第23話 王太子の真の目的


 エーデンバッハには、人の気配が全くしない。


小さな村だがそれなりに村人は、いるはずなのだが、様子がおかしい。


考えられることは、今日のためにオイジュス王太子によって人払いがされていることだ。


オイジュスが、人払いをするときは、都合の悪い時と今までの経験からわかってしまう。


初夜がそうだった。


そのせいで、何度も初夜に殺された。


だが、そのおかげで逃亡できたこともあった。







 エーデンバッハの教会にいるのは、アスタロト様、ヤギハシさん、そしてわたしの三人だ。


本来はアスタロト様とヤギハシさんの二人で十分とのことだったが、わたしが無理矢理ついてくるという暴挙にでた。


デスピオ火山城で激しいやりとりをした末のことだった。


「反対だ!!」


「お願いです!一緒に行かせてください!!わたしが決着をつけるべきことなんですから」


何度もキッパリと断られ続けた。


けれど、自分にかかわっていることだからと、強引に連れてきてもらった。


「危ないことはするな!」


「いうことをきくこと!!」


以上が、アスタロト様からの絶対条件だった。


幼いころお母様から繰り返し言われたお小言と同じ内容。


なんぜかしら?


頼りないと思われている?


それなら、わたしが悪魔として大成しつつあることをお伝えして、安心していただこう!


「最近覚えた、必殺技があるのですが……」


「なんだと!ダメだ!どこで、そんなもの覚えた!?」


わたしは、無意識にちらりとヤギハシさんを見てしまった。


アスタロト様の怒りの矛先は、ヤギハシさんへ向いてしまった。


「ろくでもないことを!危ないことをおしえるな!!」


「なにをそんなに、心配されているのですか?」


「あたりまえだろう!!」


おとりにでも使えばいいではありませんか?マリー様は悪魔なのですから、死ぬ心配はないでしょう?」


ギョッとした。


本人を目の前にして言っちゃう?


悪魔の眷属けんぞくらしい発言だととらえることもできるが、いつものヤギハシさんを知る身としては、らしくない発言だと感じた。


「そんなことをせずともー」


険悪な空気をかもしているアスタロト様のことばをさえぎって、努めて明るく言ってみた。


わたしのせいで、争わないでほしいから。


「悪魔の力で、チョチョイのチョイ。怪我けがをしてもチョチョイのチョイです」


「マリー!!お前!ふざけているのか!?」


「ふざけてなど、アスタロト様こそ、悪魔らしからぬその態度、おかしいではありませんか?」


「おかしくなどない!!」


「わたしは、ヤギハシさんに頼み込んで、新たな技を習得したんです。ヤギハシさんのせいではありません。しかもその技は、なんと!『悪魔の業火』です!!」


「業火?マリー、おまえがか!?」


「心配ならば、アスタロト様が、じかに手ほどきをして差し上げればよかったのですよ。どうせ、アホ王太子が相手です」


というような押し問答の末に、この場に連れてきてもらった。







 エーデンバッハ村に、正午の鐘が鳴り響く。


教会の中から、オイジュス王太子と大勢の甲冑に身をつつんだ騎士たちが出てきた。


「やぁ、よくぞ逃げずにやってきたな。褒めてつかわす」


以前にもまして尊大な物言いをするようになっていた。


絵にかいたような嫌味な態度だ。


「おやぁ~?そこにいるのは、『淫乱マリー』じゃないか?ぼくのところに戻ってくる気になったかな?」


「なにを馬鹿なことを!絶対に戻りません!!」


「おやぁまぁ困った奥様だ。あれれ。髪の色変えたんだね。黒いのもいいねぇ」


ゾゾゾっとした。


ーあのバカは、なんでもいいのか?ー


心の中で、アスタロト様とヤギハシさんとハモってしまった。


「黒より金髪のほうがお好きなんではないのですか?エリス王女様のような!」


「アハハハハハ。そうだね!朝露の白薔薇のほうが、美しいもの」


「みさげた奴ですね~」


いかにもあきれ果てた様子でヤギハシさんが言い捨てた。


あの……


「人間とはおもえん、みさげた奴だ」


ふたりともテレパシーは?


本音が聞こえていますが?


「なに~?何か言った?ぼくはね素直なんだ。自分の欲望に。それで他人がどうなろうと知ったことじゃない。マリー、君だってそうだろう?王太子だからぼくと結婚したかったんだろう?」


『違う』といいたかった。


初恋だったから。


でも今ではそのことを、アスタロト様に知られたくなかった。


あのバカにも、死んでも言いたくない!


