③「それまで」の姉と義兄の結婚生活とは

「もうその気は無いと?」

「ああ」


 思わず顔をしかめた。

 だったらお姉様の努力は一体何だったというのだろう。


「マルミュット、君はまだ若いから解らないだろうけど、割と簡単に自分の限界なんて思い知らさせるもんだよ」

「そうでしょうか」

「君はずっとお嬢様育ちだからね」

「はあ」

「僕は両親が亡くなってから、ずっと伯父のもとで一人前になるまで、ということで学費を出していてもらったんだ」

「父の研究室に居た時は楽しくはなかったのですか?」

「いや、楽しかったさ。教授の、義父上の講義も指導も何もかも楽しかった。だけどそれはあくまで職に就くまでのことだよ」

「職に就けばもうそれ以上のことはいいと?」

「会社での研究は続けているさ。それが仕事だしね。そもそもそれ以上のことがどうして今の生活に必要なんだ? 一人前に家庭を持つ身としては充分だろう?」


 それはそれで一理ある。

 と言うか、おそらくそれが普通だろう。


「だからお義兄様は、お姉様の言うことは常に受け流していたと?」

「そうだね、倹約よりは、日々の生活をきちんきちんとして欲しかったね。ああ、最近は本当にちゃんと朝ご飯もきちんと出来ているしね」

「お姉様の朝ご飯はそれほど不満でした?」

「一生懸命やっているのは解る。だが」

「雑で不器用」

「何だ、君も知っているんじゃないか」

「ええ、知っています。お姉様はともかくそういうところは苦手でしたから」

「だから無理せず住み込みメイドを雇えば良かったんだよ! 夕飯は通いのが作ってくれていたからほっとしたね」


 なるほど、その点で既に平行線だった訳か。


「そうですね、お姉様も今の様に子供ができていればとっとと割り切ったかもしれませんね」

「全くだ。だけどなかなかできなかった」

「お義兄様はそれで良かったんですか?」

「そりゃ欲しくなかったと言えば嘘になるけど、居なければ居ないで夫婦だけで暮らしていても悪くは無いと思っていたが」

「それじゃあ、お姉様がうちに帰った時に、何かと出くわす伯母様達から言われていた嫌味のこととかご存じない?」

「嫌味?」

「ああやっぱりご存じない!」

 私は両肩を竦めた。

「お義兄様はお父様のお気に入りだから、うちにやってきてもいつもお父様が連れていってしまうから、伯母様とか、女性の親戚達の話など全くお姉様から聞いていないんでしょう?」

「はあ? トリールは何か言われていたのかい?」

「言われていたのかい、じゃないですよ。お姉様は常に子供はまだか、早く見てみたいものだ、もう結婚して何年になる? とかちくちくちくちく言われてましたよ」

「……聞いたことが無い」

「そりゃあそうですよ。お父様はうちを継ぐとかそういうことにはあまり興味が無いですから。だからこそお義兄様のところに長女であるお姉様を嫁がせもしたんですよ」

「でも、だったら余計に」

「お父様の浮世離れはもう知れ渡ってますがね、だからと言ってあの伯母様達のお節介が止む訳ないじゃないですか。うちは私が婿取るからと私も常々言ってはいますが、私が女専に行ってわざわざ若い身空を勉学を捧げるなんて、思う人々もとっっっっても多いんですよ?」


 まあこれは私自身の鬱憤も充分入っている。


「しかし君、婿を取るって」

「一応内々に約束している方は居ますからご心配なく。女専の友人の兄上で、とても話が合う方が居るんです」

「そ、そうだったのか……」


 別に私は学問以外興味の無い全くの朴念仁ではないのだ。

 ともかく話をして楽しく、価値観が近い、そして近くに居て温かい気持ちになれるひと。

 まあおそらく見栄えはしないだろう。

 だが私からしてみれば、顔だの風采だのはあまり目に入っていないから大して気にならないのだ。

 だがしかし。


「お義兄様はいっそ朴念仁であれば良かったのに。ああでも、カイエ様にお会いしてお話してよく解りました。お義兄様はああいう方にどうしても惹かれてしまったのですね」


 私はその事実を突きつけた。

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