⑩義兄の友達の産科医師は姉に借りがあった

「で、マルミュットさん、この紹介状によると、オネストの不貞で出来た子供のこととかこの医院に入院した女性のこととか知ってる限り説明していいとあるんだけど、君は一体何を知りたいの?」

「うーん、まず元々、よくお姉様が産科のお医者様と一人で連絡つけてカイエ様を匿ったなあ、というのは元々疑問だったんです」

「うん、どうして?」

「だってお姉様は少なくとも今まで産科と関わりが無かった訳じゃないですか」

「あー、それはどうだろね」


 先生は軽く首を傾げた。


「別に妊娠出産しなくても、その相談に来る人は結構居るんだよ。まあ、君のお姉さんが僕のところにその相談をしに来たことは無いけど。むしろ僕はオネストの友人としてあの家によく遊びに行ったんだけどね」

「え、そうなんですか!?」

「お姉さん…… トリールさんからは聞いていない? 悪友が居て何かと上がり込むから困るって」

「ああ!」


 私は思わずぽんと手を叩いた。


「もしかしてお義兄様と一緒に呑んではそのまま家までやってきて翌日の朝帰って行くという!」

「それは聞いていたんだね…… そう、それが僕。まあその時点では、奥さんの視線が朝には冷ややかになっているのに気付いて怖かったりしたんだけどね。まあオネストがそれに気付かない気付かない。酔っている時は何か僕も勢いで押しかけてしまうんだけど、翌朝それでも朝食を出してくれるトリールさんには申し訳ないと思っているんだよね」

「まあ確かに酔っ払ってる時ってのは判断力鈍りますよねえ」

「そうだろ?」


 そうそう、とばかりに男達はうなずき合う。


「まあ、そういうことが結構度重なっていたから、トリールさんから突然の頼みがあった時にはむげにできなかったんだよね。何かもう僕ときたら、酔っている時はトリールさんに結構失礼なこと口走ってもいたようで」

「失礼なこと」

「柳腰は宜しいがちょっとそれはお産の時大変ですかねえ、とか。いやもう言っちゃいけないことをぽろぽろと漏らしてしまう様で。オネストにも誘うな誘うなとは言ってたけど、何というか」

「……意思が弱いです先生それは」

「いや、意思というか、そもそも一緒に呑まなければいいとは思うんだけどね! でも学生時代からの友人で職場が違うってのは、仕事上の愚痴をこぼすにはいいんだよ!」

「うん、それも分かるなあ」

「……」


 思わず私は先輩の方をちら、と見た。

 彼はぱっと私から視線を逸らすとややすっとんきょうなまでの顔で明後日の方向を見た。


「まあ最近は愚痴は言い合うけど、酒は抜きでやってるよ。トリールさんに睨まれるのは彼奴も今更怖いだろうし」

「でしょうねえ」


 私は大きく頷いた。


「ただ最初は、一人でトリールさんが来た時には、本当になかなか子供が出来ないことに対する相談だと思ったんだ。もう結婚して三年どころじゃないだろう? だけどいきなりこう切り出した。友達が育てられない子供を身籠もってしまったから、自分が貰いたい、それで協力して欲しい、って」

「確かにそれは間違ってませんね」

「そうだろう? それでともかくカイエさんをうちに入院させたんだ」


 裏から入ったこの医院は、決して大きくはないが、それでも三階建て。

 そのうちの二階を入院患者の部屋に宛てているのだという。


「ところがまたこの僕の軽口が、トリールさんの隠していたことをオネストに明かしてしてしまうことになってねえ……」

「何したんですか一体」

「いや、僕のところにトリールさんが相談に来たって言っただけだよ。そうしたら、オネストの奴が急に食いついてきたんだ。友達ってどんな人かって」

「お姉様の友達って辺りでぴんと来たんでしょうね。お姉様ああ見えて、そこまで親身にするひとってそうそう居ないですから」

「そうなの?」

「そうですよ。例えばそうですね、まあ実家の、父だったりばあやだったり。その辺りが危篤とか言ったらなり振り構わず飛んできますね」

「そう言えば君等、母上は」

「お母様は私が三つかそこらの時に亡くなりました。だからお姉様も私も、記憶は殆ど無いんです。お姉様にはふんわりとしたものは残っているそうですが、私にはさっぱり。まあ二人ともばあやのエルダをその代わり頼りにしてきましたけど」

「何だ、じゃあオネストもトリールさんも実の母上というものをあまり知らない同士なんだな」

「あ」


 言われてみれば。

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