ーだから来るなと言ったんだ。おまえが嫌な思いをするだけだとわかっていた……ー


ーアスタロト様!?ー


「帰ってくるなら許してあげるよ~」


ブチッ!


堪忍袋の緒が切れる音がした。


「帰るわけないでしょう!人殺し!!」


「殺してないよ~。失敗してるじゃん~」


アハハハハハハ。


馬鹿みたいによくも笑えたものだ。


しかも、自分の失態を。


ー人間としてのタガが外れ切っている。真に受けるなよ、マリーー


「あんまり、すげない態度はよくないよ。マリー。家族がどうなってもいいの?」


「!!!」


「あれれれ?ぼくから、逃げ切れると思った?商人風情ふぜいが?」


「噂は聞いたわ!」


「へぇ~、どんな?」


「宗主国で斬首……」


「ああ。『斬首刑』にされったてヤツ?信じたの?泣いた?ねぇ」


「いい加減にしろ!!」


「あれ?なにをムキになっているのですか?悪魔侯爵ともあろうお方が」


「お父様たちはどうなったの!?」


嫌な予感がする。


悪魔になったのに、心の中で不安にぬりつぶされそうだ。


アスタロト様が、わたしの肩に手をまわしてはげますように支えてくれた。


テレパシーなんかなくても伝わってくる。


「いいよ~。ぼくは『王太子』だから。答えて、あ・げ・る。それに、マリーのファーストキスに免じて教えてあげるよ。宗主国に、なんか~、手紙を持っていこうとしていたから~、宗主国の大臣に頼んで捕まえてもらったんだ。大臣は、エリスのことを気に入ってるから、なんでも言うことを聞いてくれるよ~」


その直後、わたしは怒りに体をふるわせた。


だから、ヤギハシさんがアスタロト様の様子に注視しているのに気づかなかった。


街での噂は、ほんとうだったのだ。


お父様たちは、逃げ切れなかったのだ。


真っ暗な穴に落ちていく気がする。


「もちろん、私財は、すべて没収。あっイヤ、なんだ。たっくさんあるから。あんなにあったら、使い切れないね」


「お父様たちは、どうなったの!?」


わたしは、知らず声が震えていた。


オイジュスへの怒りとわたしのせいで家族が犠牲になった悲しみのせいで。


「牢獄にいるよ。ぼくの口添えで、ねぇ、助けてあげられるかもよマリー?」


嘘だ!


ーマリーお前の家族は、こちらで助けるー


「マリー、君を遺産めあててで殺す必要はないんだ。でもね~」


「でもなによ!?」


ー落ち着けマリー挑発になるなー


「でも!?」


オイジュスは薄ら笑いを浮かべ真の目的を語りだした。


「マリー、君に生きててもらっちゃ困るんだ。君は、頭がいいから、知り過ぎた。ぼくの悪事の数々を。王妃ママの毒殺、国王パパの暗殺未遂、汚職に、横領、エリス王女様ねぇさまとの関係。アハっ!ぼくってなんて汚れてるんだろうね」


「悪魔も真っ青だな」


「アスタロト、驚いた?凄いでしょう!けど生き証人のマリーを野放しにはできないよね。ぼくの欲望は、まだまだ叶えなくちゃならないから!それと、初夜に花嫁に逃げらたことになってるけど、ぼく、我慢ならないんだ。お姉さまは、その方がいいと言うけれど、かっこ悪いじゃないか!!新妻に逃げられるなんてさ!」


気がふれたように激しく地団駄じたんだを踏むオイジュスの姿は、狂気にみちていた。


アスタロト様がわたしの肩に置いた手に、力がこもってゆく。


ー大丈夫か?毒気どくけにあてれただろう?もうこれ以上は、話をしないほうがいい。アイツはもう正気ではないー


「オイジュス!こんな大勢の騎士ぶかたちに聞かれてもいいの!!」


「構わないよ~。み~んな、お金で雇ってもらった宗主国の騎士ばかりだから!」


「!!!」


「当たり前だろう。王国の騎士を連れてくるわけないよ~。アスタロトに歯が立たないうえ、意外とへスぺリデス家の当主をかっている奴が多くて、いうことなんか聞きゃしなし。だから、心配ないよマリー。あとね、彼らは君を仕留しとめ損ねた暗殺者よりみんな腕が立つから、安心して殺されな」


ーつくづく見下げた奴ー


再び、わたしたちは、テレパシーでハモった。


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