10
「じゃあ、結局あなたと結婚しても、この店は潰されるんじゃない?見放されている人間の意見なんて、普通、通りませんよね?」
「それが、通るんですよ」
にっこりと微笑まれ、
「信じてませんね」
「べ、別にそうとは…」
取り繕いながら、ちらりとランの顔を見やったが、取り繕った所で、今更純鈴の気持ちは変わらない。嫌われるのなら本望。ここは、ランの本心に切り込んでやろうと考えた。
「…ねえ、分かってますよ、私。あなた、実は詐欺師でしょ」
真っ向から突きつけてやった。純鈴はそんな得意な気分でいたが、それでもランの様子は変わらなかった。それどころか、困った様子で微笑みを返されてしまう。それは、確信を突かれたからではなく、純鈴の発言を呆れたからのように思えて、逆に純鈴が狼狽えてしまった。
「詐欺師ならもっと上手くやりますよ」
「じゃ、じゃあ!家族に会わせてよ」
「それは、結婚の同意って事ですか?」
ぱっと顔を明るくして、ランは一歩距離を詰めてくる。期待に満ちた眼差しが眩しく、うっかり頷いてしまいそうになるが、純鈴はその衝動を慌てて押しやった。
「な、なりませんよ!」
「…そうですか、残念です。それでは家族に会わせる事は出来ません」
「…どうして?だって、お付き合いの段階で会わせなさいって言われないんですか?そちらさんは、立派な、お家の、息子さんなんだから」
ここぞとばかりに、純鈴は嫌味を存分に込めて言ったが、ランにはあまり響いていないようだ。
「会わせたらきっと、兄は僕からあなたを奪おうとするでしょう」
「……は?」
それどころか、とんでもない言葉が返ってきて、思わず間の抜けた声が出てしまった。
「これでも兄弟ですから、分かりますよ。兄は、僕の大切なものを全て奪っていく、昔からずっとそうでした」
その寂しい笑い顔に、純鈴は胸を痛めた。これも同情を仰ぐ芝居かもしれない、そう思い直そうとしたが、ランの伏せた瞳が寂しげで、上手くいかなかった。
「だから、あなただけは奪われたくない。こんな気持ち初めてなんです、あなたなんだって、思ってしまったんです」
そっと微笑まれ、その愛情深い眼差しに、思わず胸が高鳴った。すると純鈴は、直ぐ様どら焼の袋をランに押し付け、「ありがとうございました!本日の営業は終了です!」と、その背中をぐいぐい押しやって、ランを店から追い出してしまった。
それでも、ランは気分を害する事はないようだ。
「純鈴さん、また明日来ますね」
トントン、と、締め出された戸を軽く叩き、ランは穏やかにそれだけ言うと、店の前から去っていく。
遠ざかる足音に、純鈴は大きく息を吐き出し脱力した。
まずい、暖簾に腕押しの恋愛ばかりしてきたせいか、まっすぐに迫られると、コロリといってしまいそうだ。
「…ダメだから、詐欺師だから、絶対そうだから」
必死に唱え、純鈴は何度も自分に頷くと、気持ちを入れ替え顔を上げた。
そうだ、ランが用意した
「…そうだ、全部嘘なんだ」
そう思い至れば、またふつふつと怒りがこみ上げて、純鈴は気合いを入れ直す。
こうなったら、ランの秘密を暴いてやる、詐欺師だと証明してみせるんだと、胸の内に決意をたぎらせた。
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