第5話 まいごのマリーさん

 愛用のスニーカーを玄関で履いていると、頭の中に声が響いた。

 当然だが、茉莉子の声。


 本当に助かる。


(……あたし、マリーさん。今ね、お地蔵さんの前にいるの)


 ずいぶんとビブラートが効いた声だった。


 怪談スタイルでテレパシー使って来るな。

 何も知らない人からしたら本当のホラーじゃないか。


 あと、お地蔵さんってどこの!?

 俺の知らないところまで迷って行くの、ヤメてもらって良いですか!!


(……あたし、マリーさん。あのね、お腹が空いたの)


 マリーさん、どうやらピンチの様子。

 というか、テレパシーの効果範囲広いなぁ。


 だったら、テレパシーでその辺の人の心を読めば良いじゃないか。


(……あたし、マリーさん。おじさんが楽天家過ぎて辛いの。そんな便利な力じゃないもん。あたしが心を読めるのも、脳内にメッセージ直送できるのも、おじさんだけだし)


 なるほど。

 俺の仮説が確信に変わる。



 これ、絶対に好きな人としか繋がらないとか言うヤツだね!!


(あたし、マリーさん。おじさんが童貞拗らせてて、もうホントやだ! ちょっと一緒に住んだだけで、すぐ相手は自分のこと好きとか思う人ってホントに困ります!! もう、マジでやだ! 告白される時のインパクトとか考えてものを言えないから童貞なんですよ!! もう告白する時は好きですって書いたメモ、冷蔵庫に貼り付けるスタイルでいきますから!! ふーんだ!!)



 結構余裕がありそうだし、自力で帰って来られないのかしら。

 正直あてもなくその辺をウロウロしたくない。


(おじさんは鬼畜なんですね。責任を感じてお買い物に出かけたあたしの心配より、お腹の心配するんだ。今すぐ括約筋が壊れたらいいのに)


 食中毒の相手に1番言っちゃダメなヤツ!

 その願い叶ったら俺が逝っちゃう!!


(せっかくさ、スポーツドリンク買ってあげたのに。ポカリとアクエリアス、どっちも買ってあげたんですよ。それなのにあんまりじゃないですか。ねぇ、あたし泣きますよ?)


 マジか。

 ちゃんとスーパーにはたどり着けたのか。


 しかも俺のために買い物まで。これは申し訳なかった。

 じゃあ、そこから何が見えるか教えてくださいな。


 コンビニとか、郵便局とか、あとは公園もあるはず。


(こちら茉莉子。お地蔵さんがあります)


 マリーさん頑張れよ。

 茉莉子隊員になってるじゃん。


 ところでそれ、本当にうちの近所かな。

 どこかの異世界に迷い込んでないか。

 お地蔵さんって連呼するから、となりのトトロでメイちゃんが迷子になったシーンしか浮かんでこない。


(怖いこと言わないでください。もぉ。ホントに心細いんですけど。持ち物だってポカリとバッグしかないし)


 アクエリアスは?


(ポカリがあれば良いじゃないですか。欲張りですね)


 お前、飲んだな?


 別にアクエリアス惜しさに抗議をしている訳ではなくてだね。

 現状、君は迷子になっているでしょう。


 脱水症状みたいに差し迫った状況じゃないならね、全部飲まない方が良いと思う。

 茉莉子よりも5年長く生きている俺は、もう20歳になっていて、君よりも5年分多くピンチも経験しているのだから、ちゃんと忠告を聞いて欲しい。


 茉莉子でも女子だからさ、俺の口からハッキリとは言えないけれども。

 お前はさっき家でむちゃくちゃジュース飲んでたから、本当に軽率な行動は控えるべきだと思う訳で。



(……あたし、マリーさん。おじさん。トイレってこの辺にあるかな?)


 そうなるだろうなって思ってたの!!

 知らねぇよ!! そこがどこなのか分かんねぇんだから!!



 うちのマリーさんがヤバい。

 もうこれ、お腹痛いとか言ってらんない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 家を出た俺は、とりあえずお地蔵さんを探す。


「……ねぇよ!! ここ、結構都会なんだぞ!! おい、茉莉子!! 応答しろ!!」

(おじさん。マジヤバい、マジ。ねぇ、ヤバい。マジで。ねぇねぇ、もう無理かも。おじさん、ちょっとこれマジで)


 すごいな、テレパシーって。



 なにこの臨場感!!



