第18話 初興行(3)


 ◇第十八話 初興行(3)




 

『うぉおーー、今の見たかよのの!? スンゲーーー!』

『アカネちゃんあれ、痛……くないのかな?』

『痛くないわけないだろ……ダァーーーーーー! うぉおーーおしい!』

『あうぅ、千葉さん頑張れー』

 

「ラト、一旦ストップだ……アカネ、のの……もうちょっと、誰が何をどうしているとか、プロレス技を村の人に分かるように解説してくれ」


『え? わかんないっスかね?』

『は、はい、すみません……』


 わたしとアカネちゃんが千葉さんとラトさんのシングルマッチの実況をしているんだけど、ちょっと分かりづらかったみたいです。

 気を取り直して試合再開です。

 

『あーっと、エレガンス千葉、タイガーラトをヘッドロック、それをラトがバックドロップに投げる〜……ところを千葉が捻ってリバース! ボディプレスで返したあぁぁ! スンゲーーー!!』

『あの、えと、ヘッドロックは、掛けられた人は頭が痛いです! それで痛いのでバックドロップで後ろに投げます! でも千葉さんが投げられないように体を捻って……』

『ぁあーーーっと!! ラトがトライアングルチョークにいったーー! 千葉、必死にかわす!! 今度は腕ひしぎ逆十字に切りかえるけどこれも切ったーー! おもしれーーーー!』

『ら、ラトさんはどんな状態からでも締め技や関節技に入れるので、攻める千葉さんも大変なのです! 二人とも負けないでくださーい!』

 

「チバお姉ちゃーーん!! ラトお姉ちゃーーん!! ガンバレーー!!」

「頑張れエレガンスチバー!」

「負けるなトラのおねーちゃん!」

「チバエレナさーーん! いけーー!」

 

 千葉さんとラトさんの次から次へと入れ替わる攻防に、村のおじさん、おばさん、子どもたちも、みんなが興奮して大歓声なのです!


『タイガーラト、エレガンス千葉の腕を取りに行くが千葉がこれを嫌う! ラト、アームロックに行けない……と思わせてのまさかのデスティーノォオオ!!』

『え? あれ? 今、どうなったんですか?? ラトさんが投げられたんじゃなくて?』

『のの知らねーのかよ? デスティーノ! そのまま被さってフォールに行ったカウントワーン! ツーー!……返した千葉!』


「わぁああああああ!!」

「チバエレナさぁ〜〜ん!! 勝ってくださぁあ〜〜い!!」

「トラのねぇ〜ちゃぁ〜〜ん! 行けるぞぉ〜〜!!」

 

『起き上がったエレガンス千葉、エレガンスソバットでラトをふらつかせたーー! そのまま走って跳んだ!? 井戸の屋根をけって、いつもより高いぃ!! ムーンサルトバタフライフローーだぁあああ!!!』

『千葉さんのフェイバリット……綺麗……ラトさんにダイブです!!』

『千葉、そのまま片エビ固め! カウントワーン! ツーー!! スゥ……っとぉ、タイガーラト返したぁ!!』

『副社長さんがセーフのポーズです! カウント2.5で返しました!』

『両者立ち上がってぇ、千葉、ミドルキック……んなっ!? タイガースクリューーー!!』

『凄ぉ〜〜いぃ! 皆さん見ましたか!? 千葉さんのキックをラトさんが掴まえて回転して、掴まれちゃった千葉さんも、それに合わせて自分から回転して受けるダメージを減らしたんです!! こんなの、凄すぎます……』


「うおおおおおおおおお!!!」

「チバエレナさぁあああん!!」

「チーバ! チーバ! チーバ! チーバ!」

「タイガー! タイガー! タイガー! タイガー!」

『スンゲーー! そこだいけーーー!! うぉおおおお!!!』


 ――カンカンカンカンカーーン!!


『制限時間になりました、両者引き分けで終了です〜!』

『ぇえ? もう三十分かよ!? って、のの〜! あたしがゴング鳴らしたかったのにぃ〜〜〜!」

 

 大歓声の中、試合は終了しました。



 





 

「いやぁ〜本当に凄かったね、プロレスというものは……こんなに興奮したのはいつ以来だろうか。子供たちはもちろん、村の皆、特に女性陣が、元気と勇気をもらったんじゃないか? 素晴らしいよ」

「そうだよ、こんな綺麗な娘や小さな子が、体一つであんなに激しい闘いをするなんて、本当にびっくりしたわ」

 

