第4話 機能

 頭が砕けて困ったことはいろいろある。自分が思っていたよりも頭が持つ意味は多岐に渡るようだ。首から上の部位は好みの異性を選別したり、感情を表現するだけの機関ではない。人が他人を認識する手段として、頭は非常に効率的なツールになっているのだ。それは顔もそうだが頭髪や耳、頭の形、首筋、そう言う物を全部ひっくるめて僕を僕と認識する事ができるのだが、それが砕かれ、粉々になった今、誰が僕を僕だと認識してくれるのだろうか。筆跡や体で僕が僕であると認識してくれる人はほとんど居ない。

その中でも最も頭がない僕の尊厳をさらに打ち砕いた事は、iPhoneの顔認証が一切使えなくなったことだった。


 流行病のおかげでマスク生活が始まった頃も同じような現象が発生して社会現象となった。(社会現象は言い過ぎか。)まあ、それはどうでもいいのだが、マスクをして顔認証が使えなくなり、指紋認証が再認識され、マスクしたまま認証させるチートが流行った。様々な裏技が開発されたが、僕は結局都度マスクを下げると言う一番オーソドックスな方法を選んでいた。


しかし、頭が砕けていると(念のため説明しておくが頭だけではなく顔の大半が砕けて欠損してしまっている)顔認証はどうやっても僕を認証してくれない。1日多い時には7時間近くも見つめあっている君は、それでも僕を僕だと認識してくれない。「お前もか。。。」僕はそう思った。誰よりも僕を癒し、導き、酸いも甘いも一緒に過ごしてきたパートナーだと思っていたのに。頭がないからってなんなんだ。直ぐに手のひらを返しやがって。僕は沸々と怒りが込み上げていた。


僕は思い切って顔認証機能がないタイプのスマホに乗り換えを考えた。あれから頭の破片を探すために街に出る事が多くなったので、通りの電気店のスマホコーナーに時間を見つけては立ち寄っていた。幾つか候補もあったし、googleピクセルの写真の美しさにも少し惹かれていた。


でも、僕はずっとiPhoneを利用してきたし、キャリアを変える事があってもずっとこれを使ってきた。たとえWindowsでのバックアップや同期が簡単になったとしても、MacのデスクトップとiPhoneのペアは変更することはなかった。何故かってそれは説明の難しい問題で、言わば宗教上の理由であり、そのほかのメーカーのスマホに乗り換えるのは絶対に許されぬ事だったから。


次の日。店頭で幾つかパンフレットをもらい、家に帰った。夕食は帰り道のスーパーで買った20パーセント引きになり損ねた厚切りハムカツとマッシュルームと生ハムのサラダ、そしてビールを飲んだ。


夕食を終え、洗い物を済ませてから今日電気屋でもらってきたスマホのカタログを一式テーブルの上に置き、あらためてスペックと認証方式を表にまとめた。頭は砕けても几帳面な部分は相変わらずだった。


目星をつけていた機種の大体を表に写し、最後の機種に取り掛かろうとした時に、カタログとは別の店舗のチラシがひらりと床に落ちた。僕はそのチラシを拾おうとした時、ある文言に目が落ちた。その文言は注意事項欄で、小さく、弱々しく、申し訳なさそうにこう記載されていた。


「新規ご契約の際は、ご本人様確認の為、顔写真付きの身分証明書と印鑑をご持参の上、ご来店いただきますようお願い申し上げます。」

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