第9話 異世界での朝


 ◇第九話 異世界での朝

 



 


 ――あれ? ここどこだっけ??……


 目を覚ましたわたしは、辺りを見回して自分が今いる場所を再確認しました。


 ――あ、そうか、わたしたち、異世界ヴェルスタニアにいるんだったっけ。……夢じゃなかったんだ。

  

 まだ薄暗く、夜が明けていない早朝。わたしは朝ご飯の支度をしようと起き出しました。みんなはまだ寝袋に包まって眠っています。焚き火は燻っていて、寝袋から抜け出すと、ちょっと肌寒いのです。

 顔を洗うために小川へ行きます。結界の範囲に掛かっていることを確認して手を水に浸すと、とっても冷たくて、ばっちり目が覚めました。


「おはようのの、早いな」

「あ、千葉さん、おはようございます。すみません、起こしちゃいましたか?」

「いや、私はいつもこれ位の時間に起きるからな。どうだ? ちゃんと眠れたか?」

「はい、あっという間に寝ちゃって、さっきまでぐっすりでした」


 千葉さんも川の水で顔を洗い始めました。


「不思議だな。魔法が使えるようになって、何も無い所から清潔な水も出せるのに、つい小川の水で顔を洗ってしまう。清潔魔法で体は綺麗になるが、やはりシャワーや風呂に入りたくなる。異世界でも朝起きたら、トレーニングをしたくなる。生活習慣っていうのは、そうそう変わらないものだな」

「わたしもいつもの癖で、朝食用意しなくちゃって思って、普段より早いですけど自然に目が覚めちゃいました」

「寮の時は当番制だったのに、こちらではののに任せきりになるかも知れん、すまないな」

「いえ、元々お料理するの好きですし、皆さんには色々やってもらってますから、むしろこれはわたしの役目なのです!」

「そうか、そう言って貰えると助かる。どうだのの、朝食の支度の前に、一緒に軽くトレーニングしないか?」

「!……はい!」


 千葉さんは毎朝早く一人で道場のマシンを使ったトレーニングをしていたし、特にわたしとは食事当番や練習内容の違いもあって、一緒にすることは滅多にありませんでした。だから久しぶりの千葉さんとの合同トレーニングです! ちょっと……いえ、すごく嬉しいのです!


 まだ薄暗く草原の限られた範囲で行うため、基礎体力の鍛錬が中心です。ジャージの下にコスチュームを着てるので、ジャンピングスクワットを続けていても体力には余裕があります。一時間もすると空が明るくなってきました。


「この辺で切り上げよう、流石に汗もかいたな。のの、川で水浴びしようか」

「はい! ……え? 水浴び、ですか?」

「ああ、やはり清潔魔法だけじゃなくて水で汗を流したいからな」


 千葉さんはそう言って川原に向かい、しばらく辺りを見回し考えている風でした。


「のの、悪いが荷馬車に行って私のバッグから大きめのタオルを何枚か持ってきてくれないか? それとののが自分で使うタオルもな」

「はい、わかりました」


 わたしがタオルを取りに戻ると、ラトさんが目を覚ましていました。


「のの、千葉さんとトレーニングしてたん?」

「はい、これから川でちょっと水浴びして汗を流そうかと思って、タオル取りにきました」

「お〜、それええやん。ウチも交ざろ」


 タオルを持ってラトさんと川原へ戻ります。千葉さんは、地面に差した流木と立木の間にロープを結んでいました。


「千葉さん、お早うございます〜。このロープは何ですのん?」

「おはようラト。水浴びするから、ここにタオルを掛けて、一応の目隠しだな」

「なるほどなのです」


 持ってきたタオルをロープに掛けて、目隠し代わりの簡易カーテンの出来上がりです。

 わたしはジャージのファスナーを降ろして上着を脱ごうとして振り返ると、千葉さんとラトさんが二人して早着替えスキルを使い、あっという間に裸になって、川面に入っていきました。


