第2話

「えっと、どういう意味?」

 思わず聞き返してしまう。

 もしかしたら、私が聞き間違えているのかも、と思ったのだ。しかし、

「この世界に、希望は、あるの?」

 女の子は、ハッキリとそう言った。聞き間違いではない。


「希望…ですか」

 思わず私、敬語になってしまう。


 この質問はとても深い。

 私自身のことを聞かれているならまだしも、彼女が聞いているのは『世界に』だ。

 いや、待てよ、未就学児の質問に、そこまで真剣に考える必要はないのだろうか? ニッコリ笑って「もちろんあるよ!」と言えばそれでいいのか…


 多分、数秒のことだと思う。

 私の脳内はフル回転で動いていた。

 こんなに頭を使ったのは受験以来ではなかろうか。


「えっとね、私が世界を代表して言うのもおかしな話かもしれないけど、答えるね」

 相手が未就学児だからと適当な誤魔化しはやめた。真剣に質問されたのだから、真剣に答えるべきだ。


「世界は広いから、決して幸せな人ばかりじゃなくて、ご飯が食べられなかったり、寝る場所もない人とかもいて、」


 こんな話、わかるかな、と思いながらも、話し出したらなんだか止まらなくなってくる。

 私、こんな風に希望について考えたことなんかあったかな?

 多分、なかったよね。


「大切な人を亡くしたり、信じてた人に裏切られたり、重い病気に苦しんでたり、悲しい思いをしてる人も沢山いて、」


 女の子は、私の言葉をじっと聞いている。

 私は色んなことに思いを馳せる。

 SNSで知った知らない人の悩みの話とか、去年亡くなった母方のおばあちゃんのこととか、授業に出てきた、戦争孤児の話とか…、


「そんな中にも、きっと希望はあって、それはひとりひとりの心の中にきっと、必ずあって、だってそうじゃないと私たちは生きていけないからっ、」


 私、途中から感情が昂り始める。

 なんでこんなに熱くなってるんだろう?

 そう、自問自答して、そして、気付く。


 ああ、そうだよね。みんな一生懸命生きてて、生きるって多かれ少なかれ大変なことで、だけどそう簡単に生きることを諦めるなんて出来ないから、だから!


「希望の形はそれぞれ違ってて、叶えたい夢だったり、大切な人だったり、それこそ、ハンバーガーだったり、本やゲームとかどうでもいいものだったりするのかもしれないけどっ、でも!」


 この世界には、希望があるのか?


 なかったら、生きられないもの、だよね。

 どんなにちっぽけでもいい。

 どんなにくだらなくてもいい。

 誰かにとってはそれは、特別で大切なもの。


「私には希望が…あるよ。この世界には、希望があると思うよ」


 通りすがりのJKのおかしな熱弁を、女の子は始終真面目な顔で聞いていた。

 私の言葉を聞き終えると、静かに

「……ふぅん」

 とだけ言った。


「えっと…意味、わかったかな?」

 私、今更ながら熱弁への恥ずかしさが込み上げてきて、思わず訊ねてしまう。


「うん、わかったよ。まだ大丈夫みたいだね」

「へ? 大丈夫って、なにが?」

 女の子はニッコリ笑うと、私に背を向け走り出した。

「え? ちょっと、どこ行くのっ?」

 駐車場には最低限の街灯しかないため、かなり暗い。女の子が暗闇の方へと走って行くのを必死に追う。


ビョォゥォンッ


「ひゃっ」


 聞いたこともないおかしな音に驚き、耳を塞ぐ。

 次の瞬間、視界が真っ白になる。

 何が起きているのかわからず、怖くて目を閉じた。

「なに?! なんなのっ?」

 顔の前に腕を寄せ、うっすらと目を開けると、そこに見えたのは有り得ないモノ。


「……は?」


 女の子がこっちを見て手を振っているのがわかった。

 わかったけど、私はそんなことよりこの、このっ、


「えええええ?!」


 女の子は『それ』の中に消えた。そして『それ』は一瞬で駐車場からいなくなった。


 空へと。


 残された私は、呆然と、見上げていた。

 満天の星空を……

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