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こんな好青年に求婚されたら悪い気はしないのかもしれない、だがここは、結婚相談所が提供する出会いの場でも何でもない。店先で見知らぬ人に求婚されるなんて、現実的にはかなり怪しい状況だ。お互いに運命的なものを感じれば、もしかしたらそんな事もあるのかもしれないが、純鈴すみれにはそんなもの全く感じなかった。


「…困りますよー、お客様」


どういう意図があって純鈴に求婚を申し込んでいるのか知らないが、きっと普通ではない。

なので、どうにか冗談として会話を終えようとした純鈴だが、ランの方は引いてくれそうもなかった。


「僕にはあなたしかいないんです。どうしたら信じて貰えますか?」


そう言いながら、再びカウンターに身を乗り出してくるので、純鈴は慌てて後退った。


なんなの、この人。

まさか、本当に一目惚れされて求婚を申し込まれているのだろうか、いや、まさかそんな。


と、混乱しつつもぐるぐる考えを巡らせていると、とある考えに行きついた。


この熱量、冗談でないのなら、新手の結婚詐欺師なのではないかと。

運命的なものを感じさせて、相手を騙す手筈なのではないか。

だから、こんなに強引に気持ちを押し付けてくるんだ、顔が良いからって、コロリと簡単に落ちるとでも思っているのだろうか。


そう考えれば、段々と腹立たしくなってくる。

純鈴は途端に負けず嫌いスイッチが入り、負けじとランを見上げた。


「申し訳ありませんが、私、恋人がいるんです」

「…恋人?」

「ですので、こういうのは困るんです」


本当はいない、万年片思いだが、嘘も方便だ。


再びの作り笑いは、少々引きつってしまったが、初対面の相手だ、相手の微妙な表情の変化や嘘なんて、早々見抜けるとも思えない。純鈴は見抜く自信がない。


これで諦めてくれるだろう、そう思った純鈴だが、目の前で縋るような顔を浮かべていた子犬は、何故か笑顔を浮かべている。その爽やかなイケメンっぷりには、胸が震えるよりも先に、背筋にひやりと汗が流れ落ちた。

ランの事は何も知らないが、この余裕のある表情、もしかしたら嘘が見抜かれているのではと、純鈴は慌てた。


「…あの、嘘じゃないですから!」


ここで引く訳にはいかない、結婚詐欺師に屈するものかと純鈴はアピールするが、それは嘘ですと言っているようなものだった。それに気づかない純鈴は、溜め息を吐いたランを見て、間抜けながらも勝ったと思った。


そもそも、結婚詐欺なんてやろうと思うのがいけないのだ。


すっかり勝った気でいる純鈴は、心密かに御愁傷様と唱え、止まっていた会計を進めた。


「六百五十円になります」

大苑屋おおぞのやの若旦那は、あなたの事を妹としか見ていないようですね」

「…は?」


まさかの名前が飛び出し、純鈴は再び、ぽかんと口を開けてランを見上げた。

何故、深悠みはるの事を知っているのか。

何故、純鈴が深悠に恋い焦がれている事を知っているのか。


「…な、なんで、」

「あなたが想っているのは大苑屋の若旦那ですよね?でも、彼は誰ともお付き合いしていない筈。叶わない片想いは辛いだけです。僕では役不足ですか?」


動揺している純鈴には、ランの寂しそうな子犬の表情が、更なる動揺を誘い出しているようにしか思えなかった。慌てて「困ります」と、そう伝えるのが精一杯の純鈴に、ランは更に惑わそうとしてくるようだ。


「どうしてですか?」

「ど、どうしてって、…そ、そんな簡単に将来を決めて良いんですか?」


詐欺師に全うな事を言っても、簡単にはねのけられてしまうかもしれない。しかし純鈴には、もう全うな事を問いただす以外、何も頭に浮かばなかった。


「それに、あなたと私は今日が初対面ですよね」


何故、初対面の人間の情報を知っているのか。

もしかして、初めから純鈴を騙そうと狙いをつけてきたのか、だから下調べに、純鈴の行動をチェックしていたのだろうか。


だとしたら、全ては結婚詐欺のノルマを稼ぐ為の芝居に違いない、これでは相手の思うツボだ。誰が詐欺なんかに引っかかったりするものか。


目まぐるしく変わる純鈴の思考は、やはり動揺してるからなのかもしれない。


しかし、そんな純鈴に対して、ランは焦った様子は見せず、その口調は落ち着いたものだった。


「…簡単ではありません」

「え?」

「僕は、ずっと以前からあなたを知っていた。あなたは、僕と結ばれるべきなんです」


そう熱のこもった瞳で見つめられ、純鈴は再び狼狽えてしまった。これが果たして演技なのだろうか。


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