の学校って、小中合わせて4人しか生徒いなかったんだろ!? 今日から通うの、その100倍以上の人間がいるんだぞ!? よく寝られるね!? ……嘘だろ、こいつ。皮肉にも嫌味にも反応しないくらい、ガチ寝してんだけど」


 学校に着いてから、俺はマリーさんをおぶって職員室まで走る事になった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 マリーを日村先生に任せてから、何故か俺は職員室にステイしている。

 フカフカしたソファーは座り心地が大変良いが、いい加減に帰りたい。


「あなたも苦労されますなぁ。小松さん。遠縁の親戚が外国の侯爵令嬢とは」

「は、はは……。ええ、まあ」


「本学院にもご令嬢はかなり在籍しておりますからなぁ。もう、視線を合わせないようにするのが大変でしてね。私、こちらに赴任して3か月で聴覚のみの人物識別術を学びましたからね。おや、紅茶がなくなりましたか。おかわりをお注ぎしましょう」


 こちらは教頭先生。

 教員の9割、事務職員を含めても9割、守衛を含めるとやっと8割が女性の喜津音女学院で肩身の狭い思いをしながら働いているおじさんである。


 50ちょうどで教頭として赴任してきて、51になる頃にはストレスでハゲたとのこと。

 そもそも男性の立ち入りが許可されていない学内なので、男の俺を見つけた時の瞳の輝きは光を反射する頭頂部のそれを凌駕していた。


 学院長から俺と茉莉子の話を聞いていたらしく、心待ちにされていたらしい。


 そんな風に言われると「じゃ、帰ります!!」とも言い出せない。

 紅茶は既に何杯飲んだだろうか。

 とりあえず来賓用のクッキーはもう欲しくない。


 全種類、2周した。コンプリートし過ぎてお腹いっぱい。


「小松さん」

「はい」


「喜津音大学でしたね?」

「はい」


「あそこは教育学部もありましたなぁ」

「はい。ですが、心理学を専攻してまして。社会学部ですから縁はなさそうです」


「小松さん。今年から三年生でしたな?」

「はい」


「私が学生課に掛け合いましょう! まだ間に合うんですよ、三年生なら!! ギチギチに講義を詰めれば、教員免許取れますから!!」

「はい。ちょ、待てよ! あ、すみません! ですが教頭先生、あと10年もしないうちに定年退職されるんじゃ!?」


 教頭先生は遠くを見つめて、呟いた。



「私ね。次の学院長の内定が出てるんです……。今の学院長の年齢、ご存じですか? 77歳のババアですよ? 向こう25年、ジジイになってもなお、まだ孤独に戦えとおっしゃる!?」


 何も言えなかったが、俺が教員免許を取っても採用されるはずないのに。



「何とかします!! 私立の学院長ですよ!? 職権乱用すれば大概どうにかなります!!」


 この人もテレパシーが使えるのだろうか。

 やたらと気に入られた俺はそのあと教頭先生と将棋を3局ほどこなし、全勝した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 気付くとお昼。

 今日は午前中で行事が終わるとの事なので、うちのマリーさんを待つことにした。


(……おじさん? なんでいるんですか? ……さては! あたしが心配でしたね!? やだー! 過保護に見せかけた愛情表現じゃないですか! キモーい!!)


 どこから見ているのか、どこから念を送っているのか分からないが、「キョロキョロすると命を落としますよ」と教頭先生が教えてくれたので俺は慌てない。

 しばらく視線を2時の方向に固定していると、そこにマリーが入って来た。


「ごきげんよう。おじ様」

「はい。ごきげんよう。マジでごきげんようって言ってるよ! この子!!」


(ちょっとぉ! 気軽にツッコミして来ないでください!! 合わせて!! フランソワ家の遠縁ですよ、今のおじさんは!!)


 フランソワ家の設定がふんわりし過ぎていて、未だに理解できていないからそれは無理だ。

 ドイツにあるのかフランスにあるのかも分からないのに。


(フランソワ家は地中海に浮かぶ孤島でひっそりと暮らす、由緒正しき伯爵家です。先の大戦時に母国から追放されました。なのでフランスだかドイツだかは有耶無耶です)


 侯爵と伯爵が混ざり始めて、ついでに追放されてるじゃん。

 ヤメなさいよ、設定に設定乗せていくの。

 あとで困るから。


 正直に「御亀村で冬になると干し柿吊るすのが得意でした!!」って言えばいいのに。


(もし口を滑らせたら、おじさんを絶対に許しませんからね。責任取って、フランソワ家に婿入りしてもらいますから)


 嫌だよ。

 なんで地中海の孤島でひっそり暮らさなきゃならないんだ。


 それなら御亀村に戻って沢庵漬けるよ、俺。


「おじ様? お昼は何を頂けるのかしら?」

「昼飯か。本当なら、茉莉子をいだっ!! ……マリーを送ってから家に帰るつもりだったけど、結局ずっとここにいたからな。牛丼でも買って帰るか」


「あら、お牛丼ですのね。わたくし、トッピングはお温泉卵とおネギとおおろしおポン酢でお願いいたしますわ。お豚汁も付けてくださいまし」

「めっちゃ食べるじゃん、ご令嬢。あと謎の丁寧が過ぎて何言ってんのかちょいちょい分からねぇ!! ……まあ良いか。とりあえず、編入初日は無事でなにより。お疲れ!」


「ええ。よしなに」

「……帰りは歩きだからな? タクシー代、生活費から出したんだから」


「えっ!? よしなにしてくださいよ!?」

「当たり前だろうが!!」


 マリーさんのお牛丼がお特盛になったのは余談である。



~~~~~~~~~

 次話は18時でございます!

 お新キャラがお登場いたしますので、およろしければ!!

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