④子供時代を根に持つのはまああることだが
何だ何だと私達は唐突に態度が変わった義兄を呆然と眺める。
「故郷でもそうだったよ、皆毎日何の不安も無くぎゃあぎゃあ遊んでいて! こっちは伯父の元からいつか放り出されるじゃないかっていつも不安だったっていうのに!」
「あのひと達が?」
どう見ても皆きょうだい同然に扱っていた様だったし、現在故郷に帰らないことに関してもあっけらかんとしたものだった。
「グレイはいつもそうだった…… 僕が足が遅いからってすぐに置いていって…… やっと追いついた時には皆もう遊び場とか役割がもう決まっていて…… 僕の居場所なんか無くって…… だから僕は本を読む様になったんだ、皆は本を読むのは嫌いだったから!」
いきなり子供の頃の記憶が呼び覚まされたらしい。
「知ってるかい君等! 田舎じゃあ足が遅い奴は皆からお荷物扱いされるんだぜ! 特にグレイの奴は僕に対していつもそうやってからかって……」
「別にいいんじゃないかな?」
のんびりとした口調で先輩は言った。
「貴方は……!」
「別に俺だってとろかったけどなあ。ただとろいはとろいなりに何とかなるもんんでさ、何をそんなに急いでるんだ? と町内の悪ガキ達の抗争の時には悠々と歩いてやりつつ参謀に名乗り出たら何も言われなくなったけどな俺は」
「だったらあんたには解るのか?! 両親が居なくて親戚の世話になっている厄介者という立場を!」
「……別に厄介者なんて思っていなかった様ですが」
言いかけた私を先輩は押しとどめた。
「って言うか、俺そもそも孤児院に居たんだけど?」
さらっと先輩は口にした。
そう、この先輩はそれこそ庶民から第一中等~大学予科・本科というルートを歩んできた、ある意味化け物なのだ。
「親が居なければ居ないなりに生きるしかないし?」
「……!」
「余裕がある様に見えるなら、まああるんだろうさ。でもそれは俺の才能と努力の結果であって、君にどうこう責められるものでもないと思うけど」
「才能……」
「うん。単に君には俺より才能、と言うかその道に向いて無かっただけだよな? だって官立研究所なんて入る奴、まあ人として碌な者じゃないし。だいたいそもそも俺が研究所入ったのって、今までの学費免除されるからっていうことだし」
「先輩それ私の前で言いますか」
「んー? だってお前俺のやってる仕事の内容ちらっと聞いた時退いてたろ?」
「それは確かに」
「だから普通の企業にまともに入って勤務して家庭持ってる君なんざもの凄くちゃんと人間やってると思うけどなあ」
「……もういいです」
はあ、と義兄は肩と頭をがっくりと落とした。
「あんた達は違うってことですね、僕なんかと」
「いや? ちゃんと子供を育てていこうとしている辺り敬意を持ってるけど?」
「そうですね子供…… ああ、そうだ。話が途中だった…… そう、子供が出来るなんて思っていなかった。それは確かに僕の落ち度だった……」
「何度も逢い引きなさったんですよね? 何でそれで子供ができないと思ったんです?」
「いや、今までトリールとの間に出来なかったから」
「ご自分に問題があったんじゃないかって? 検査したんですか?」
「いや、そこまでは」
「お姉様は確か、色々調べてましたよ。先生に腰が細いからとか言われたからなのかは知りませんが、それとは別に、時々実家に戻ってきた時にはお父様の蔵書を漁ったり私に話を聞いたり」
「トリールが……?」
「だから前も私お義兄様に言いましたよね、あちこちから子供はまだか、って聞かれていたって。お姉様は平気な顔するのが上手ですからそう見えないですが、原因はちゃんと調べる方ですし」
「……知らなかった」
「回数こなせばいつかはできると思ってたかなあ。まあ大概はそうだとは思うけど、そうでない時にはどっちか、もしくはどっちにも原因がある訳で。奥さんはちゃんとその辺り自分で考えていた様で」
先輩の言葉に義兄は黙った。
「まあだからこそ俺は今のところ一発の弾丸も撃たない訳だけど」
あはは、と私は笑った。
今のところ、ね。
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