 村長さんはじめ、村の人たちが口々にお礼や感想を伝えてくれました。


「タイガーラト、ちょっと伺いたいんだがいいかね?」

「何です警吏はん?」

「君の関節技……と言ったか? あれはどういうものなんだ?」

「あ〜、異世界こっちやとあんましメジャーやないんやねぇ……どう言ったらええやろ」

「スンゲー痛いワザだぜおっちゃん、特にラトのはツレェ〜んだよ」

「そ、そうなのか?……すまん、見ていてよく分からなくてな」

「それなら実践してみせたらどうだ? ラト」

「……そうですね、ほな実際にやってみまひょか」


 という訳で、ラトさんによる臨時関節技講座が始まる事になりました。わたしたちもラトさんのアシスタントとしてお手伝いします。


「のの、ちょっと腕貸してなぁ」

「は、はい……?」


 わたしは観客の皆さんに向き直り、恐る恐るラトさんに腕を預けます。


「関節技を分かりやす〜ぅ説明するとな、腕は普通、こう内側に曲がりますねぇ? 外側には絶対曲がらへん。これを無理に曲げようとすれば……」

「はわわわわ……」

「痛いし、最悪折れてまう。ざぁ〜っくりやけど関節技ってこんな感じやと思うてな」

「……なるほど、考えただけで痛そうだな」


 ――こ、怖かった……副社長さんがいるから折っても大丈夫とか思われてたらどうしよう……って、さすがにそんな事するラトさんじゃないです……よね? し、信じてます……。

 

「ほんで、締め技ゆーのもあって、これは頸動脈とか、気道とか、人間の血流や呼吸を止めて、相手を失神させる技やねぇ」

「あ、はい、わかりました!」


 ブラウさんが手を上げました。


「ほなブラウはん、どうぞ」

「はい、ラトさんが試合中に解説してた、苦痛を与えずに眠らせるのと、苦しませて気絶させるって言う……」

「ピンポーン、正解やね。これは関節技と併せて、グランドゆ〜てプロレスの技のスタイルなんよ。――ほなのの、ごめんな」

「え?……」

 

 次にラトさんはわたしを使ってスリーパーの説明を始めました。

 

「首にある頸動脈を絞めて……ここやね、頭に行く血流を止めると、スコンと落ちるんや。これは気持ちええくらいやね」


 首を極められたわたしは、ふわぁっと視野が狭くなって、目の前が暗くなってきました。……だめ、落ちます……た、タップです。

 崩れそうなわたしを、すかさずラトさんが支えてくれて、その腕が顎周りに回されました。

 

「逆に首を絞めて気道を塞げば、相手は苦しんで気絶、そのまま続ければ死んでまうなぁ」


 ぐ……く、くるしぃ……です……息…………が……タップ……できない……やばい……あ、緩めてくれた。


「っはーーー、っはーーーー、っはーーーーし、死むです……」

「おおきになぁ、のの、ふふ、ありがとさん」


 ラトさんが限界を見極めて腕を外してくれたのでした。……あ、危なかった……でも、さすがなのです。


「あたしもやりてぇ〜! のの、掛けさせろ」

「うぇえ、もう間に合ってるよアカネちゃん……」

「ラト、村の人にも実践できそうなのを何かやってもらったらどうだ?」

「そうですねぇ、ほな警吏はんとブラウはん、あと何組かカップルで参加してもらいまひょか」


 ダリウス警吏さんと若手のブラウさんの他に二組のご夫婦にも参加してもらいました。一組目は旦那さんのピーターさんと、がっしりした奥さんのポリアさん、二組目は優しそうなトニオさんと若くて小柄なナーシャさんです。


「んで、私たちがその首絞めをやるのかい? 旦那は大丈夫かねぇ?」

「ひぇ〜〜、勘弁してくれ、ポリアにそんなのやられたら殺されちまう!」

「なんだってぇ!? そんな技習わなくたって、今すぐ締め落としてやろうか!?」

「お〜〜こえぇ」

「わっはっはっは」


 がっしりした体型の奥様が言った言葉に、村の皆さんが大笑いです。


「あ〜、奥様方は、締め技やのうて、簡単な関節技やから、心配要らへんで。ほなまず警吏はんたち、お手本になってなぁ」


 ダリウスさんがラトさんに教えられながら、ブラウさんの腕を後ろから抑えるように極めました。

 

「いだだだだだっ、待った、ダリウスさん待ったーー!」

「おおお〜〜」


 歓声が上がります。二組のご夫婦もラトさんや千葉さんに教わりながら技を掛け合い、村の皆さんも面白がって、見よう見まねで隣の人同士で掛け合い始めました。


「これは簡単な捕縛や拘束術として使えますねぇ、他にも色々な技があるんやけど、あくまで対人用やね。 モンスターは力が強いし、関節が同じ構造とは限らへんから、普通に剣や魔法で戦った方がええねぇ」

「少なくとも人間である野盗共には有効だな。参考になる」

「警吏殿、余計なお世話と思うが、ラトの関節技は反復練習の賜物だから、生兵法は却って危険だと思うのだが」

「ああ、分かっているよ。でもいざって時、知っているのと知らないとで生死を分ける事もあるだろう?」

「確かにそうだ……」

「おっちゃんも繰り返し練習すればいーんだよ、なぁラト?」

「……せや、盗賊とか悪人ならいいもんがあるんやった。のの、アカネ、出番やで」

「お!? 待ってましただぜラトさんよぉ。なになに? 何やる?」

「二人ともそこに仰向けに寝転がってやぁ。千葉さん、ちょこっと手伝ってください」

 

 アカネちゃんと二人で言われるまま寝転びました。……な、何が始まるんです?


