④とりあえず義兄に揺さぶりをかけてみた
真っ直ぐ直視して事実を突きつける私に、義兄はたじろぐ。
「カイエ様はとても、甘やかで嫋やかで、そして家庭的ですものね。お姉様とはまるで違ったタイプ」
「マルミュット、君は、何だ、僕がトリールを愛していないとでも言いたいのか?」
「さあそこまでは。ああ、俗説では殿方の愛は幾つもあると聞きますし? それにお姉様との結婚自体、恩師であるお父様からのお話でしたでしょう?」
「僕はトリールのことを妻としてちゃんと愛している!」
「愛しているとおっしゃる割には、お姉様がされていることにお気付きにもならないというのに」
「……女の人はそれだけで話をするじゃないか。大概は僕等男の居ない場所で」
「それはそうですわ。だってそこで男の方の耳に入ったら、女同士で片を付けたいこともかき回されてしまいますもの。まあでも、その点は大概の男の方も鈍感な様ですから。ともかくお義兄様も大概の男同様、沢山の愛というものをお持ちの様で、と申し上げたかっただけです」
義兄は黙った。
彼が言うことはおそらく嘘ではないだろう。
「じゃあまあ、お義兄様がお姉様のことは妻として! 愛しているということは信じた上で。その上でカイエ様にどうして実際の関係を持ってしまったんですか? 明らかにそれは不義の仲でしょう? それとも、お姉様と別れてまでいっそ妻にしたい、と思った程ですか?」
「妻にできるとは考えたことは…… ない。カイエさんも同じはずだ」
「ちゃんとお聞きしたんですか?」
「聞く前に! 彼女は僕の前から姿を消してしまった!」
「なるほど、カイエ様との間でも、必ずしもちゃんと意思疎通ができているという訳ではなかったのですね。そもそもお義兄様は、いつからカイエ様にそういう思いを持たれたのです?」
ようやく最初の地点に戻ることができた、と私はほっとする。
義兄は基本生真面目だが、割と怒りの導火線は短い。
そして一度感情を爆発させると、口が軽くなるのだ。
今回の件については、きっと彼にとっては色々と言いにくいことがあるだろう。
だからこそ私は一度義兄を怒らせたかった。
別に私は義兄に好かれようとは思っていないので、不快な感情をぶつけられたとしても、特に思うことはないのだから。
「カイエ様はお義兄様のことを最初にお姉様から紹介された時からいいな、と思っていたと聞きましたが」
「……その話は聞いたことがある。彼女はグレヤードが僕の従弟だから縁談を受けたと」
「でもお義兄様とグレヤード様はまるで性格が違ったんでしたわね」
「ああ。そもそもグレイは僕のことを内心恨んでいたんじゃないか、と今にしてみれば思うね」
「何故です?」
「僕が奴を差し置いて、伯父から目をかけられて上の学校に行かせてもらったからだよ。奴だって帝都の学校には憧れがあったさ。北の学校というのはとかく実務中心で、すぐに仕事に通じるものばかりだ。その中でほんの一握りだけが帝都の中等学校に行かせてもらえる。僕の故郷の辺りでは、基礎学校の一学年に一人か二人だ」
「お義兄様はとびきりそこでは優れていたと」
「僕が飛び抜けていたという訳じゃなく、皆さほど外へ行こうという気迫が無かっただけだ。特によく出来る奴は。だけどグレイはその逆で、家がその辺りではちょっと有名な地主で余裕があった。だから自分は外に遊学に行かせてもらえると思ってたんだ」
「でも行けなかった?」
「その頃両親を亡くして、伯父の家に世話になっていた僕と彼の二人が試験を受けた」
「なるほど、そこでお義兄様だけが受かったことをいつまでも根に持っていたと?」
「直接聞いた訳じゃないが…… 常日頃、伯父の家で僕は彼や彼の仲間からちょっかいをかけられていた。親無しのくせに伯父に取り入って、っていうのが当時の奴等の口癖だった」
まあ徒党を組んで一人を虐めるというのは男女問わずあるものか。
「僕はそれでも伯父が認めてくれているから、勉強に精を出した。それで帝都の中等と専門に行くことができたんだ」
「そしてお義兄様は故郷に錦を飾り、恩師の愛娘を手に入れ! それはそれは、また実にグレヤード様からしたら、悔しいことでしょうね」
「だけど僕はそれだけの努力はした! その結果じゃないか! 奴は両親も揃っていて、努力の一つもしないからそうなった、それだけのことだろう?」
「まあ、それはそうですがね」
ただ彼は一つ忘れている。
努力してもできない者の気持ちというものを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます