第11話 初めての村(2)

 


 ◇第十一話 初めての村(2)





 広場の邪魔にならない所に馬車を駐めてわたしたちは外に降りました。

 

「試しに興行をやってみようと思うのだが、井戸があるからこの場所にリングを設置するのは難しそうだな」


 千葉さんが広場の中央付近を眺めて悩んでいます。 

 

「そうですねぇ、他に広めな場所は見えへんし……いっそのこと、デモンストレーションでマットプロレスをやってみるのはどないですか?」

「なるほど、確かに村のお客さんの反応を見るにはちょうど良いかもな」

「リング無しかー、やった事はあるけど、観客次第なノリっスねー」

「マットだけ……なんですか? どうするんだろう?」

「ののは知らないか。ロープリバウンドやトップロープからの攻撃が無くなるが、技を掛け合うという意味では基本、する事は変わらないさ」

「お客さんとの距離がリングの上より全然近いんやで。その分、反応もダイレクトやね」

「よし、じゃあ井戸のこちら側にマットを敷いてやってみよう」


 荷馬車から体育マットを降ろします。普段はリング場外に安全のため敷いているのですが、今回はこれをメインマットにするそうです。通常、屋外でやる時はマットが汚れないようにビニールシートを下に敷きますが、ここでは清潔魔法という便利なものがあるので、汚れも気にせずマットだけで大丈夫です。会場はすぐに出来上がりました。


「しかし、だ〜れも歩いてへんなぁ、人がおらんことは無いと思うんやけど……」

「そうだな……村とはいえ昼前だ、門番以外一人も見ないというのはちょっとおかしいな……」

「そこは客寄せするしかないっスね!……てことで、のの、出番だぞ!」

「は、はい? 何アカネちゃん?」

「だから、呼び込みするんだよ!」

「ぇえ〜!? 呼び込みって、どうすれば……」

「見てな、こうすんだ……あー、あー……右や左のダンナ様〜〜!」

「アカネ、それちゃうやろ……」

「あれ? んじゃこうか? おひけぇなすってー……って、何か違うな」

「アカネちゃん、それじゃ時代劇だよ〜」

「わかった! こうだ! さーさーお立ち会い! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 楽しい楽しいプロレスの時間だよー!」

「……それも微妙に違う気がするのだが……まぁ他のよりはマシだな」

「ほれ、ののも一緒に声だせー!」

「は、はい……い……いらっしゃいませー! ご一緒にプロレスはいかがですかぁー!」

「ののも何かちょっと違うと思うが……まぁ呼び込みにはなってるから良いか」

 

 ――なんか凄く恥ずかしい……けど、やらない訳にはいかないのです……。

 

 門からそれ程離れていないこともあって、アカネちゃんと呼び込みを始めると、先程の門番さんがこちらを覗き込んで、ハラハラしたり、ちょっと不安げな顔をしているように見えます。呼び込みの下手さ加減に心配してくれてるのかも……そうしてるうちに、建物の陰から女の子がこちらを伺っているのに気が付きました。これはチャンスなのです!


「こんにちわ!」


 わたしが話しかけると、びっくりした顔をして、周りをキョロキョロと振り返り、もう一度こちらを見ました」


「わたし、ののって言うの。あなたのお名前は?」

「……アビィ」

「アビィちゃん、可愛いいお名前だね。 ねぇ、わたしたちこれからプロレスをやるの、良かったら見ていって!」


 わたしの問いかけに、女の子は不思議そうな顔をしました。……あ、そっか、プロレスって言ってもこの世界の人は分からないか……

 

「えっと、プロレスっていうのは……う〜ん……とにかく、凄いんだよ! 見れば解るよ!」


 意味は分からなくても凄いというのは伝わったのか、女の子は笑顔になり、近づいて来てくれそうな雰囲気が……よし、もう一押しなのです!


「貴様等! 何をやっている!! 誰がこんな事を許可した!? さっさとコレを片付けろ!!――アビィ! 子どもは家の中に居ろと言ったはずだ!」


 村のお巡りさんなのでしょうか!? 黒い口髭に濃紺のスーツ、腰に剣を下げています。 凄い剣幕でわたしたちの所へやって来て怒鳴ってきました……アビィちゃんも驚いて、居なくなってしまいました。……こ、こわいです……


「代表は誰だ!?」

「私だ」

「何者だ! どこから来た!?」

「旅の者だ。すまない、許可が要るとは思わなかったんだ、どこに申請を……」

「そう言う問題では無い! 直ちにお前たち全員を拘束する! 警備詰所まで来るんだ!」

「ちょ……いきなり拘束て、何やねん、おっちゃん誰や?」

「俺はこの村の警吏だ。素直に従わないと言うなら痛い目を見るぞ」

「オイ待てやオッサン!! ちょっと強引なんじゃねーのか!?」

「黙れ! 抵抗するのか?」

「おう何だやろーってのか!?」

「よすんだお前たち、警吏殿の指示に従おう」

「……初めからそうすればいいんだ! さぁ来い」

「ダリウス!」


 門番さんが異変に気がついて警吏さんに声をかけたんですが……


「カフラン! お前は門を見張っとけ! ブラウを交代で送るから話があるなら後で聞く!」

 

 ――警吏のおじさんが怖過ぎます……わたしたちは向かい側の建物、警備詰所に連れて来られました。


「ブラウ、ラーセルを呼んでこい。その後でカフランと門番を代わってくれ。――さぁ、お前達はここへ入るんだ!」


 怖い警吏さん……ダリウスさんは、中に居たブラウさんという少し若い人を使いに出し、わたしたちは木の格子のある一室に押し込められました。

 ――これって、もももももしかして牢屋……!?