「水が冷たいな」

「陽は出てきましたけど、ぬくまるにはまだ早いですもんねぇ」


 ……千葉さん……美し過ぎますのだ……ラトさん、なんて柔らかそうなお胸……

 わたしが二人の裸に見惚れて固まっていると、ラトさんに声をかけられました。


「のの、どないしたん? 早く入りや」

「あ……、は、はいっ、え〜っと、早着替えスキル発動!」


 二人の様子をお手本にして上着を引っ張ると、服が全て消えて裸になっていました。そうなる事は分かっていたつもりだったんだけど、裸ん坊のわたしを憧れの先輩に見られて動揺し、片腕を振り上げた妙なポーズのまま固まってしまいました。


「ふふ、ののは可愛いな」

「ひゃいっ!? み、見ないでください!?」

 

 ……千葉さんとラトさんにしっかり見られていて、顔から火が出そうなのです!! 慌てて水に入ったんだけど、今度は水が冷たくてまたびっくりする羽目になっちゃいました。


「つ、冷たいです……」

「ああ、でもやはり気持ち良いな。身が引き締まる」

「お陰でしっかり目が覚めましたわ。ええ気持ちや〜」


 ラトさんが仰向けに川面をたゆたいます。……お胸が……浮き袋……なのです。


 気がつくと、お馬さん……ワゴンちゃんが近くへ来て、お水を飲み始めました。


「おはようワゴンちゃん。今日もよろしくね」

「おーい、のの、素っ裸で水浴びかー? アタシも交ぜろー」


 わたしがお馬さんに近づいて挨拶していると、カーテンがわりのタオルの端から、アカネちゃんと副社長さんがやってくるのが見えました。


「アカネちゃん? ……って副社長さん!? うわぁ待って待って! 来ちゃダメなのですー!!」


 慌てて手を振って二人を止めようとしましたが、副社長さんに見られてしまうのでタオルの影に引っ込みました。

 

「何だよののー、今さらアタシに隠すような事じゃないだろー?」

「副社長さんはダメです! 千葉さんたちが居るんだから絶対ダメなのです!!」

「あー、そゆことね、フク、残念だったな」

「オイッ! 心外だな! 別にオマエらの裸なんか見たところでどうも思わん!……フン、まぁいい、オレは馬車に戻ってるからな! ノノ、早く朝飯頼むぞ!」


 副社長さんは文句を言いながら馬車の方へフワフワと戻っていき、アカネちゃんはさっさと裸になり、川に飛び込みました。


「どわーっ!? つめてぇーー! ……あ、慣れたわ。千葉さん、っはよーございっス、ラトおっス」

「お〜アカネ、おはよーさん」

「おはよう、朝から元気だなアカネは」

「っス! 取り柄っスから! いやー早起きは気持ちいいっスね!」

「アカネちゃんいつもお寝坊さんだからねー」

「何だよのの、ちっと早く起きたからって偉そうに……そんな奴は〜……こうだ!!」

「ッキャーーー!?」

「おりゃー!!」

 

 ――ドボーーン…………

 

 アカネちゃんが両手で掬った水を、いきなりわたしに向かってかけてきて、更に追い打ちをかけるように、わたしの腋の下や脇腹をくすぐってきたんです!


「あっひゃひゃひゃはyアヒャ;、d。;亞dl@だ、だめがぶガボごほ…………」


 し……しぬます……アカ ネ……ちゃん……


 ――ゴン!


「こら、やり過ぎだアカネ、溺れたらどうする。のの、大丈夫か?」

「げほっ、ごほっ……えふっ……ひゃい……らいじょぶれす……すびばせん……」


 千葉さんがアカネちゃんを止めたみたいで、ちょっと水を飲んでしまったわたしを引っ張り上げてくれました。

 

「へへ、悪りぃ悪りぃのの、大丈夫か? 顔洗ったほうがいいぞ」


 アカネちゃんがちょっと心配して顔を覗き込んできます。……はい、わたし思いっきり鼻水出てます……

 

「アカネちゃん〜〜」

「悪かったって、イシシ、なーのの、腹へった、飯にしようぜ!」

「もー、アカネちゃんの食いしん坊」

「よし、じゃあそろそろ上がって朝食の準備に入ろう。今日は移動するから早めに動くぞ」


 わたしたちは川から上がって着替えると、昨日の残りの食材を使って朝食を済ませ、村を目指して出発しました。

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