サッカー補欠エリートハラさんと内気な僕と紫のパーカー

猫又大統領

読み切り

 病弱で休みがちな僕は学校に登校しても、放課後は図書館にひとりで時間を潰していた。

 あと一押しで沈もうとしている夕日が僅かに残す光を頼りに家へと向かう。その時、数十秒。もっと短い。それとも、長かった。波打つような強弱のある大きな光が日没間際の空に現れた。

 次の日のニュースはこれで持ちきりだった。流れの激しい世間には、隕石やオーロラなのだということで瞬く間に片付けられた。

 それでも、僕はあの光を自然現象とは思えなかった。同じように光を実際に見た人たちは、あの出来事を超常現象の類だと思っている、と新聞記者の父さんが教えてくれた。

 そして、父さんが務めている地方の格式高い新聞には決して掲載できない話も聞かせてくれた。それは光の中にを見たという証言だ。

 その話を聞いて僕は一瞬ドキッとした。見たからだ。その人を。新聞には書けない不思議な話。

 

 それから数か月がたち、あの出来事を意識する日もなくなったころ。病弱な体は次第に様々な症状を出すようになった。突然の発汗や喉の渇きに始まり、やがて食欲が止まらなくなり、普段通りの食事以上に食べているにも関わらず空腹で胃が痛くなるほどだった。心配した母は病院を勧めてくれたが、断った。病気と診断されるのが怖かった。

「もう病気は十分……」

 僕が呟いたその言葉を聞くと母は黙った。

 母はそんな僕のために食事を作り続けた。間に合わずに外へ弁当を買いに行くこともあった。その努力の甲斐もなく、食欲は止まらなかった。そんな事が続いたある日、起床からすぐに食べ続けた僕は5回目のご飯が炊きあがるのを待てず、精米しただけの米をバリバリと食べているところを母に見つかり、母は過呼吸になりんがら目から涙をこぼした。そんな時、父が長期の出張から帰宅し、掛かり付けの病院へ行くことになった。

 病院で診察を待っている間、母はひたすら父に泣きながら謝っていた。それを見る僕は心がひび割れていくようだった。でも、食欲も出てきた。

 掛かり付けの病院に行くと、すぐに先生からこの症状を抑える薬を注射すると説明があった。副作用は激しい眠気があるという。先生が手慣れた手順で注射を打ち、僕と似たような症状を専門で見ている大きい病院を紹介してもらい。そのまま入院するということになった。流れるような対応に、もっと早く病院に来ていればと、後悔と母の泣いてる姿が目に映ったが意識も少し遠くになってきた。僕は瞼の重たさに任せるまま目を閉じた。

 


 

「おー。お目覚め?オダ君」

 聞いたことのない声だった。

「えっ……はあ」

 声の方に目をやると、焼けた顔の体育会系の匂いがする姿に少し怯んだ。

「おいおい。そんなキョトンとすんなよ。同じ部屋だぜ。オダ君」

 僕の視界に入るのは白い天井と個人の空間を守るためには心細い薄さの白いカーテン。そして、ベッドで横になっている僕の顔を覗き込む一人の同じ年ぐらいの男だった。

「オダ君。オダッチ。まだ寝る? 君は丸一日寝ていたんだよ。もう、今日は夕方ですよ」

 その声に反応し、上体を起こしてあたりを見ると、どうやら大部屋でその病室には僕とハラさんの二人だけだった。

「えっ丸一日ですか……」

「あの注射打ったんだろ。すごいよな、眠気が! 俺もあれ打った時すぐにぐっすりよ」

「は……はい……あの、僕は入院してるんですか?