「おいふざけんな! 出せよオッサン!!」

「そこで大人しくしていろ! おいお前、代表だったな、尋問する、こっちだ。そこへ座れ」

「千葉さん!」


 千葉さんは隣の部屋へ警吏さんと一緒に入っていきました。部屋の扉は開いているので、警吏さんがこちらが見える位置で椅子に座ったのが見え、机を挟んで反対側に千葉さんが座ったようでした。


「大丈夫だノノ、チバのことだから上手く話をつけてくれるさ、オマエらも心配するな」


 警吏さんに怯えて、副社長さんをずっと胸に抱えっぱなしだったのですが、そんなわたしを慰めるように励ましてくれました。それから暫くすると足音が聞こえ、誰かが入って来たのが分かりました。


「ダリウス、トラブルか?」

「あぁ、まったくこんな時にな」


 年配の男の人の声が聞こえるけど、ここからは姿は見えません。

 程なくして「ドタドタドタ……バン!」と、もう一人慌ただしく走ってきてドアを開けた音が聞こえました。


「ダリウス! その娘らは……何も勾留する事はないだろう!?」

「カフラン、お前が入れたんだろ? こんな状況だってのに」


 さっきの門番……カフランさんが、こちらの部屋をチラッと見て言いました。


「そうだよ、こんな時だからこそ、子供達の気休めになるんじゃないかと思って、俺は歓迎したんだ」

「……こんな時? 何があったんだ? よかったら聞かせてもらえないだろうか?」

「他所者には関係ないことだ、いらぬ口を挟むな」


 千葉さんが理由を聞くために話かけたんですが、警吏さんは冷たくあしらいました。

 

「ヨソモノで関係ねぇーってんなら、さっさとこっから出せよ! すぐにでも村から出てってやるからよ!!」

「よせアカネ」

「黙れ小娘が……こちらの事情も知らずに吐かすな」

「アカネ、黙ってなあかんよ」


 アカネちゃんが警吏さんに食って掛かって、千葉さんとラトさんに窘められました。


「警吏殿、その事情を説明していただけないだろうか? 私たちに何か力になれる事があるかもしれない」

「無用だ。お前らにできる事は何もない」

「しかし……」

「まぁ待てダリウス。失礼お嬢さん、わたしは村長のラーセルです。お名前を聞いても?」


 声だけ聞こえていた年配の男の人は、村長さんなのでした。

 

「はい、私はチバ・エレナ。仲間達と……興行をするために各地を回っているところです」

「ほう、興行を……それはどのような?」

「プロレスと言って、格闘技の技を試合形式で披露しています」

「ああ! それで冒険者並みに強いということか! ラーセル村長、ダリウス、彼女たちに協力を依頼すべきだ!」

「……どういう事だ、カフラン?」


 門番さんが、最初のわたしたちとのやり取り……ゴブリンや猪と戦った話を二人に伝えました。村長さんは驚きつつ納得していたようですが、警吏さんは懐疑的です。


「冒険者?……それならギルド証があるはずだ」

「いや、彼女らはあくまで旅芸人だし、商業ギルド証も無い山奥から出て来たってことだ。何しろ精霊を連れてるくらいだからな。これは幸運の兆しなんじゃないか?」

「ほぉ、精霊が居るのかい?」

「えぇラーセル村長、勾留室に居ますよ」

「精霊? あの娘の抱いている人形のことか?」

 

 門番さんに言われてラーセル村長さんが、わたしたちの方へ顔を覗かせました。ご年配のグレーのお髭が立派なかたでした。


「おぉ、確かに精霊様のようですな。おやおや、こんな小さなお嬢さんまで……すまないね皆さん、普段なら、あまり人の出入りが少ない村なので歓迎したいところだが、今、村はちょっと憂うべき問題を抱えておりましてな」

「憂うべき問題?……なあ村長よ、オレたちはいつまでこうして居ればいいんだ?」

「すみません精霊様、ダリウスかれも悪意があって拘束している訳では無いのです」

「ほぉ?」

「最善策が無いか話し合ってみますので、もう暫く我慢してください」

「どーだかな! ダレかさんはコッチのゆーことは無視して、アタシらをモンドームヨーでしょっ引いたからな!」


 顔を引っ込めた村長さんの頭越しに、警吏さんにハッキリ聞こえるように、アカネちゃんはわざと大きな声で答えました。

 

