⑨カイエに来た縁談の件

「私驚いたんですけど。だってとても良い方だって私の友達、サラリェン嬢というのですが、彼女から見ても、『叔父様は理想の男性よ!』だったんですよ」


 そう、リスダイト伯爵令嬢サラリェンは女学生時代、常々「今度のお休み叔父様が来るの!」と私に話してくれたものだ。

 何がいいのか、と聞くと。


「格好いいし、お洒落だし、それに何といっても穏やかで優しいの。お父様の様に時々癇癪起こすこともないし……」


 まあそれは伯爵よりは気楽な身分ということもあるだろう。

 多少の資産ももらい、傘下の会社の重役として名を連ねた友人の叔父、ランダム・リスダイト氏は何もかもに恵まれている様に見えた――家庭以外は。


「それこそ私が姪じゃなければ後妻に押しかけたいところよ」


 などとのたまう程だったのだ。

 そんなランダム氏は、割と若い頃に家格の釣り合った婚約者と結婚したのだそうだ。

 これがまた穏やかに仲の良い夫婦だったという。

 ところが夫人は旅行中の事故で若い命を散らし。

 それ以来氏は常に憂いを秘めた様子で、何かと送られてくる縁談に目もくれずに十年以上独り身を通してきたのだと。

 そんな人が、珍しく女性に目を向けたのが、事務員をしていたカイエ様だったというのだ。


「でも全く知らない訳ではなかったみたい」


 サラリェンは私にそう言った。


「帝都で一、二を争う百貨大店で売り子をしていた女性を見ていいな、と思った時があったんですって。さすがにその時には売り子だから、どうこうしようとか何も思わなかったということだけど」


 売り子と事務員。

 前者には声を掛けず、後者だと縁談になるのか。

 是。

 まずいくら百貨大店とはいえ、売り子として採用されるのはまず容姿と客あしらいだ。

 出自も問われない。

 だからこそ当時の両親を亡くし、何の後ろ盾も無いカイエ様が職に就けたのだ。

 だが事務員となると話は違う。

 まずある程度の学、そしてやはり誰かしらの紹介が必要なのだ。

 伯爵家とはいえ、年の離れた弟というならば、この帝国においてはさほど結婚相手に厳しい身分を要求されない。

 そう、つまりはちゃんとした家に一度嫁入りし、義実家からある程度の扱いを受けているという彼女なら大丈夫なのだ。

 だから正直、当時私も推していたのだ。

 信用がおける友人から見ても「素敵な叔父」。

 子供が居るということも関係ない、むしろ自分と前妻の間にはできなかったから、可愛い娘が一人できるくらいなら歓迎だと。

 だがカイエ様は当時「自分など」と固辞した。

 サラリェンは「えー、嘘ー、何でー!」と令嬢らしからぬ態度で驚いていた。


「そんな! もう一押し!」


 そう言われても、と私は断ったが、どうもこのランダム氏、お義兄様の方に手を回してきた。


「そうなんですカイエ様。そこをよーくお聞きしたかったのです」


 私は身を乗り出した。


「あの時の縁談は本当にいいものだったと思いますよ。私の親友…… カイエ様にとってのお姉様の様なものですね、彼女はもう部屋で枕の羽根を飛ばしまくってましたよ」

「そうは言っても……」

「別にその親友に話したりはしません。ただ私は信用できる親友から見ても悔しがる程の方を振り続けた貴女の気持ちが解らないので聞きたいだけなのです」


 はあ、と彼女はため息をついた。


「結婚はもう懲り懲りだと思っていたのよ」

「どうしてですか?」

「だって、一度経験したのがあれでしょう? また何かの拍子で、男の方というものの気が変わるのを目の当たりにするのはもう嫌だと思ったのよ」

「それだけですか?」

「……それは、つまり、あのことをあからさまにしろと言うのかしら?」

「お姉様の許可をもらっていますので」

「トリールったら……」


 そして少しだけ視線を泳がすと、彼女は今回の出来事の分岐点となる件を話し始めた。


「そう、あの方が縁談を直接勧めにきた、それが始まりだったの」

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