第一章 とりあえず浮気相手のところへ行ってみた
①カイエ未亡人というひと
トリールお姉様は誰でもいい、何かしら訪問の手立てはあげる、とのこと。
なのでとりあえず私はお義兄様の浮気相手であるカイエ未亡人のところへ訪問することにした。
*
「まあいらっしゃいませ。わざわざありがとうございます」
カイエ未亡人――いずれはまたこの呼び方も変わるだろうひとは、たっぷりした髪をゆったりとまとめ、やや古風な普段着のドレスをまとい、私を迎えた。
ふっと見渡した室内の様子、置かれている小物の色合いといったものから思うに、このひとは流行りより自分の好きなものがしっかりあるのだ、と感じた。
ちなみにここは乗合馬車でのんびり、乗り継いで二時間程の場所。
帝都近郊にある大きな湖のほとりのこぢんまりとした家だった。
静養のため、の名目でその家を借りているらしい。
何でも借り上げの名義はお姉様らしい……
カイエ未亡人は現在、そこで亡夫との間に生まれた四歳の女の子と、昼間学校に行きながら住み込み家事をしているメイドとの三人暮らしをしている。
たっぷりとしたスカートを器用に扱い、やんわりと挨拶しつつ居間へと案内する彼女に、私は早速手土産を差し出した。
「これ、姉からです」
「あら、ルーベル堂の砂糖菓子! 嫌だわ、昔は確かに私ずいぶん食べたんだけど、今も……」
嫌だわ、と言いつつとても嬉しそうに口元に手をあて、くすくすと微笑しながら彼女はつぶやく。
綺麗な包装紙をきっちりと畳みつつ、可愛らしい缶を見ては娘が楽しむかしら、とかつぶやきつつ。。
「昔から、ですか」
「ええ、第二の寮の同室だった時に、私がいつもこれを戸棚に蓄えていたから」
「そうなんですか。姉も良く覚えているんですね」
「あら、寮の同室の相手と仲良くなったなら、そのくらいは当然ではなくって? ああ、あの頃は本当に楽しかったわ。まだ私の両親も生きていたし」
そう言えば、確かこのひとは。
「失礼ですが、確かご両親は……」
「ええ、私が卒業する前の年に、当時経営していた店の辺りで起こった大火に巻き込まれて……」
彼女の実家はもともと帝都近郊の川沿いの貿易街で木材問屋をやっていたと聞いている。
家具等の材料となる上質な木材を様々な地域から買い付けてあちこちに提供する商売だ。
数代続いていたという話なのだけど、貿易街で唐突に起きた火事は周囲を巻き込み大きなものになってしまった。
その際に会社から様々な重要書類を持ち出しに最後まで頑張ったという父親が亡くなり、追うように母親も亡くなったという。
会社の損害は持ち出した書類のおかげで彼女に降りかかることはなかった。
が、殆ど一文無しになってしまったことも事実だった。
女学校の最後の一年が残っていたにもかかわらず、彼女は帝都の大きな商店の売り子となって自立しだした。
お姉様は一年くらいうちから援助する、と言ったが彼女は聞かなかったそうだ。
だからその代わりにお父様の伝手でできるだけ安全な働き口を紹介したということだ。
実際、その大きな商店はある程度の物腰、商品知識を理解できる頭、きちんとした話し方、素早い計算、綺麗な文字などが必要とされたので、第二女学校に在籍していたとなれば歓迎されたということだった。
基礎学校を出ただけだと、職場での教育が時間がかかるということなのだ。
彼女はその上生来の人好きのする対応や笑顔のおかげで、人気の売り子となったということだ。
「そんな私でもトリールは、休みの時にはお茶に誘ってくれたり、そちらのお宅で開かれた卒業祝いに招待してくれたり」
「友達ですもの、それはそうでしょう?」
「マルミュットさんはそうおっしゃるけど、やっぱり一度職に就いてしまうと、何となくそうされるとありがたいなあ、と思うものよ」
職に就くことが? 私はやや首を傾げた。
「で、その時に当時トリールの婚約者というあの方にも紹介されたの」
あの方。
そう、それは義兄のオネスト・ナザリスのことだった。
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