100年後も満天の星空を
にわ冬莉
第1話
『駐車場、空あり』
幼い頃、私はそれを「ちゅうしゃじょう、そらあり」と読んでいた。
近所の空き地。地面にはかつて砂利が敷かれていたのだろうが、今はほとんど土が丸出しになっている。誰がどう手入れをしているのか、草はボウボウで、春には桜草が綺麗なピンクの花が咲き、そこにタンポポの黄色が交じり合う。
都会とはいえない場所で生まれ育った私は、その看板を見るたびに不思議に思ったのだ。だって、空はどこにだって広がっているのに、どうして駐車場にだけそんな看板を作る必要がある? それとも、この駐車場は何か特別な場所なのだろうか? と。
確かにその場所は広くて、車だってかなり沢山置けるスペースがあった。つまり、それだけ空も広く見えた。
今考えればなんてことない、単に田舎の土地持ちが余っているスペースを駐車場として二束三文で貸していたが、万年、空きがあったということだ。大体、田舎に住んでいる人間は駐車場など借りる必要がない。自宅の横にちょろっと止めたり、庭に二台も三台も置ける程の駐車スペースがあるのだから。
でも、そんな当たり前に気付いたのはそれからしばらくしての事。とにかく私は、駐車場には本物の空があるのだと勝手に思いこんでいたのだ。
あの女の子と出会ったのは、私が高校生のときだった……。
「じゃ、知果ちゃんまた明日ね!」
「むっちゃん、たまには早く寝て勉強サボってね!」
「なにそれぇ」
あはは、と笑う。私も合わせて、笑った。
学校帰り、仲良しのむっちゃんに手を振り、ひとしきりサヨナラの儀式を終えると右の道へ。少し歩くとパッと視界が開ける。あの、駐車場だ。もう少し早い時間なら、夕焼けと夕闇が怪しいグラデーションを奏でていただろうに、冬のこの時間では夕紅は既に溶けてなくなっている。かといって星が瞬くには天気がよろしくないようだ。かろうじて見え隠れする月の光が、空を飾っていた。
「……あ…れ?」
駐車場を左に見つつ歩いていると、向こうに小さな影。こんな時間に、女の子?
見たところ、未就学児のよう。そして近くに親の姿はないように思える。この辺の子なのだろうか?
と、向こうも私に気付いたのか、立ち上がりこっちを見た。そして、何を思ったか私に向かって手招きを始めたのだ。
「え? 私?」
彼女に見えるように自分を指し首を傾げると、女の子は大きく頷く。なんだろう、何か探し物でもしているのだろうか? まさか一緒に遊ぼう、なんて言うんじゃ……。
私はズンズンと駐車場の中を進み、女の子の近くまで行くと腰を屈めて彼女の顔を覗き込んだ。
「もう暗いよ? ママが心配するからおうちに帰ったほうがいいよ?」
「……ママ?」
女の子は不思議そうにそう、返した。
「うん。ママと一緒に来たんじゃないの?」
「ちがーう」
「一人で来たの? おうち、近いの?」
「ううん」
なんだか話が噛み合わない。私はストン、としゃがみ込み、女の子に尋ねた。
「お名前は?」
「ウフフフ」
けれど何故か彼女はそう笑うだけで答えようとしない。小さな女の子独特の、こまっしゃくれたあの感じである。大人を真似た、演技としての笑い。話を逸らそうとしている感じが伺える。けれど、何故?
「ウフフじゃなくて。ねぇ、お名前は? おうちはどこ? お姉さんが送ってってあげるから、帰ろうよ」
「帰る?」
「そう。だってもう暗いもん。こんなとこに一人でいたら、危ないでしょ?」
「帰るの?」
「ママ、きっと待ってるよ?」
「待ってるかなぁ」
おかしなことを言う。もしかして、怒られて家出でもしてきたのだろうか?
「待ってるよ。帰ろう?」
手を差し伸べた私をじっと見つめ、それからグッと拳を握り締めて、
「あのねっ、」
急に思い詰めたような表情を作る。
「なっ、なに? どうしたの?」
彼女が真剣な顔だったことと、その声の強さに少し驚いて立ち上がる。
「この世界には、希望があるの?」
……は?
私は、彼女の言葉がしばし理解出来ずに思わず首を傾げる。
見た目からして未就学児。まさかそんな小さな子からこんな大それたことを聞かれるなどとは思ってもいなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます