第2話 幸せな結婚


 「マリー、今日は一段とキレイね」


わたしは、女性の声でハッと我に返った。


……眠っていたのかしら?


わたしに話しかけていたのは、エリス王女様?


「……ありがとうございます。エリス王女様」


今日から、義理の姉になるエリス王女様にややひきつった笑顔でお礼を述べた。


わたしは、マリー・へスぺリデス、十六歳。


花嫁控室で婚礼の支度を終え、結婚式の開始を待っている。


今日、わたしは、スオカ王国のオイジュス王太子様と結婚する。


二年間、この日のために様々な準備をしてきた。


そばに付き添ってくれているのは、王太子様の二つ年上の実のお姉さまのエリス王女様。


スオカ王家は、皆さん金髪碧眼の美男美女ばかり。


その中でもエリス王女様は、群を抜いていた。


『朝露の大輪の白薔薇』と呼ばれている。


別名の通りにみずみずしく、艶(つや)やかな美しさを誇っていらっしゃる。


妹ばかりに囲まれて育ったわたしにとって、初めての『姉』ができて、内心とても嬉しい。


見た目だけでなく、エリス王女様はとても気さくでお優しい方。


平民のわたしが肩身が狭い思いをしないように、陰になり、日向になり王家で味方になってくれた。


例えば、結婚式の準備に、オイジュス王太子様は、毎回同席して頂くことはできなかった。


特にここ一年は、隣接するデスピオ火山地帯を根城にする四大悪魔の一人との戦いの総大将を任されていた。


その悪魔は、悪魔なのに爵位があたえれていると聞いた。


しかも『公爵』の位ときく。


名前は、わからないけれど、その一族の名を「アスタロト」というらしい。


そのせいで、ドレスの相談、大聖堂の飾りつけ、祝賀パーティーのことなど、わたしは、エリス王女様に相談しながら決めていった。


「ドレスは、華美になり過ぎては、ダメよ。宗主国から招待する大臣は、豪華なものを嫌うから」


この一言で、ドレスに縫い付けるはずのダイヤと真珠の飾りは、無駄になった。


だが、教えていただけなければ、大恥をかくところだった。


「オイジュスが花嫁に抱いているイメージは、『純真華憐じゅんしんかれん』だから、白以外の色は極力使わないで、そうそうへスぺリデス家の象徴色のシルバーは極力抑えめにして。祝賀パーティーでは、食器はすべて、純銀製のカトラリーを花嫁道具として持参するのだから、絶対にシルバーはつかわれるから問題はないでしょう」


この二言目で、王家への花嫁道具に大量の純銀製のカトラリーの準備を急遽しなくてはならなくなった。


でも、エリス王女様からの助言がなかったら、平民の娘を嫁にするからだと、王太子様が立場を危うくするかもしれない。


一時は無理と思われていたその準備も、お父様とオイジュス王太子様のおかげですべて期日前までにそろった。


わたしは、お父様と王太子様に安堵と感謝をしてもしきれないほどだった。


なぜなら、お父様の海上貿易力と王太子様が隣接するデスピオ火山地帯の悪魔を制圧しつつあったため、海路と陸路の両方からの運搬ができたからに違いなかったからだった。


これには、準備をあやぶんでいたエリスお姉さまも、


「流石!!オイジュス!花嫁のために力を尽くしたのね!」


とほめちぎっていた。


ますます、忙しくなるオイジュス王太子様。


たまにお城に戻っても、すぐさま戦場へトンボ帰りだった。


けれど、エリスお姉さまに、わたくしへの伝言をたびたび託してくださっていた。


『愛するあなたへ。なかなか会う時間がないが、ぼくたちの心も体もいつも一緒だよ』


「こんなメッセージカード未婚の姉に託すなんて、オイジュスったら、こまったものね」


「うれしいです。わざわざありがとうございます。エリス王女様。オイジュス王太子様のご武運をお祈り申し上げます」


白いメッセージカードと一凛の白薔薇。


これだけで、わたしの心は満たされた。






エリス王女様の数々の協力を得て、準備を進めてきたが、一番困ったことがある。


それは、招待客だ。


「マリー。ごめんなさいね。招待客のことなのだけれど、リストを渡すことは挙式の直前までできないの」


打合せをかねたアフタヌーンーティーで、ファーストフラッシュの薫り高いダージリンを口にしながら、こともなげに、エリス王女様はおっしゃった。


この席には、わたしの父母と二人の妹も同席していた。


数ある打ち合わせのなかでも最重要案件だった。


「エリス王女様、それは何故ですか?」


「お父上様の問いは、もっともですわね。けれど、これが、王家と姻戚になるといういうものです」


「というと、どういゆことでしょうか?」


「お母上様、わがスオカ王家が招待するお客様は、一人のこらず、超重要人物ばかり。もう、ここまでお伝えすればお判りでしょう?」


「『安全上の理由』ということですか……?」


「ええ!!そうですは!さすが、才女と名高い妹君のケール」


お父様は、この会話の最中に苦い顔を一瞬なさあった。


その一瞬のくぐもった表情に気づいたのは、わたしだけだったようだ。


「むろん、それは理解しております。ですが、こちらも、招待客を……」


「お父上様、それは、ご親族だけに」


「!?」


「跡取りではないのですよ。マリーさんは。長女といえども、娘の結婚式です。盛大にすることを考えるよりも、これから王家と姻戚になり、爵位をもった後のお付き合いを視野に入れた方が……」


「お言葉ですが、エリス王女様、確かに跡取りの男子ではありませんが、マリーは十六歳になれば、王国憲法おうこくけんぽう上の成人になります。しかも、我が家の成人相続人筆頭せいじんそうぞくにんひっとうになります。それ相応そうおうの……」


「お父上様。もしも、祝賀パーティー中に万が一のことがあったら……」


「あなた。ここは、エリス王女殿下の御言葉に従いましょう。せっかく、言いづらいことをご助言なさってくださっているのよ!」


「ああ、お母上様、わかってくださりありがとうございます。わたくしも御父上様と同じ立場なら、いぶかしむところです。でも、仕方がないのです。せめてわが母が存命であれば、父が国王でなければ……」


「ああ、そんなことおっしゃらないで!!エリス様!」


「ありがとう。末の妹君のモイラさん。貴女は、噂にたがわぬ、優しい淑女だこと」


モイラは、生まれて初めて会った、『朝露の大輪の白薔薇』に認められ頬を赤くしていた。


お父様も、不承不承ふしょうぶしょうに承諾した。


結果、へスぺリデス家の参列者は、ごくわずかではあったが、負担する費用は、莫大なものになった。






 結婚式もまじかにせまったある日、国王陛下の急な病のため、この婚礼を遅らせたいと国務大臣を通してはなしが持ち上がった。


しかし、オイジュス王太子様が、こんな時だからこそ、即位の準備の一環として、婚礼の延期は避けたいとし、これを退しりぞけてくださった。


オイジュス王太子様は、とある昼下がり、突如とつじょ我が家にわたしを訪ねてきた。


「負担の多くは、へスぺリデス家によるものだ。延期となればなおのこと」


「そのようなこと、ご心配いりません。オイジュス王太子様のためですもの」


「心苦しいよ……それに、マリーぼくは、もうこれ以上!君を自由な身にしておけないよ!!」


「どうしてですか?」


「決まってるだろう。ぼくだけのマイスィートエンジェル」






艱難辛苦かんなんしんくをのりこえての婚礼の準備で苦労も多かったが、今日という日を迎えてみれば、すべてがいい思い出のよう。


「マリーったら、わたくしたち今日から姉妹なのよ。他人行儀でさみしいから様は付けない約束をしたでしょう?」


「そうですが、わたしは、平民ですから……」


「もう、そんなことを言ってはダメよ!よく考えてごらんなさい。へスぺリデスの財力は,この小国のスオカ王国の歳入さいにゅうの三分の一に相当するわ。そんな大金持ちのお嬢様が卑屈になってはだめよ!」


「はい……」


「今日からあなたは、王太子妃。堂々としなさい。それが、弟のためにもなるの!」


「ハイ!……エリスお姉さま」


「まぁ!?嬉しいわ。わたくし小さいころから妹が欲しかったの。だから、とっても嬉しいのよ」


エリスお姉さまは、わたしの手を取り握りしめた。


意外な力の強さにわたしは、顔をゆがめそうになったが、ぐっとこらえた。


エリスお姉さまは、わたしの赤い巻毛に触れた。


すこし、嫌な気持ちがしたが、エリスお姉さまに対して失礼だと、わが身をいさめた。


「何度見ても、ほれぼれするウエディングドレスね」


「ありがとうございます。これは、遠い異国よりお父様が、今日のために生地やレースを取り寄せてくださった。特別なものです」


父の深い愛情に、おもわず口元がほころぶ。


私の生家は、貴族でこそないが、スオカ王国をはじめ近隣諸国では名とおった貿易商の家柄だ。


商売柄、遠方の他国から必要なものを取り寄せるのは時間はかかるものの、造作もないことだ。


現に、わたしのウェデイングドレスは、他国から取り寄せた白いオーガンジーを、贅沢に何重にも重ねている。


その上に、大輪のバラの白い刺繍がふんだんにほどこされているレースがウェディングドレス全体に装飾され、ウエディングドレスのプリンレスラインを優美にみせてくれる。


わたしの生涯に、ただ一度の唯一のドレスだ。


「マリーの細い体にぴったり。シンプルだし」


わたしのこめかみがピクッとした。


なぜでしょう?


エリスお姉さまの言動には、たまに悪意を感じる。


でも、わたしは自分の狭小きょうしょうさに、そのたびに傷つくのです。


「マリーのお父上様も金に糸目はつけないで、ご準備したんでしょうね」


まただ。


エリスお姉さまの物言いに、わたしの心はチクリと痛む。


そして、わたしは自分が嫌になるのだ。


妹たちからも考え過ぎだ、気にし過ぎだと指摘されている。


自分の暗い考えを頭からふりはらった。


だって、今日は生涯最上の幸せの日。


これから姉妹になる方の気持ちを悪く取ってはいけないわ!!


「オイジュス王太子様との結婚で、恥ずかしい思いをしないようにと、お父様が、心を砕いて準備をしてくださったのです」


「そうでしょうとも!可愛い娘が王太子と結婚すれば、いっきに並み居る貴族をおしのけて、王族との姻戚関係いんせきかんけいを結べるんだもの!!」


「!!」


「あら、マリーそんな顔してはだめよ。あなたの結婚は、両家にとって有益なのよ。スオカ王家としては、お金に長けたお父上様を正式に家臣に加えられる。お父上様は念願の爵位があたえらる。両家の発展に貴女は、力を尽くせる唯一の存在なのよ!なにを驚くことがあるの!?」


「そっ、そうですわね。エリスお姉さま」


エリス様の言葉に同意したものの、オイジュス王太子様とのことは、政略結婚ではない。


わたしたちの結婚は、運命なのだから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る