「……なぁダリウス、彼女らの馬車を確認した時、見せ物用の舞台設備のような物はあったが、武器や鎧、弓や杖といった戦闘用装備は何一つ確認できなかった。彼女らは旅芸人でトラブルを起こすようには見えん。拘束する必要なんてないだろ?」

「尚更だろカフラン? 冒険者でなく戦えもしないなら、尚更だ。チバこっちは兎も角、向こうはちっこいのやらヒョロイのやら、とても魔法やら武器無しでどうにかなるようには見えんがな」

「でもダリウス、それでも彼女らは、南森を抜けてこの村まで来たんだ」

「じゃあ何か? 身体一つでこいつらがオーク達に勝てるとでも言うのか? 俺には到底そうは思えん」

「オーク?」


 千葉さんはオークの意味が分からなかったみたいです。わたしは……立って歩くブタさんのイメージがぼんやり浮かんでいたんですが、ラトさんに腕を引っ張られ、四人(?)で円陣を組むように頭を突き合わせると、小声でアカネちゃんが話し出しました。


「―――だから、な?」

「……え? ダメだよそんなの」

「オレは何とも言えんな〜」

「ええんちゃう? いざとなればウチが直すし」



「のの? ラト、どうした?」

「何をコソコソ話してる」


 わたしたちの会話が漏れ聞こえた千葉さんが怪訝に思ったようです。警吏さんは相変わらず冷たい対応ですが、アカネちゃんは隣の部屋にハッキリ聞こえるように大きな声で言いました。


「お巡りさんよ、オーク退治が必要なら、アタシらが加勢するぜ」

「何を馬鹿な。余計なことを考えず大人しくしていろ、それがお前達の為だ」

「アタシたちが強ぇって証明すりゃいーんだろ?」

「いい加減にしろ! そこで何を証明できるというんだ!?」


 アカネちゃんは木の格子から一旦離れ、2ステップで助走をつけて飛び上がり体を捻らせました。


「うぉおりゃぁああああ! アカネドロップインパクトォオオオーー!!」


 ドッガァーーーーン!!


「…………なっ!?………」


 アカネちゃんが格子の扉めがけて思いっきり捻りを加えたドロップキックをお見舞いしました! 太めの角材でできた木の格子扉は簡単に壊れて、向かいの壁まで吹き飛んでしまいました。……うわぁ……後でラトさん、直すの大変そう……なのです。


「どうだお巡りさんよ!! これでもアタシらは弱ェかい?」

「…………」

「見たかダリウス……あの格子を蹴りでブチ破るとは……やはり、ゴブリンやワイルドボアを倒したのは本当だってことだ!」

「……いや凄いな、お嬢さん。どうだいダリウス、彼女らに加勢してもらおうじゃないか」

「…………」

「どーなんだよオッサン! 何とか言えよ」

 

 壊した扉から抜け出したアカネちゃんが警吏さんに突っ掛かります。みんなも牢を出て、廊下から隣の部屋を覗き込みました。

 

「…………ダメだ」

「……ハァア!?」

「なぜだ警吏殿!? 私たちは実際チカラになれると思うぞ!? アカネだけじゃない、私たちは全員、戦うチカラがある!」

「お前たちは冒険者では無いと承知している」

「おいダリウス! 冒険者に拘るのなら俺が隣町に頼みに行くって言ってるだろ!?」

「それは却下だと言ったぞカフラン。ベクセンのギルドに応援を頼むには、早馬で片道五日はかかる上に東森を抜けなければならない。もしオークに会わずに済んでも、依頼やら募集やらで直ぐに冒険者が来ることはない。そんな長い期間、村を空けておける訳がなかろう」

「カフラン、それはわたしからも反対だ。お前も分かっているだろう? この村の守りを削る訳にはいかんのだ。……メリーアンナとレイノルズの二の舞はあってはならない……」

「……村長の言う通りだ。村の男たちは俺やお前と違って実戦慣れしていない。ブラウも未熟だ。もう暫く我慢して……」

「いつまでだ!? そうやって我慢していれば魔物は居なくなるのか!? 余計に増えるかもしれないんだぞ!? そうなれば今度は村が襲われる! だったら、今のうちに彼女たちに助力を願うべきだ! 彼女たちは強い!」

「ダメだ!!……奴等は女とくれば見境が無い。むしろ悲惨な被害が増えるだけだ!」

「ダリウス!」

「とにかく、オークの事は俺たち村の男衆で何とかする。チバおまえ達には悪いが、この件が済むまでこのまま大人しくしていてもらうぞ」


 頑なに協力を拒む警吏さんにみんな沈黙していたその時でした。男の人が大声を上げながら詰所に走り込んで来るのが窓から見えました。――あの人、さっき交代で門に行ったブラウさん……だっけ?


「た、大変だ! 子供達が、オークに拐われた!!」


 ガタッ!!


「何人だ!? どっちに行った!!?」

「東森の方だ、子供は四人だと思う……村長、落ち着いて聞いてください、お孫さんがいました……ダリウスさん、貴方の子供もいた……」

 

 

 

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