戯言にしておいて。

裏掟シニメ

戯言にしておいて。

生きていたいのか、そうでないのか、時折、わからなくなる。そういうとき私は決まって、手首にカッターを突きつける。少しの熱とともに生温い液体が白い肌を伝って泣いた。スマホの画面はだいたい六時。あー、きっともう死ねる。


私は一体どこから間違っていた?いや、これが私の正常なのか。わからない。わからないって、都合の良い言葉だ。責任を丸投げしてしまえる。わからないと言っていれば、異常者になりきることができた。小さくなって消えてしまいそうな鼓動を、ただじっとこの身体に宿して、また息をする。


「おはよう」

ぼそりと呟いた朝のしもべに誰も返事をしない。一人きりのワンルーム。隣の家に住む、家族の笑い声が聴こえてくる。ああ、六時って、夜のほうか。


気分転換に外に出ましょうなんてよく言うけど、今になって外に出たなら、まわりに申し訳ないくらいの悪臭だ。平気で虫やら何やらと暮らしている身だし、風呂に入ろうにもカビだらけで無理。今着ている服を最後に、着られる服なんてない。昔テレビで見た孤独死の現場の再現に、なんとなく親近感を覚えたのはこういうことか。私は本来こういう人間なんだ。


いつの日かに揃えていたロープを、ようやっと結ぶ気になった。ドアノブに強く結んでいたら、名前のわからない虫を踏み潰してしまった。“尊き命”……私は?きっと死んでしまっても変わらぬ世界。現にこの虫の息が絶えた今も、秒針は世界を刻んでいる。最も巨大で盛大な力、時間。命は本当に尊きモノなのだろうか?誰か、何かの失敗作。誰か、何かの玩具。ドールハウスのように、何者かがこの世界を見下ろしていて、操っているような気がしてならない。お気に入りの人物だけが、家庭に生まれ、人生を送っていく。


生まれ変わったら何になりたいですか、なんて質問は嫌い。何にもなりたくはないから。ただ、どうしてもなるなら空がいい。きっと何もかもが丁度いい場所。そんな気がする。


スマホの充電は残り三パーセント。特別な人なんていないから、誰にもさよならを言う必要がなかった。いないことは無いけど、相手からしたら私など取るに足らない存在でしかないから、連絡先も知らなかった。馬鹿みたいだ。


虫の羽音。元気だなぁ、すごいな。一匹目を見たときは気味悪かったのに、数十匹いる今ではもう、ただ羨むだけだ。人間のように“仕事”だの“学校”“勉強”だの、“恋愛”だの、余計なことが無いから、こんなに生きることに一生懸命になれるんだろう。でも、生きていてもいいことないのよ。どうせ死ぬ。


ゴミ袋の山々をかき分けて、座れるスペースを作った。ロープで作った輪に首をかけ、ゆっくりと体重をかける。ぐ、と首が絞まるのがわかった。


あーあ、全然良い人生じゃなかったな。家族、学校、仕事、友達。そして、の集まった、私。後悔などに囚われてしまう前に、はやく死んでしまいたい。


頭が心臓のように熱くなってきた。どくどくと、こめかみのあたりに鼓動を感じる。私は膝に上ってきた虫に手を伸ばし、そっと、誰かが子猫を撫でるような、そんな手つきで虫に触れた。


「お前らも、いい加減解れよ……?生きていてもいいことないぞ……?」


毎日思っていたが、声に出したのは初めてだった。戯言にしておいて言わなかった。多分、通じていない。


女は目を閉じた瞬間、すっと眠るようにして死んだ。潜んでいた蛆やらが、動かなくなった女に群がる。

女は何処となく、嬉しそうだった。

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戯言にしておいて。 裏掟シニメ @mizlim_0728

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