④義兄の母によく似たひと

「情が深い」

「おう、そして一人の者を心に決めると他に気移りすることはない。儂も妻にはそうだった。おかげで沢山の子に恵まれた。育たなかった子が居た時にはその代わりにとばかりによく産んでくれたが……」


 つ、と伯父は天井を仰いだ。

 度重なるお産は母体を痛める。

 この厳しい気候の地ではことさらに。

 やはり北の地である北西辺境が、子孫を増やすべく複数の妻を持つこともあるのとはどうやら違うらしい。


「後添えを貰ってはどうかという話もあったが、儂の妻はあれだけだ」

「それだけ思われれば本望ではないでしょうか」

「帝都のお嬢さんでもそう思うかね」

「最近の女は特にそうです。貴族であれ庶民であれ、浮気をした夫には容赦がありません」

「そうなると、まあ、あんたの姉さん、賢い奥さんは古風なのかね」


 私は思わず目を見開いた。

 伯父は口籠もる私を見据えながら、酒を小さな杯に注ぐとちびりちびりとやりだした。


「何で分かった、という顔だね」

「ご存じだったのですか?」

「言われてはいないがね。あんたの姉さんから子供が生まれた、という手紙が来たんだよ」

「その時に相手が?」

「いや、あんたの姉さんは一貫して『自分の子供』という風に書いていた。ただし、自分が産んだとも書いていなかったがね。結婚してもうそれなりの時間が経っているというのにだ。しかもお腹に子供ができた、ではなく生まれた、だ」

「……」

「儂はさして察しの良い方ではないから、ただこの手紙を貰った時にはもやもやとした気持ちになっただけだった。そこでアルシャに見せてみた。そうしたら突然険しい顔になってな。こう言ったよ『お父さんこれはトリールさんの子供ではないわ』とな。はあ全く。同じ女のせいかね、鋭いよ」

「お見それ致しました」


 思わず私は深々と頭を下げていた。


「いやいや、頭を下げないといけないのは――まあ、あんたというかあんたの姉さんにだがね、こっちの方だ。しかもアルシャはこう言った。『やっぱりね。相手はきっとカイエだわ』ってな」

「アルシャさんはそこまでどうして言い切れたんですか?」


 私は驚いた。

 確かに手紙で、子供の母親がお姉様でないことは気付いただろう。

 だが相手がカイエ様であることを「やっぱり」とは。


「ちょっと待ってくれ」


 伯父はつと立つと、別室から写真帖を持ち出してきた。

 そして何やらばさばさとページを繰ると、ああここだ、とばかりに私に向かって開いてみせた。

 結構黄ばんだ一枚の写真。


「え……」

「これがあんたとそう変わらない頃のルリシャ、彼奴の母親だ」


 私は思わず写真帖を手に取り、まじまじと見つめた。

 だってそうだ。

 椅子に座って穏やかな笑顔を浮かべる美しいその女性は。


「伯父様、……」

「似てるだろう?」


 そう、似てる。

 無論横に並べたら別人だとは思うが…… 顔だち、仕草、表情、体つき……

 カイエ様とよく似ているのだ。


「いや正直、彼奴の結婚式にカイエがあんたの姉さんの友人としてやってきた時には驚いたよ。死んだ彼奴の母親が化けて出てきたのかと思ったくらいだ」


 ふう、と伯父は息をつくと目を伏せた。


「確かあの時はカイエも百貨大店の売り子をしている時で、結婚式に参列する時の服も自前で作ることができなくて、古着屋で買ったものを当世流に手直ししたらしいな。だから色だの元の形が何処か古めかしく感じて、余計に妹の姿の様に感じられて儂も驚いたもんだ」

「そういう偶然ってあるんですね……」


 偶然――

 自分で口にしてから、一瞬「そうだろうか」という言葉が心をよぎった。


「驚いたのはまあ彼奴もそうだったろうな。写真でしか知らない母親と似通った女が妻の友人として紹介されたんじゃ。しかも、だ。その女に今度は儂の息子が惚れたから紹介してくれ、だ」

「グレヤード様はルリシャ様のこの姿はご存じでしたか?」

「そりゃもう。オネストの奴は儂から手帳に入る大きさの一枚をせがんだからな」

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