第3話 翔子、故郷に帰る
翔子の家族は母と妹の二人しかいない。翔子の実家は小さな居酒屋をやっていた。父は田舎では一際は大きな会社に勤めていたが事業拡張の為、東京に転勤を命じられた。最初のうちは毎日のように電話があったが徐々に回数が減り、やがて音信不通となり母が連絡に電話したが半年前に辞めたという。それから五年、現在は行方不明状態だ。翔子は高校卒業と同時に田舎に農協に勤めていたが父が行方不明となり、東京に出て働きながら父を探すからと東京に就職して六年が過ぎ二十六歳となっていた。
田舎の居酒屋だがそれなりに繁盛している。妹は翔子と入れ替わるように農協に入り働いている。
「ただいまぁ」
だがお帰りという声は返って来なかった。母は友達と祭りを見に行っている。二歳年下の妹は農協の仕事で居ない、というか農協はお祭りの協賛を引き受けている関係でお祭りの裏方を手伝いに借り出されている。仕方なく翔子は居酒屋と同じ敷地にある家の裏口から鍵を開けて中に入った。かつて自分の部屋だった、今も出ていったままにしてある。いつでも帰って来られるように母の優しさが伺える。
翔子はスマートフォンの電源を入れ香奈枝にメールを入れた。
『ごめん急用が出来て寄る事が出来ない。ごめんね、また今度会おうね』
また電源を切った。別に電池の節約している訳でない。誰からか電話がかかってくるのが嫌だった。
翔子は部屋に置いてある便箋を引っ張り出してボールペンで書き始めた。
『母さん、陽子。ちょっと急用が出来たの。久しぶりに帰って来たのに御免なさい。ゆっくり話したかったけど留守中に帰ります』
翔子は旅行用のキャリーバッグを持って外に出た。家から駅までバスで三十分だ。翔子はバスに乗った。幸い知り合いの人とは会う事なく駅に着いた。自分はいったい何しに故郷に帰って来たのだろうか。勿論お祭りを楽しむ為ではない。故郷に帰ると気持ちが落ちつくと思ったからだ。だが実際に帰ったがまったく変わらない。それどころか母と妹に迷惑が掛かる。母と妹は此処で生活している。もし警察が来たら世間体もあるだろうし身内が警察沙汰になったら母も妹も立場がなくなる。そう決めて故郷を後にした。
家を出るときまだ祭囃子に音が聞こえて来る。こんな事がなければ母や妹や友人と浴衣を着てお祭りを楽しめたものを。
つづく
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