第16話 初興行(1)
◇第十六話 初興行(1)
翌日、千葉さんはいつも通りにしっかり早起きして、朝のトレーニングをこなしてからわたしたちを起こしてくれました。もうお昼近くて、昨夜お酒を飲んだ後あんまりよく覚えていないのですが、すっかり熟睡してしまったようです……更にわたしは、いつの間にか副社長さんを抱えて眠っていたみたいで、いつどのタイミングでそうなったのか記憶にありません。ちょっとひしゃげ気味の副社長さんをひっぱって伸ばしてま〜るく戻しました。
「副社長さんがいないとアビィちゃん寂しがったんじゃないかな?」
「ガキ娘が寝てから夜中に抜け出してきたんだ、心配いらん」
「そうなんだ、良かった〜」
「ふーん? フクにしては気がきいてるじゃん?」
「あのなぁ……オレがどれだけ苦労したと思ってんだ」
副社長さん曰く、寝付いてからもアビィちゃんに抱えられていて、寝たと思って抜け出すとすぐ起きてぐずるので、仕方なく寝るまで待ち、また抜け出しては戻りを繰り返し、完全に熟睡したところでやっと抜けてきたそうです。でも抜け出した先のわたしが無意識に朝まで副社長さんを抱えて寝ちゃって、なんかごめんなさいなのです。
「ところで副社長はん、夜中戸締まりされてる思うんやけど、どないして出入りしたん?」
「フッ……そこは精霊獣たるオレのチカラの凄さだな。壁なんかあってもなんの障害にもならんのだよ」
「ドロボースキルもあんのか、ユダンもスキもねーなー」
「今オレは無性に暗殺スキルが欲しい気分だぜアカネ」
「もしかして、壁をすり抜けることができるのか? 副社長」
「流石チバだな。……アカネ、オマエもちっとは頭使え」
「えーー? じゃーなんでツカまれてる腕からすり抜けられねんだよ?」
「……そーいうとこは頭回るんだな……有機物……アカネにも解るように言うと、生きてるものは通り抜けられないんだ。わかったか」
「ふーん?? つまり使えねーヤツってことだな、聞いてソンした。メシにしよーぜ、みんな!」
「オマ……」
一階へ降りて行くと、宿の女将さんが昼食を用意してくれていて、焼きたての良い香りがするパンと野菜たっぷりのスープをみんなで美味しくいただきました。お金を払おうとしたら、警吏さんから村が支払いをすると言われているから受け取れないと断られてしまったので、お礼を兼ねて詰所にいる警吏さんを訪れることにしました。
「ここあんまし良いイメージねーんだよなー」
「せやけどアカネ、牢屋に入れられるて、地球でもなかなか無い貴重な体験やと思わへん?」
「うぇ〜? アタシはどっちでもやっぱやだなー」
「う、うん、わたしも嫌です」
「ほら入るぞ……こんにちは警吏殿、宿のお礼を言わせていただきたくて来たんだ。ゆっくり眠れてありがたかったが、宿代、良かったのだろうか?」
「ああ、気にするな。村長からも言われているしな。調子はどうだ? チバ以外はみんな酒が残ってるんじゃないか?」
「そこまでヒドく飲んでねーよ、おっちゃん」
「ウチらより村の人の方が、昨日だいぶ飲み過ぎてたみたいやけど、二日酔いなんとちゃうん?」
「な〜に、村の者は頑丈だからな、夜通し騒いだ後でも昼には復活しているさ」
さすが農耕と狩猟で暮らしているという村です。みんなちょっとやそっとでは堪えないみたいです。
「警吏殿、改めてこの村でプロレスの興行を行いたいのだが、正式に許可していただけるだろうか?」
「ああ、それは此方からもぜひ、お願いしよう。魔物騒動以来、みんな楽しむことに飢えていたからな。それで、興行代金はいくらだ?」
「いや、代金はいい。初めての土地での初興行で、普段と同じようにはできないし、探りながらやることになるのでパフォーマンスも下がる。それで代金は頂けない。それにこちらも世話になったのだ」
「そうはいかんだろう、商売にするのであれば、多寡は兎も角ちゃんと金を取らねば。もっとも、村も貧乏だから大した額は出せんだろうがな」
「実は考えがある。お金は観てくれた人が、好きに払ってくれる投銭形式にしようと思っているんだ。但し、今回は金銭ではなく、もし可能なら、村の食材、特に野菜をいただけないだろうか?」