「その通り! 俺は君の一個上のハラだ。ハラさんと呼ぶんだぞ。君のことはオダッチとよぶ」

「はい……ハラさん」

「君のことはお母さんから聞いてる。寝ている間にオダ君のこと頼まれたんだ」

 どおりで僕の名前と年齢を把握している訳だ。

「君もあの光を見たんだろ?」

 あの光。そう言われただけですぐにわかってしまう。

「はい」

「そうか。やっぱりか」そういうとハラさんは腕を組んだ。

「えっ。ハ、ハラさんもですか?」

「ああ。そしてここに入院する人はみんな」

「たまたまじゃないんですか? だっ、だってニュースで何も言ってませんよ」

「ニュースで流せるのか? 空で光っていたものを見た人が次々と体調に異常が起きてるって? 混乱するぜ」

 それが事実だとすると、確かに大きな混乱が起きる。それにそんな突拍子もないことをは新聞には載らないことはよく知っていた。

「まあ、俺は元の健康に戻れればどうでもいいけどな」

 ハラさんはそう言いながら白い歯を見せた。

「ここはどのくらい入院するんでしょうか?」僕は恐る恐る聞いた。

「それはまちまちだな。入院した次の日に退院したやつもいたな。俺は二ヶ月だけど……」

 ハラさんの顔が少し曇ったようで申し訳なくなった。

「今日は、オダ君のために夜の病院巡りをします。肝試しだよ。肝試し」

「怖いの苦手ですよ」

「安心しろって。俺も苦手だ。一緒に巡るぞ!」そういうと袖をまくり全く盛り上がらない上腕二頭筋を僕に見せてきた。

「そうなんですか……一緒なら、はい」

 僕は少しうれしかった。初めて青春らしさを感じたような気になった。

「なんだか楽しそうね」女性の声が部屋の入口から聞こえてきた。

「あ、起きました!」ハラさんが僕を指さして言った。

「体調はどう?」

 白衣を着たショートカットの女性は優しい目で微笑みながら僕に尋ねた。

「ダ、ダイジョブです」なんだかぎこちなくなってしまった。

「何かあったらすぐにいってね」白衣についたおそらく緊急用のピンクのブザーがアクセントになっていてかわいらしかった。

「はい。ありがとうございます」

 女性は手を振りながら去っていた。何故か僕の手が自然と手を振り返していた。横目でハラさんを見ると白い歯をめいっぱい見せながら両手を振っていた。

「あ、先生がいつ来るのか聞いておけばよかった」僕がそういうと。

「その必要はないぞ。この病院に先生はいないよ。たまに都会からスーツの連中を連れてやってくるけど」ハラさんは当たり前のようにいった。

「え? 病院……ですよね? いないんですか?」僕が焦りを隠せずにいうと。

 ハラさんは不敵に笑った。

「そうだ」

「急変とかしたら……どうすれば……」

 僕はここに来るまでの異常な空腹を思い返して怖くなる。ここでお腹がすいたらどうするんだろう。

「それはない。今までここにいて急変とか、看護師の人たちが慌てているのを見たことがないぞ」そう言いながら、親指を立てハラさんは首を縦に大きく何度もふった。

「そうですか……」僕の心配はハラさんの言動では取り除かれなかった。

「薬とか食事がいいんだろうな。専門の病院だしな」ハラさんは自信たっぷりにそう続けた。僕の不安は少し増した。

「そうだ。君は部活何部?」

「入ってないです」僕はこれからのことが気になって話に集中できなかった。

「そうか。俺はサッカー部」ハラさんは目をキラキラさせて僕に言った。

「そうですか。部活好きなんですか?」

「そうだなあ。厳しい練習や自分に与えらえた立場からくる重圧とか大変だな。嫌になる時もある。でも好きだ」

 ハラさんが窓の外に視線を移して今までの苦労を思い出しているようだった。

「まあ、俺は補欠だけどな。ずっと補欠だから補欠エリートって妹に言われてる」