「この村は警吏が三人しかおらへんから、もし捕まえた盗賊を拘束しておきたいんやけど人も道具も足りないって時には、こうするとええんよ」


 ラトさんはアカネちゃんの左腕と右足を交差させて、反対の腕と足も交差させ、胡座をかくようにロックします。千葉さんもわたしの手足をアカネちゃんと同じように重ねました。


「ほんで、このままクルンと裏返して、ほいパラダイス・ロックの出来上がりや」

「な、何だこれ? 動けねぇぞ?……ラト、放せや!」

「のの、ひっくり返すぞ」


 わたしも千葉さんに、亀が丸まってるみたく、うつ伏せにひっくり返されました。


 ――え? う、動けない……自分の手足が絡まって抜けない……けど、何とか……う〜〜……もうちょっと……


「ののなら自力で外せるかもしれへんねぇ〜」


 ――ぷはぁっ! は、外せた……何これ……?


 体を起こして隣のアカネちゃんを見ると、うずくまった体勢のままでもがいてます。お尻をもじもじさせてるけど、一向に解けないみたいで、ちょっと恥ずかしい固め技なのです……。 


「これはどういう理屈だ? ショー的にわざとやっているのでは無いのか?」

「ふふ、もちろんちゃいますよ警吏はん」

「ののが外せてアカネが抜け出せないのは、筋肉や自重も関係してるんだ」 

「千葉さんの言う通りやね。これは体重が重くて手足が太いほど、自分で自分を拘束する技なんやで。じゃ警吏はんもブラウはんに掛けてみよか」


 ダリウスさんはラトさんに教わってブラウさんにパラダイス・ロックを掛けました。


「ぐぬぅ〜〜!? ダリウスさん? これ、抜けないんですけど……痛ててて……腕……ふくらはぎが……助けて……」

「なるほど、ほっといても自重で身動き取れないのか、凄いなこれは……ハハハ、ブラウ、良い格好だ」

「おいラトォ、いつまでやってんだよコレ……どうにかしろよぉ」

「あ〜ごめんやでアカネ、そろそろ解いたるさかいなぁ。のの、アカネのお尻を蹴飛ばして横に倒してやってくれへんかぁ?」

「……え? お尻を蹴るんですか? アカネちゃんごめんね、こうですか? えい!」

「いだっ! ……あ、とれた……はぁ〜〜〜けっこーしんどいぞコレ。何でののだけ先に抜けてるんだよ? ずりーぞ」

「ののの体の柔らかさと、アカネとの体格の差だろうな」


 アカネちゃんは、まだ隣でロックされたままのブラウさんを見ながら呟きました。


「あーなんか、筋肉が邪魔して抜けない感じかな? コレ男の人の方がかなりツラそうじゃね?」

「……つ、辛いです、ラトさん、ダリウスさん、そろそろ外してください……」


 情けない声を出したブラウさんが、ちょっと可哀想なのですが、村の人たちは面白がって、他にも自分からパラダイス・ロックを掛けてくれと言う人がいて、ラトさんが希望者を手早くお団子にしていきました。

 ひとしきりみんなが楽しんだ後、お団子状の旦那さんたちを奥様たちが転がして、ロックを解除していきました。

 他の奥様たちも教えてもらいながら旦那様に技を掛けたりして、あちこちで楽しい悲鳴や笑いがこぼれました。


「ほんで、これはプロレス技では無いんやけど、女性陣には護身術として、もっと簡単な手首捻りとか指捻りとかありますねん。ブラウはんごめんやでぇ、こうしてこう……」

「あいててててて! ラトさん止めて、止めて!」


 再びブラウさんが情けない声をあげました。……本日やられっぱなしのブラウさんの気持ちがわかるわたしは、苦笑いです。

 

「あ、これは簡単だし、チカラが弱い私でもできそうね! アナタ、これからは言葉に注意した方が身の為よ!?」

「えぇ!? ナーシャ、それはないよぉ……」

「トニオは今でも尻に敷かれてるのに、ますますナーシャに頭が上がらなくなっちまうなぁ〜!」

「わっはっはっはっは」


 こうして和気あいあいの内にラトさんの関節技講座は終了したのでした。


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