第5話 コンビニ
「ピンポンピンポーン、イラッシャイマセー」
僕は喉が渇いたので、飲み物を買おうとコンビニに寄った。雑然と並べられた狭い店内には店長の趣味なのかわからないが、何故かアニメグッズがたくさん並んでいた。よくコンビニで売られている流行りのテレビシリーズのアレだ。
ヤイバ系やら呪咀系やらまではわかるんだが、結構他の種類のものも置いてあるし、レジの前には売れ残ったそれらのなんたら系のグッズから、ボールに収まるモンスター系のぬいぐるみなどもお安く売られている。結構、大量に。
「これは、売れ残っているのか?」
安く売るくらいなら仕入れなきゃいいのに、どうしてそんな事をするのか意味がわからなかった。オタク店長がとりあえず系列の店舗で発注出来るグッズを、自分のオタク魂を誇示するために手当たり次第発注しているのだろうか、それとも客からの要望を聞いて、優しいオタク店長が客のために仕入れたが、客に裏切られて購入しない系のグッズが売れ残ってしまっているのか、その二択だろうと思った。
僕は何を飲もうか迷い、ブラックの缶コーヒーを選びレジに並んだ。いつものタバコを店員の後ろの棚から探していると、店員さんだかお客さんだかわからないお婆さんが、空いたレジに向かい、アニメグッズの整理をしている。丁寧にホコリを取り、綺麗に箱に陳列させ、それを永遠に繰り返してる。
えっと、僕レジを待っているんだが、と突っ込みそうになりながらその光景を見ていた。タバコの捜索も忘れて。
きっとあの婆さんが店主なのだ。よく昔の中華料理屋に居た、カウンターの隅でタバコを吸いながら新聞を読んでいる、ひどい時には瓶ビールを開けているような店主と同じ匂いがした。そう、この大量のアニメグッズは、あの店主のただのこだわりなのだ。誰のためでもない、ただのこだわり。僕はその光景に最近は見ることの少なくなった「潔さ」まで感じてしまった。
僕はレジのインド人風の店員に呼ばれ、持っていた缶コーヒーを差し出した。インド人は僕の頭に一瞥をくれたあと、すぐにレジ打ちに集中した。見てはいけない物を見てしまって、意識的にそれを忘れるような素振りだった。大きな目は恐怖なのか、驚きなのか、終始大きな目だった。無関心のようにも見えるその目は一点の曇りもない美しい瞳で、全てを見透かす事が出来る瞳なのかもしれない。僕の砕けた頭を見られたのか、砕ける前の幻影を見られたのかもわからない。そう言う目でみられると、僕は自分の頭が砕かれている事を思い出す。そう。
今、僕には頭がないのだ。
Now, I have just a shattered head.
「ない頭で考えろ」と僕の父親に幼い頃よく言われたが、まさに今そう言う状況に置かれている。その時はよく理解出来なかったが、今の自分ならものすごく理解出来る言葉だ。僕にその言葉を投げかけた父親は、恐らく驚愕的に先見の明があったのだろう。予言と言っても過言ではない。だって今の僕には頭がないのだから。
僕は店を後にした。そして2、3歩歩いたところで、タバコを買い忘れたことに気づき、よく考えた後、あの澄んだ瞳にもう一度会いに行く事に決めた。
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