「え。補欠? 補欠エリート?」予想もしていな言葉に不安も消えてしまった。

「そんなに驚くなよ。レギュラーも居れば、補欠もいるだろ?」

 ハラさんはそういうと、今できることをするんだ、と言ってサッカーの漫画を読むために自分のベットへと戻った。

 それからすぐに夕食が運ばれた。僕がよく知っている病院食の自己主張ない食事だった。

「あ、そうだ。オダッチ。そのフルーツジュース飲むのやめなよ」

「どうしてですか?」

「眠くなるんだよね。まあ、いつもはやることもないから別にいいんだけど。今日は肝試しだからさ。気のせいかもしんないけど」

 ハラさんはそういうと両隣の病室の知り合いの人たちに自分と僕の分のジュースを飲んでもらってその空の容器もわざわざ回収してきた。

「そんなに念入りに偽装するんですか?」

「そうだよ。見つかると怒られるぞ。見つかったことないけどな。厳しいのも患者の健康管理の一環だろう」

 僕たちは夕食を食べ終え、看護師の人の見回りが終わるのを確認すると、さっそく病室を出た。

 ハラさんは何度も夜な夜な抜け出し、歩き回るうちにたまたま入院患者のいない階を見つけたので、今日はそこの階で肝試しをすることになった。

 

「この階のドアノブを回して開いてないかを確認する。いくぞ! まあ、全部鍵がかかってるんだけどな」

「え、それは言わないほうが……」僕がそういうとハラさんは口で笑い声を抑えていた。

 蛍光灯は間接照明のように付いていて、灯りが極力抑えらえているようでと書かれた緑のプレートが一番明るいくらいだった。

 薄明りで先が見えない夜の病院の長い廊下は建物の中でも一番に怖さがある。僕は何故か無言で病院の静けさが持つ恐怖を味わってしまっていた。

「俺の唯一の特技はおしっこをしながらドリブルをすることなんだ。ドリションと呼ばれている」ハラさんがまとわりついた恐怖を消し去るような、特技の発表に驚きながらも僕は淡々と各部屋のドアノブを回し続けた。

「オダっちはさ、サッカーしてないからわからないだろ? ドリションってすごいムっズイからな!」

「あ!あっ、ど、ど、どうしよう」

「どうしたの?オダッチ。落ち着いて、次のドアにトライしにいこう」

「あ、え……いやあ、ひらきます。どうします!」僕は聞きながらもドアノブから手を離せなかった。

 ハラさんは目を大きく開け、口まであけて固まっていた。

 僕はハラさんの反応を待てず好奇心と恐怖心を行ったり来たりしながら、回し、止めて、また回し、それを繰り返していくうちについに回らなくなり、あとは押すだけとなってしまった。

「え、ちょっと。どうします。ハラさん。押すだけで開きますよ!」

「戻るか……まずいだろう。どうせ、中はカルテとかだろう」

「で、ですよね。はい、もど――」冷静になろうとした僕の耳に足音が聞こえてきた。

「やばいぞ」ハラさんの怯えた目が僕の恐怖心を煽った。

 僕には目の前にある扉の中に身を隠す以外の考えが思いつかなかった。

「入りましょう! 早く、なんって、重い……です。ハラさん……ドア開けるの手伝ってくださいよ」

 僕は想像よりもはるかに重量を感じるドアに戸惑いながら、持てるだけの力で押し続けるとドアが少しずつ開いた。

「ハラさん! 早く入って」

 僕は硬直しているハラさんの腕を力いっぱ部屋の中へと引っ張り、ドアに身体をめり込ませるように押し込んだ。

 ダン、と大きな音を立ててドアが閉まってしまった。夢中で気づかなかったが部屋の電気は入ると同時に付いたようだ。

 ハラさんは自分の両手を握りぶるぶると震えていた。その様子を見て部屋の中が冷蔵庫の中のような冷気が部屋全体を覆ってることに気づいた。部屋の中央にはステンレス製の大きめの箱がいくつか並んでいた。

