第2話 マリーさん、爆誕する

 マリー・フォン・フランソワ。

 親戚の女子が知らない間に横文字の名前になっていた。


 いや、なって堪るか。

 フォンって確か、ドイツの爵位の呼び方だろ。


 フランソワってフランス由来の姓じゃなかったか。

 混ざってる。

 なんだ、その雑な設定は。


「いや、すみません。うちの姪はいたずらっ子でして。小松茉莉子が本名です」

「ええ。伺っています。高貴な身分のため山奥でひっそりと幼少期を過ごされておられたとか。この度は、庶民の生活を学ぶため日本の学校へ通いたいとの申し出。……感動しました!!」


 妙なところだけ練り込んだ設定だったため、すぐに気付く。

 どうやら、ばあちゃんもこの話に噛んでいるらしい気配に。

 かみつきばあちゃんめ。


 せめて俺に説明しておいてくれ。


「わたくしの叔父は爵位を返納していますから。すみません、粗暴で。うふふ」

「おまっ!!」


 爵位って免許みたいにそんな簡単に返せるものなのだろうか。

 とにかく、先生1人を相手に喰らわせるドッキリならまだしも、学校全体を欺けるはずがない。


 バレた時に恥ずかしい思いをするのは、ほかならぬ茉莉子。

 大人の俺が止めなければ。

 そう思い、口を開いた瞬間だった。


(ちょっとぉ! おじさん、何言おうとしてるんですか!! ヤメてください!!)


 頭の中に声が響いた。

 聞き間違うはずもない、隣に座っている茉莉子の声が。


「おい! お前な、先生の前で失礼だろうが! 後にしろって!!」

「ええと? おじ様はどうなさったんです?」


「重ねてすみません。伯父は童貞を拗らせておりまして。女子校の空気に酔ってしまったようですの」

「そうなのですか! 大変なご苦労をされておられるんですね……!」


 なんか同情された。

 あと、叔父か伯父か、それくらいきっちり決めておいて欲しい。


 声に出したら同じだけども。


(そーゆう細かいのは良いですから! 話をちゃんと合わせてください!!)


 同じボケを繰り返すお笑いの手法を天丼と呼ぶが、俺が先ほどのリアクションを重ねても日村先生は苦笑いと気の毒な視線を向けてくれるだけだろう。

 そこで俺は考えた。


 あり得ない事だが、実際に体験している以上は可能性として認めるべきだ。

 宝くじの一等が当たる確率は確か2千万分の1だったか。


 それよりも絶対に低い確率。

 可能性を潰すのは低確率の方からと相場は決まっている。


(残念でしたー! おじさん、その低確率が当たっちゃってますよー!! あたし、テレパシーが使えるんです! すごいでしょー!!)



 どうせなら、宝くじの一等を当てたかった。



 もう疑いようがない。

 理屈や仕組みはさっぱりだが、どうも俺の思考を読んで俺の脳内に直接声をかけられるらしい。


 プライバシーはどこに行ったのか。


(おじさん! あたし、このキャラで行くって決めてたんです!! 3年前から温めてきたので、大丈夫です!! 胸に聞いてみてください! 記憶の中の茉莉子はやれる子でしょ?)


 俺は数秒考えた。


(あのー。自分の胸に聞いてもらえます? なんであたしの胸を見るんですか? おじさん、サイテー。おばあちゃんに言いつけますから)


 数秒で人質が取られた。

 そうなると是非もなし。


「先生。茉莉子……じゃない、マリーは俗世について疎いので、色々とご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかサポートをお願いします」

「はい! もちろんです! マリーさんの心意気に私は胸を打たれました!! 多額の寄付も頂いておりますし、学院長からもしっかりとケアをするようにと指示されています!」


 小松家の財力ってすごい。

 裏山で松茸が採れるからって、毎日山ほど出荷していた在りし日の御亀村を思い出した。


 あれ、偽装した椎茸だと思ってたのに。

 マジで松茸だったんだ。


「それから、本来ですと本学院は男性の立ち入りを禁止しています。今日も特別と言う形でおじ様には入校が許可されています」

「そうなんですか!? ああ、すみませんでした!! もう2度と近寄りません!!」


「あ、いえいえ! 小松さんには特別入校許可証をお渡ししますので、御用の際は警備の者にこれを提示してください。ビップ扱いで通してもらえるようになっていますので」

「ええ……。あ、はい。どうも……」


 ばあちゃんは一体、いくら寄付したのだろうか。


 それから入学手続きを済ませると、俺は茉莉子と一緒に校門をくぐり、慣れ親しんだ俗世に戻って来ることができた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 家に帰ると1時間程で引っ越し業者のトラックが到着して、荷物を搬入。

 荷解きを手伝っているとあっという間に日が暮れた。


「ふぃー!! 結構片付きましたね!!」

「だいたい片付けたのは俺だけどな。茉莉子はその辺に段ボールから出した荷物を放置しただけだよな?」


「むぅー。おじさん、昔から細かいことばっかり気にしてましたよねー。リモコン置く場所まで決めたりしてー」

「お前はガサツの化身だったよな。俺の家で風呂入る時も、恥ずかしげもなく着てた服を脱ぎ散らかしやがって」


 茉莉子は頬を膨らませる。

 ハムスターみたいで少し可愛いじゃないか。


「そんな昔のことをまだ覚えてたんですか!? ……おじさん、もしかしてロリコン?」

「もしかする訳ないだろうが!! お前が恥じらいなさ過ぎだって思い出してたの!! 頼むから、その年になって同じことするなよ?」


(おじさーん。胸見るの、ヤメてもらっていいですかー?)


「テレパシー使ってんじゃねぇよ!! マジで、何なのそれ!? 俺のプライバシーが侵害されっぱなしなんだが!! 夢見がちな少女が夢叶えてんじゃないよ!! アベンジャーズ入れる能力じゃん! どうしたの、それ! 羨ましい!!」


「……おじさん。女の子の頭の中を覗きたいタイプの人でしたか」

「男の子の脳内を絶賛覗き中のお前にだけは言われたくない。追い出すぞ?」



「おばあちゃんに言いつけます!!」

「無敵かよ、お前!! くっそ! 可愛がられてたもんなぁ、茉莉子は!!」



 もう少し文句を言おう。

 2時間くらい続けよう。


 そう思っていたところ、うんざりした顔の茉莉子がトランクをごそごそとやり始めた。


「まあまあ、これお土産です! いいお肉らしいですよ! どうせヒジキはまともなもの食べてないから! これで釣れば楽勝さ!! って、みんなが言ってました!」

「……そういうのは言わなくていいよ。親戚中で自分がヒジキとか呼ばれてるの、マジで知りたくなかった」


 茉莉子は「あたしばっかり色々と知っちゃうのはフェアじゃないので!」と言うと、「んふふっ」と笑った。

 その笑顔は昔と変わらず屈託のないもので、なんだか腹を立てているのもアホらしくなってきた。


「ホットプレート出すか」

「おおー! 良いですね! お肉を焼きましょう!!」


 肉に罪はない。

 罪の所在については、肉を食べてから考えても構わないだろう。



~~~~~~~~~

 本日は一気に3話更新!

 最後はこのあと18時投稿です! よろしければ是非!!

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