第7話 検索

 家に帰るまでの間、数名の人と1匹の猫とすれ違ったが、何事もなかったように僕のとなりを通り過ぎた。


 頭が砕けているこの状況が普通の事なのか、異常な事なのか正直なところ僕ははっきりわかっていない。ただ日常生活を誰かの手を借りる事なく過ごせている以上、これは異常ではないのだろう。身体障害者福祉法の別表に定められている身体障害者には該当しないようだ。頭は砕けているが視覚聴覚の障害もなく、平衡感覚もある。四肢の不自由もない。そもそも頭は四肢に含まれない。もし頭がないことが障害であると定義されるためには、膨大な時間を要するだろう。きっと症例が少なすぎて、議論されるのが後回しになる。この国にはもっと他に検討しなければいけないことがたくさんある。


 僕は僕と同じように頭が砕けてしまった人が存在するのではないかと思い、家に帰るとすぐにこの症例についてネットで検索した。

「頭 砕ける 病気」で検索すると、頭蓋骨が崩れてしまう「骨頭壊死」という病気が検索結果に表示された。僕の症状と全然似ていない。骨頭壊死においては、骨は砕けているが、頭は存在する。僕の場合は頭自体が砕けてしまっている。

「頭 破壊 生きている」で検索しても、アニメの創作の内容や、どこかのバンドの歌詞らしきものがヒットするだけで、頭が砕けてしまった人の事には一切触れられていなかった。他にも色々なパターンで検索してみたが、似たようなものは出てこない。1件くらい何か似たようなものに出会うのではないかと思ったが、それらしきものには出会うことは出来なかった。


 僕は本当に生きているのだろうかという疑念に駆られた。実は僕はもうあの時に既に死んでしまっていて、今は意思の残像だけが存在しているのかもしれない。


しばらく検索をした僕はパソコンの電源を落とし、ダイニングテーブルのみかんを入れていた深皿に、ポケットに入れていた僕の頭の破片を全て入れて、熱いシャワーを浴びてソファーで少しだけ寝た。二時間程で目を覚ましたが、頭は依然としてないままだった。目覚めは不思議なほどはっきりしていた。


鏡を見てもやはり僕の首から上に元々あったであろう頭部が存在しなかった。割れたビール瓶のように頭の部分だけ無くなってしまっている。こうも見事に砕けてしまったなと鏡を見ながら思った。不思議だった。昨日まで鏡に写っていたものが、そっくりそのままないのだ。首から下はそのままで、首元にあるシミも、以前のままだった。


 頭のない人間は見ていると滑稽だった。だんだんと面白くなってくるのだ。今まであったものがなくなってしまっている、元の顔が思い出せなくなってしまっても居る。今までも、昔からそうだったように僕の頭は砕けたままだった。これからもきっと。

「樹木希林」とか「キキキリン」という単語を音読し、繰り返し読んで、見つめていると「「キキキキキキ」だったり「キリリキリン」のように感じて、元の単語がわからなくなってしまい、訳がわからなくなってしまった時と同じ感覚だ。物体におけるゲシュタルト崩壊。もう原型スラ思い出セナい。僕はその姿をしばらく眺めながら堪えきれずに「クククッ」と声を出して笑ってしまった。その声を自分の発した音だと感じてしまうと堰が切れてしまったように声を出して笑った。今まで出したことがないくらいの大声で笑った。可笑しかったのだ。しばらく笑い、咳き込み、落ち着いたところで鏡を覗き込み、人の形さえ原型がわからなくなってしまっている自分に気付き、さらに笑い続けた。役者が役作りをするような笑い方で、永遠に笑っていた。もう戻らない、今の僕はこれまでの僕と全く異なるかたちをしていた。僕は頭のない自分に大声で笑われていたのだ。その姿を鏡で見られ、ゲシュタルトも崩壊させてしまい、これまで聞いたことのないくらいの大声で、自分の顔の真近で、意味もなく笑われていた。


 笑い泣きによる涙だと思っていたそれはいつのまにか嗚咽によるそれに変わっていた。色も匂いも無く、ほのかなしょっぱさをかんじるのだけは、前から変わらないそれだった。

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