 そこで妙案を思い付いた。

 俺のスマホがあるんだから、こっちに電話をかけさせれば良いのだ。


(えっ。知らない民家に突撃して、電話借りろって言うんですか!?)

「そう言ってる」


(バカなんですか、おじさん。せめて公衆電話を探す方向で考えるべきでしょ)

「茉莉子は田舎者だなぁ。今ってな、その辺に公衆電話なんかないんだよ。御亀おかめ村から喜津音きつね市に来るまで、駅以外で公衆電話なんて見かけたか?」


(…………)


 テレパシーで言葉を失くすという高度なことをやってのけるうちの子。

 という訳だから、近くの家のインターフォンを押しなさい。


(無理です! バカなんですか!! 今日のあたしの恰好、覚えてるでしょ!?)

「服は着てたと思うけど」


(当たり前ですぅー!! あのですね、あたし! マリー・フォン・フランソワなんですけど!! フランソワ家の令嬢は短パンにTシャツで出かけないんですぅ!!)

「別に良いじゃん。今はイモ娘の茉莉子で」


(誰がイモですかぁ!! 万が一、学院の同級生とか後輩とか先輩とか! 関係者の家だったらどうするんですか!! そうじゃなくても、関係者の関係者の可能性もありますし! 関係者の関係者の関係者の可能性まで考えると、もう絶対ヒットするじゃないですか!!)



 その理屈でいくと、相手が人類である限り電話を借りる作戦が使えなくなるね。



 というか、短パンにTシャツって。

 まだ3月下旬なのに、寒くないのかな。


(だーかーらぁぁー!! 体も冷えて、すっごくピンチなんでしょ!? ちょっと日用品屋さんに行くだけのつもりだったんですぅー!!)

「スーパーって単語が出てこない辺りに、限界集落感が溢れてて笑える!」


(な、なぁぁ、なに笑ってるんですかぁ!! あ゛っ)


 プツリとテレパシーが切れる。

 その後、小林さんというお宅の固定電話から俺のスマホに着信があった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「すみません。ご迷惑をおかけしまして」

「いやいや。ビックリしましたけどね。今時、トイレ貸してくれなんて訪ねて来られて。こんな可愛いお嬢さんに」


 マリーさんを無事に保護。

 現場は家から4キロも離れた、畑が広がるのどかな場所だった。


 田舎者の魂がコンクリートを嫌い、土の地面を求めたのでは? というのが俺の出した結論。


「…………」


 ハムスターどころではなく、これは釣り上げられたフグか。

 ぷっくりと膨らんだ茉莉子の頬っぺた。

 つっつきたくなる。


「怒りますよ? ホントに」

「まあ良かったじゃん。大惨事にならなくて」


「大惨事ですよ!! あたし、こんな格好で! しかも、お、おお、おトイレを借りるなんて……!! 町娘にあるまじき行為ですよ!!」

「町娘とご令嬢をイコールで結ぶな! まさかお前の中の進化論は村娘、町娘、ご令嬢なの!? ……でもまあ、サンキュー。俺のために色々してくれたのは正直嬉しいし。確かに、お前がいてくれるだけでホッとしたよ」


 茉莉子は無言で小さく頷いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日。

 体調を取り戻した俺は、尊厳を守り抜いた茉莉子を連れて携帯電話ショップへ。

 シンプルスマホを購入した。


「お、おじさん、おじさん!! これ、どこ触ったら壊れませんか!? もう怖い!! ねぇ! 勝手に電話かかって、すごくお金請求されたりするんでしょ!? おじさん!! なに笑ってるんですかぁ!?」


 電話のかけ方をマスターしたのは、小松茉莉子の世を忍ぶ仮の姿。


 逆かな?


 とにかく、マリー・フォン・フランソワが喜津音きつね女学院に登校する前日のことだった。



~~~~~~~~~

 明日も2話更新!

 12時と18時です! 月末までに10万文字、間に合うのかしら!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る