第39話 契約成立


 ヤギハシさんとシンシアちゃんは、互いの手を握り合って心配そうにこちらを見つめている。


それは、そうだろう。


正面きって、悪魔侯爵に喧嘩をうっているのだから。


少し冷静になったのかアスタロト様は、黙ってわたしを見つめている。


でも、わたしと視線が合わない。


「魂を売ってまで、なにを望む」


静かな声だった。


あの大好きな落ちついたバリトンボイスが、耳に心地がいい。


「悪魔になりたいです」


「……復讐のためか」


「違います」


こちらをむき直り、静かに問われた。


「ならば、強さを手に入れ、自由に生きるためか?」


かつては……


「そうでしたわ」


「でした?」


アスタロト様はわたしの横たわるベッドに一歩、近づいた。


「ええ、アスタロト。昔はね。でも今のわたしには夢があるの、かなえたい夢が」


「夢?ほう、聞かせてもらおう」


二歩さらにこちらへ戻ってこられた。


「今は、ダメよ」


「フッ、無駄なこと……」


アスタロト様の顔色が、曇った。


「あなたに考えを読まれないように、朝食の卵料理をなんにするかしか考えてないから」


憮然ぶぜんとした表情でまた一歩こちらへ近寄ってきた。


ヤギハシさんとシンシアちゃんはハラハラした表情で、見守ってくれている。


「悪魔にしてくれたら、教えてあげるわ」


アスタロト様はベッド近くにある、わたしのお気に入りの鏡台へ近づいて行った。


「早くしないと、わたし消えちゃうかもしれないんでしょう?」


「悪魔を脅迫する人の娘人間など、聞いたこともない」


鏡台の椅子を持ってきてベッドサイドに座った。


アスタロト様が、腰をおちつけて、わたしの話をきくになった表れだろう。


「魂を差し出せば、願いは叶う」


「お願いするわ。悪魔にしてちょうだい」


「人間には戻れない、それでもいいのか?」


「いいわ」


「天国の門をくぐれた資格を失うんだぞ」


「望むところよ」


「永遠をさまようことになるぞ」


「構いません」


「マリー、お前は、大勢の人間が望んでやまない、天国ゆきの権利を捨てようとしているんだぞ!?」


「アスタロト!ええそうですわ。わたくしの幸せは、わたくしが決めます!あなたではないの!アスタロト!!いつまでも、太古からの悲恋モノみたいに、君のために身をひく?はぁ~ですわ!あなた悪魔でしょう!しかもかの有名な四大悪魔の一角をになっているんでしょう?なにを人間一人の魂に怖気おじけづいているの?悪魔なら悪魔らしく」


アスタロトさまは、急にたちあがり


「しょうがないだろう!こんなに思ったのは初めてなのだ、こんな思いは……」


「あら!」


「マリーのことが、心配で、心配で、しかたないのだ!」


「まぁ!」


「悪魔になって後悔した前世かつての君を、思い出さずにはいられない!!」


「違うでしょ!それは、わたしであって、今世いまのわたしじゃない!わたしは、タイムリープの中で、学んだの、何が大事でなんのために生きるのか!考えたのよ!何度も殺されて、何度もアスタロトに助けられて、そしてわかったの」


アスタロト様はこちを見た。


ちゃんと目が合った。


「あなたと共に、生きたいの。わたしは!」


「マリー……」


アスタロト様は、毒気が抜かれてしまったように再び、スツールにへたりこむように座った。


「さぁ、弱虫悪魔さん、わたくしと契約しなさい」


「降参だマリー殿。我は、そなたと契約す」



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