「ああ、そういう事ならいくらでも持ってくがいい、行商にも行けず余らせていたからな、みんな喜んで譲ってくれるさ」
「それはありがたい、ではそうさせて貰おう。それで、興行する日と時間帯はいつ頃が良いだろうか?」
「そうだな、昼食後で晩飯前ならいつでも良いだろう。今日はみんな仕事を休んでるから、そろそろ退屈して起き出してくる頃だ」
「ではこれからすぐに準備して始めることにする。ありがとう警吏殿、貴方やご家族にも観てもらえると嬉しいのだが」
「ああ、もちろんだ。楽しみにしとるよ」
場所は当初の予定通り、井戸のある広場で体育マットだけを敷いて行うことにしました。
「形式はそれぞれシングルで。練習と同じようにフォールかタップしたら仕切り直して、制限時間三十分三本勝負にしよう。その方が技としての攻防を見せられるので良いだろう」
「シングルの組み合わせはどないします?」
「最初にアカネとのの、次に私とラトで闘うことにする。控えに回っている二人で実況を担当して、村の人にプロレスというものを解説していこうと思う。副社長、レフェリーを頼めるか?」
「んお?……お、おう、任せろ」
「だいじょぶかーフク、ちゃんとマット叩けるかー?」
「精霊ナメんな、マットに大穴開けちゃるわい」
「ふふ、期待しているぞ副社長」
「ほな、ウチと千葉さんが最初に実況ちゅーわけやねぇ」
「交代したらアタシとののでジッキョーっスね、オッケーまかしてください!」
「じ、実況……いつも他の先輩たちがやってたので、わたし、したことないです……」
「大丈夫だ、のの。見たこと感じたことをそのまま伝えればいい。それが観客目線に通じると私は思うぞ」
「そやわ、マイクとスピーカーは有りますけど、電源どないしましょ? てか、そもそも使えないんとちゃいます?」
「そうだな……仕方ない、無しでいこう」
「そこがオレの優秀なところだ、抜かりは無い。マイクに拡声魔法を付与してあるから心配するな」
副社長さんが既に魔法でマイクだけあれば使えるようにしてくれているそうなので、準備は整いました。
「さーさー寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 楽しー楽しープロレスの時間だよー!」
「楽しいですよ〜! 皆さんご一緒にプロレスはいかがですか〜!?」
「立ってるの辛いゆうお爺ちゃんお婆ちゃん〜、良かったら椅子を持ってきてや〜!」
わたしたちが呼び込みを始めると、昨日とは打って変わって直ぐに村の人たちが反応し、窓から顔を覗かせて手を振ってくれたり、子供たちがわらわらと集まってくれました。
「ノノお姉ちゃん、ぷろれすするの〜?」
「うん、そうだよ、はい、副社長さんとそこに座って待っててね!」
「うん!」
「じゃあ副社長さん、試合が始まったらレフェリーお願いしますね」
「うぉ!? ちょ……待てノノ〜!」
副社長さんをアビィちゃんに預け、わたしたちは集まってくれた村の人たちに、前列は体育座り、二列目は椅子に座り、三列目は立ち見というふうに多くの人が見やすいように観客整理を行いました。
『ダルカ村の皆さん、私たちはプロレスという格闘技を観せる興行をしているキャット・ヴァルキュリア・レスリングという団体です。』
千葉さんはマイクを持って、集まってくれた人たちに始めの挨拶を行いました。
『プロレスというのは、剣や魔法ではなく体だけで闘う競技です。どちらが強いのかを競うために、勝敗を決めるルールがあります。一つは、相手の背中をマットに付けて3カウントしたら勝ち。一つはギブアップと言って、自ら降参を示した場合。他にもレフェリーストップやドクターストップなどありますが、今回はマットプロレスという闘い方なので、先にあげた二つのルールで、時間内であれば決着がついても、仕切り直して再び闘う形式をとり、先に三本先取した方を勝者とするポイント制とします。ですから闘う者同士の技と技のぶつかり合いを堪能できると思います。それでは短い間ですが楽しんで頂ければ幸いです』
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