⑬全てはお姉様の手のひらの上

「貴女のお友達の親戚の方の縁談は予想外だったけど、まあそれがあったとしてもカイエは受けはしないだろうと思ったし。むしろあの二人なら逆に燃え上がる要素だと思っていたわ」

「あれですか、逆境こそ恋は燃え上がるとかそういう」

「ろまんちすとと流されやすいひとだもの。いけないいけないと思っていると、余計に何やら思いがつのるのね。でも私思うのよね。もし私があっさり『このひと嫌になったから貴女にあげる』と言ったら、カイエは果たしてオネストとくっつくかしら?」


 私は目を瞬かせた。

 想像し、そして首を横に振った。


「でしょう?」

「……もしお姉様が別れる様な人だ、ということだったら、それだけの人だったんだ、って友達だったら思うんじゃないかと。だってカイエ様はともかくお姉様のことを信用して信頼して、それだからこそ自分が産んだ子を任せる気にもなったくらいだし」

「そう。だからオネストにしていた恋なんてものも、結局はそこで私の夫になる様な人だから、というのもあるのよ。私が捨てた男だったら、カイエは好きにならないわ」

「それって、価値基準がお姉様に作られてしまっているということじゃない?」

「そこまではどうかしら。いくら女学校時代が濃密な時間だったとはいえ、そこまで影響を与えられるとは私も思っていないわ」


 でもね、とお姉様は言い足す。


「カイエはもともと自分自身の判断がゆらゆらしている質だから。だから頼れる人の判断に無意識に任せてしまうのよ。それがかつてはご両親だったかもしれないけど、一気にそれが失われてしまった時に一番近くに居たのは確かに私だったから」

「鴨の刷り込みがもう一度行われたと」

「そういう感じかしら」

「刷り込みと言えば、私もう一つ思ったことがあったんですけど」


 何? とお姉様は小首を傾げてにこりと笑った。


「お姉様、お義兄様に対して『貴方のお母様になったつもりで許す』という感じのこと言ったんですってね」


 お姉様はそれには黙って笑みを浮かべるだけだった。

 続きを促しているのだ。


「今現在、お二人は夫婦の生活をしてますか?」

「あら、もの凄く直球で来たわね」

「それ以外聞き様が無いですし」

「どう思う?」

「お義兄様は、できなくなったと私は思ったわ」

「正解」


 今まで見たことの無い程満足そうな笑みが、お姉様の顔に広がった。


「どうして?」

「お義兄様にとって『母親』というものは、ともかく夢の中の存在だったわ。ただその意味合いは二つに分かれていたと思うの。一つは理想の女として、そしてもう一つは全てを許してくれる理想の母として。カイエ様にお義兄様は理想の女としての姿を見たけど、お姉様は同じ母親という言葉を使って、お義兄様に自分を理想の母親という形に置き換えたんでしょう?」


 しかも義兄がとことん困った時にすがった時の言葉だ。

 そしてお姉様の態度。

 お姉様は義兄からしたら、カイエ様の様な理想の女の姿とは全くかけ離れている。

 としたら、彼の中でお姉様は本当に「母親」の位置に置かれてしまったのではないか。


「何だかんだでお義兄様は真面目だから、母親と見なしてしまったお姉様には、夫婦生活を求めることができなくなってしまったのではなくて?」

「ええ。最初は私がカイエのお産が終わるまで、と突き放したということもあるけど、生まれてからはもう本当に子供の世話をする私の姿しか見られないでしょう? そのうち本当に手を出せなくなってきたわ」

「それもお姉様の思うつぼだったと」

「まあ、しなくていいなら私はしたくないし。これからはあくまで子供の両親として楽しく暮らしていきましょうね、というのは何処か間違っていて?」


 私は首を横に振った。


「少なくともお姉様達という夫婦にとっては間違っていないと思うわ」

「そうね。私もカイエの新生活ではしっかりと夫婦生活があって欲しいと思うのよ。サンドレッド様はマリマリちゃんを可愛がるけど、自分の子供もきっと沢山欲しいはずだし。そうしていつまでもきっとカイエに頼られる人であって欲しいと思うわ」

「そういう人を選んだのでしょう?」

「結果としてね。同じ父親を持ったとしても、反面教師にできる人だったら、カイエにはいい夫になれると思うのよ」


 ああ全く。

 全てがお姉様の手のひらの上だったということだ。


「あ、そうそうマルミュット」

「はい?」

「二週間後に中央駅でお見送りがあるから、貴女と先輩さんも参加してね」


 私は苦笑した。

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