③伯父曰く、義兄の出生の事情
「びっくりしたかね?」
ガイヤード伯父は食事の後、客間へとと私を再び連れ出した。
「はい。大人数での食事は学生時代の寮でも慣れていたつもりですが、あれだけ賑やかなのはお祭りくらいでしたから」
「うちではあれがいつものことだね」
給仕も特に無し。
鍋から野菜たっぷりのスープを掬うレードルのを持つのはアルシャだったが、それは仕事というより彼女の持つ権利の様だった。
彼女の機嫌を損ねたら中の具が少なくなってしまう! と育ち盛りの少年少女はアルシャの手の内にあるような。
「いいですね、楽しそうでした」
「まあ帝都の家族というのはそうそう人数が居る訳でなし、礼儀にもうるさいらしいしなあ」
「帝都にはよくいらっしゃるのですか?」
「お役目の時についでにうろうろしてくる程度だがな。悪くはないが、肩が凝るね」
「その時にはお義兄様にも?」
「ああ。まあ、あれは儂のことを苦手に思ってる様だがな」
「そうなんですか?」
「マルミュットさんは物怖じしないね。ああいや、賢い奥さん、あんたの姉さんも儂に対してそうだったな」
「お姉様が?」
「そう。向こうに住むからとこっちには挨拶だけで済ませおって。その時にも投げやりな彼奴に対し、あんたの姉さんは堂々としていたよ」
「……お義兄様は、こちらには殆ど戻らないんですね?」
「そうだな、元々あれはこっちを離れたがっていたしな。そうそうお嬢さん、あれが大学予科まで行ったのもそのせいなんだ」
「え? 勉強したいから、という訳では」
「いやいや、こっちから帝都の学校に行こうって奴は半分以上向こうでの立身出世が目的だね。こっちに戻ってきて役立てようってのは滅多に居ない。ああそう、こっちの子供達の先生か? あれはその希な例でな、いつか帝都の先生の学校に入り直したいとか常々言っておるな。あれは機会があれば出してやりたいもんだ。だがまあ、彼奴の目的は勉強でも立身出背でもなくてな、ともかくここから出て行きたかったんだ」
「故郷を?」
「彼奴にとっては、帝都こそが自分の行くべき場所だったんだろうさ。と言うのも、あれの母親――儂の死んだ妹、ルリシャと言ったんだが、まだあんたより若い頃に帝都から来た男に惚れてなあ。学校の休みだったか仕事の休暇だったか…… そんな行きずりの奴との間に子供が出来ちまった。それがオネストだ」
「両親が居ないというのは聞いていましたが……」
「ああ、間違っちゃいないな。生まれた時に既に父親は居なかった…… というか、ルリシャの奴、名前しか聞いていなかったからな…… 遊ばれて捨てられたんだろうさ」
「そ、それでその人を探したりは」
「ああ、そんなことはいちいちしないね。ここいらではよくあることだ。まあそれで子供ができれば皆で育てる。ここいらは厳しい場所だからな、子供は多ければ多い程いい。ルリシャの息子には母親の姓を名乗らせて儂が後見になった。で、同じ歳のグレイの奴と一緒に育てたら、思いのほか頭だけは回るので、上の学校に行くか、と聞いたら必死で食らいついてきた」
「……あ、あの、ルリシャ様はいつ頃……」
「あれが小さい頃死んだ。まあよくある流行り病だ。それもあって儂の死んだ連れ合い、アルシャ達の母親がな、可哀想に思って可愛がったんだな」
「それじゃお義兄様は伯母様を第二のお母様と思って」
「と、思うんだがな。どうもあれの考えることは面倒くさい」
伯父は口の端を曲げて腕組みをする。
「儂の妻はまあ、下手するとグレイよりかわいがったな、それがいかんかった。どうもあれは、伯母でこうなら本当の母親だったらもっと、と何やら想像を巡らせてな。ルリシャの写真とかを儂にねだったりしてな、後生大事に持つ様になったのさ。それはもう、実際のルリシャより何やら凄く…… もの凄く…… ともかく、もの凄く、母親らしい母親を思い描いてな」
「実際のその、ルリシャ様という方はそうではなかったのですか?」
「まあ、鄙には希な美人とは言われていたな。要領は良いんだが飽きっぽい。ただ惚れっぽくてな…… まあ、ここいらの者は皆情が深いんだが、ルリシャは格別になあ」
伯父はやれやれ、という顔になった。
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