 僕は身を隠すところを探すようにあたりを見渡すが、やはり中央にある箱に身を隠したくなった。

「何してんだよ? どうするんだ? 隠れるのやめてでてくか?」

「まってください。ここの箱に隠れればまだなんとかなるかもしれませんよ」僕はこの状況に味わったことがない青春の空気を感じていた。少しでも長く味わいたかった。

「は、箱?」ハラさんは両手をさらに擦りながら呟いた。

 僕は箱に鍵のようなもはないことを確認すると、ゆっくりと箱を開けた。

「あ、え……ここは、血液の保管所ですよ」輸液容器のようなものに入った赤い液体を指さして、、僕はハラさんにいった。

「な、そんなわけねえよ。血液なんて採取もしてないし、輸血なんてされている人もここの病院にはいないぞ」

「え? じゃあ……これは……」

 ドアが静かに開いた。

「あらら。ここでなにしてるの? だめでしょ?」

「すっすいません。肝試しです……すいません……すぐ……部屋に戻り……ます」そういうハラさんの足は震えていた。

 女性は無言で口角を上げ、微笑んでいるように見えたが僕たちを映す瞳は冷たかった。

「肝試し……か。じゃ、肝試しの続きをしましょう。この病院にいる職員全員が君たちを殺す気で追いかけるからね。殺しちゃうかも! ほら! 逃げな、逃げな」女性はそういうと腰のあたりに付いたピンク色のブザーのボタンを押した。

「逃げよう。ハラさん!」僕がハラさんのシャツを強く引っ張りながら言った。

「俺は……足が動かない」

「もう、肝がないのね。漏らさないでよ。あとで大変だから」そういうと女性の不気味な笑い声が響いた。

「おいおい、看護師が患者をこわがらせちゃいけなだろう? それともそれが本業か?」女性の後ろから声が消えた。

 そこには紫色のパーカーのフードを被った男がいた。あの日。あの夕暮れにみたその人だった。

「ようやくここに来てくれたのね。あっちこっちで暴れてるのお前なんだって? だからこっちも人を増員して待てたわ」そういうと女性はブザーをもう一度、鳴らした。

「そうかい。でもな、職員は全員体調不良でこっちにこれないぜ。病院で診てもらった方がいい。まともな病院でな」男は笑いながらいった。

「貴様! 全部お前のせいだろ! こうなったのは!」

 女性はそいうと逃げ出すように男のとは反対のほうに走っていった。

その様子を見た寒さから逃れるためかハラさんは廊下に出て座り込んだ。

「君たち大丈夫? ちょっといいかな」男はそういと僕の両肩を強く押さえつけて、首筋に嚙みついてきたた。

 僕の体の力は一瞬で力が抜けていった。

「よし、これで君はいいとして、あとは君だよ」そいうと、完全に腰を抜かしているハラさんに男は覆いかぶさると僕の時と同じように首筋に噛みついた。ハラさんは手足をバタバタさせて次第に力が弱くなっていった。

「これで大丈夫だ。本当にごめんね。俺が上空で怪物を倒したとき、破片が君たちの体に入ったそうなんだ……でもこれで元に戻るからね」

「かい……ぶつ……」僕はまだ体に力が入らず、そう呟くのが精いっぱいだった。

「あいつらは君たちを集め、眠らせている間に血を回収して怪物の力を使おうとしていたんだ。巻き込んですまない」

 男はそいうと女性の逃げた方に歩き出して消えた。

「ハラさん……大丈夫……ですか?」僕は仰向けで上体を起こすこともできないのでそのままハラさんに尋ねた。

 ハラさんが小さな声で何かを言ったが聞こえなかった。

「何ですか……大丈夫ですか?」

「し……あい……ふ……きしあい……みに……こい」

「ふ、き、し、あ、い……復帰試合? いきますよ。必ず行きます」

「え……まあ。俺は……強くないから……試合に出るだけで満足してくれ」と笑みを浮かべたハラさんを横目で見た僕はそれに釣られるように笑った。

「あと。ドリション……見せてやるよ」

「それはいいです」

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