母が死んだ日
ツヨシ
第1話
私が子供の頃の話だ。
ある日、なんの前触れもなく母の姿が見えなくなった。
父に聞くと「死んだ」とだけつぶやいた。
しかし母の葬式など、一切やっていない。
小学生になったばかりの私でも、おかしいことに気づく。
そして父に何度もたずねたが、父は「死んだ」としか返さなかった。
いつも小さくつぶやいて。
父一人息子一人の生活。
父は仕事以外に家事もそつなくこなしたので、基本的には母がいる時とあまり変わらない生活となった。
ただ、母だけがいなかった。
その年の夏休み、母がいなくなったにも関わらず、何事もなかったかのように母方の祖父母の家に遊びに行った。
毎年一週間ほど泊まる。
父は仕事もあり、留守番だ。
私は早速、祖父母に聞いた。
母はどうしたのかと。
すると祖父も祖母も「死んだ」と言った。
二人ともなんの感情もこもっていない声で。
私はもう祖父母には母のことは聞くまいと思った。
次の日、祖父母の家の近くの川で遊んでいると、誰かが自転車で川土手を走る姿が見えた。
それはどう見ても母だった。
顔が見えていたのは短い間だったが間違いない。
私は慌てて追いかけたが、追いつくはずもない。
――どうして?
そのまま祖父母の家に帰る。
祖父母に母に会ったことを話そうとしたが、どうしても話すことができなかった。
返ってくる答えが怖かったのだ。
かわりに祖父母の家を隅から隅まで見たが、母が住んでいるような様子は全く見つけることができなかった。
予定の日が来て自分の家、父のもとに帰る。
それからはまた父と二人暮らし。
その後も何度か祖父母の家に泊まりに行ったが、母の姿を見ることはなかった。
やがて高校大学を卒業し、社会人となった。
それでもあの日母に会ったことは昨日のことのように覚えていた。
そうこうしているうちに、久しぶりに祖父母の家に遊びに行くことになった。
何年ぶりだろうか。
祖父母は確実に年を取っていたが、高齢にもかかわらず元気なようだ。
昼食を食べた後、その辺を散歩しようと祖父母の家を出た。
田舎のおいしい空気。家の前で大きく伸びをしていると、女が歩いて来るのに気がついた。
中年の女性。一目でわかった。その女は母だった。思わず見ていると、女が気付く。
なにこの人、と言った顔で私を見る。
しばらく私を見ながら歩いていたが、やがて小走りに立ち去った。
私と同様に年を重ねてはいるが、あの女は間違いなく私の母だ。
しかし母は、私を息子だとは気づかなかった。
小学生から成人ではその見た目に変化が多いものの、実の息子に全く気付かないなんて。
私は思った。
やはりあの時、母は死んだのだと。
終
母が死んだ日 ツヨシ @kunkunkonkon
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