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そして、話は現在に戻る。


ランはあの日から、毎日高屋たかやにやって来ては、どら焼を買い求め、純鈴すみれにプロポーズをし続けていた。


一週間が過ぎ、今日で二週間。どうせ三日もすれば諦めるだろうと思っていたが、ランは定休日以外は、飽きる事もなく、毎日店にやって来ていた。


そんな日々を過ごしている内に、彼は本当に時谷の人間なのかと、純鈴は改めて疑問を抱き始めていた。



時谷ときたにグループは、最近社長が代替わりをして、新社長になったばかりだ。新社長は時谷信一ときたにしんいち、確か四十代だと記憶している。

代替わりの理由は、前社長が亡くなったからだという。八十代後半にして、まだまだ元気だったというが、病気には勝てなかったようだ。それでも、数年前から信一や他の社員に仕事を割り振り、引退の準備は進めていたようで、仕事はスムーズに受け継がれていったと、テレビのコメンテーターが話していたのを覚えている。


ランは信一の弟だと言うが、兄とは随分年齢差があるように見える。それに、ランと信一は全く似ていない。テレビや写真で見た信一は、歌舞伎のような切れ長の目で細面なのに対し、ランは大きめな丸い瞳に、小さくバランスのとれた輪郭。スポーツをやっていたのか、信一は体格ががっしりとしているが、ランは細身で、タイトなスーツが良く似合っている。こうして見ると、見た目でも大分違うのが分かる。

世の中似ていない兄弟も多いので、一概には言えないが、純鈴がランの話を信用出来ないでいるのは、ランが多くを語らなかったからだ。


そもそも、ランの求婚を呑むつもりはない純鈴だ、下手に深入りしない方が良いと思い、家族の事を聞かないでいたが、二週間も毎日のように顔を合わせていれば、やはり気になってくるところ。

思いきって聞いてみると、ランは改めて時谷の家族写真を見せてくれた。それらは、立派な家の中だったり、広々とした庭だったり、海を一望出来るようなデッキ、はたまた森のような場所からだったりと、様々な場所で撮られていた。

どれもが前社長を交え、兄弟が和やかな様子で写真に収まっている。これだけ見ると、ランは時谷の人間のように見える。


だが、時谷の家族だと分かったなら、それ以外は必要ないでしょうと言わんばかりに、ランは家族の話、それから自分の事についても、あまり話したがらなかった。

純鈴としては、結婚をするつもりは無いので、聞く必要もないと言えばそうなのだが、あまりに頑なだと、純鈴には言えない事があるのかと、疑いたくなってくる。



「…あの、本当に結婚する気あるんですか?」

「でなければ、毎日通ったりはしませんよ」

「…そもそも、あなたのメリットは?あんな大企業の家族になるなら、それ相応の人じゃないと反対されるんじゃないですか?」


次男とはいえ大企業の息子だ、普通なら、良いお家のお嬢さんが結婚相手に選ばれるのではないだろうか。良い家柄で、良い学校を出て、立派な会社に就職して。そういった、時谷の家に恥じない人間が選ばれる筈だ。だが、純鈴はご存知の通り、潰れかけた和菓子屋を健気に切り盛りしている、時谷にとっては何の得にもならない人間だ。ランの好意が本当だったとして、店との交換条件を持ち出せるくらいだ、相当の理由が必要な筈。だが純鈴には、それが全く分からなかった。


「メリットも何も、あなたが好きだからですよ」


ニコニコと、相変わらず臆面もなく言ってのける。その告白についてはランの事を信用していないので、純鈴は小さく溜め息を吐いた。


「そうじゃなくて…、家族はどう思ってるの?」

「僕は時谷の人間には期待されていませんので。家族からは見放されているのも同然ですから」


随分寂しい話を平然と言ってのけるものだ。思わず同情しかけたが、それも本当の事だか分からない。それにと、ランの言い分に、純鈴は不可解に眉を寄せた。


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