第8話 初めての野営(2)


◇第八話 初めての野営(2)





 

「薪にする枝集めは、結界の外へ出ないといけないから、私が行こう」

「千葉さん、みんなで行きましょう?」

「いや、役割分担だ。ラトとののは竈作りを頼めるか? 石を積んで火を熾せる簡易なものでいいんだ」

「あぁ、ほならウチのスキルでできそうやわ。あの辺の川原で石を見繕ってみよか、のの」

「はい、分かりました。千葉さん、気をつけてくださいね」

「何かあったら、直ぐに呼んでくださいねぇ〜」

「チバ、オレが一緒に行ってやる、魔物の警戒は任せろ」

「ありがとう副社長、助かる」

「千葉さん、あたしはイノシシの解体っスか〜?」

「あぁ、大変だろうが頼むぞアカネ」

「うぃっス、まかしてください」

「アカネ、こっちが終わったらウチが手伝うでぇ」


 再びジャージに着替えたわたしたちは、夕ご飯の準備開始です。川原で拾ってきた手頃な石を組んで竃を作ります。ラトさんのクラフトスキルのお陰で竈はあっという間に出来上がり、安定して使いやすい平らな石の調理台まで出来ました。さすがD.I.Yの達人ラトさんなのです。

 向こうではアカネちゃんが大きな解体用包丁を手に、解体スキルで血抜きした魔物を「ウリャー!」「ドリャー!」と気合を入れて部位わけに奮闘しています。


「ほなウチはアカネの手伝い行ってくるさかい、ののは調理の準備しとってやぁ〜」

「はい、ありがとうございます」

 

 わたしはアイテムボックスから大きめのお鍋や、まな板、包丁と調味料の塩、お味噌、料理酒などを取り出して並べていきました。……うん、良い感じの簡易キッチンの出来上がりです。こちらは準備オッケーです。

 

「のの、薪は明日の朝の分も含めて、これくらいあれば足りるはずだ」

「はい、ありがとうございます。……あの、竈の火を着けるのって難しいですか?」

「あ〜、ののは経験ないのか、じゃあ火熾しは私がやろう。得意だから任せろ」

「すみません、お願いします。手順とかあるんですか?」

「そうだな、やりながら教えようか。最初はよく乾燥した燃えやすい物を下に敷いて、上に小枝を重ねるんだ」

 

 千葉さんが着火魔法を発動して嬉しそうに火をつけます。先ずは乾燥した杉の葉や松ぼっくりみたいな植物を火種にして、それがパチパチと燃え始めると木の良い香りが漂い始めました。更に小枝を焚べて小さな炎を大きくし、そこへちょっと太めの枝を重ねていきます。枝に火が移り、火力が増してきたところで、サバイバルスキルexで取り出した鉈を使って、太い枝を燃えやすいように縦に割っていき、それを竈に焚べていきました。わたしはお湯が沸くのを待つ間に、さっき採った山菜などをざく切りにしておきます。

 お湯がちょうど沸いた頃に、アカネちゃんたちが切り分けた魔物の肉を持って来てくれました。


「なぁなぁ見てコレ!」


 アカネちゃんがお肉より先に嬉しそうに見せてきたものは、2〜3センチくらいの赤紫色の宝石のような石でした。


「綺麗……ていうか、ちょっと怖い色です……」

紫水晶アメジストより柘榴石ガーネットに近い色だな、それは何だ?」

「魔石っスよ魔石! あのイノシシから出てきたっス!」

「え? 魔石? 魔石ってあの魔石なの?」

「せやで、魔物から採れる、お約束のやつや」

「え〜すごい! です……けど、何に使えるんですか?」

「そりゃーオマエ決まってるだろ、あ〜…………なぁ? 何だ、ラト?」

「知らんのかい……ファンタジー世界的には、売るとか素材にするんやけど……ここではどうなん副社長はん?」

「そうだな、ラトの言う通り、魔法や錬金術のスキルとか技能があれば、素材として魔石を利用するのが一般的だが、手っ取り早く冒険者ギルドに売って日銭を稼ぐ冒険者が大半みたいだな」

「それでは私たちは、その冒険者ギルドとかで売るのが良いと言うことか」

「まぁ、今のところはそう言うことだが、とりあえず一旦保管しといて、後でどうするか考えればいい」

「そうだな、そうしよう」


 魔石の管理を知識のある副社長さんにお願いして、肝心の調理に戻ります。

 

「うわぁ、美味しそうなお肉です……すごい……」

「苦労したぜ、何せデカイし、バラしたのも初めてだしな。でもなかなか上手く捌けただろ?」

「ああ、大したものだ。凄いな、スキルの恩恵ってのは」

「でもなんでアカネは解体スキルなんやろな? 肉屋のバイトでもしてたん?」

「ないない、買い出しにはよく行ってたけど、何でだフク?」

「無自覚かい……壊し屋アカネよ」

「わたしは、イメージに合ってると思うけどな……だって、よく家のもの壊してアカネちゃんのお母さんに叱られてたじゃん」

「ぇえ〜……それガキの頃の話じゃん。今は関係ねーよなー」

「寮の壁に穴あけたりベッドの手摺り壊したのは割と最近の話やん」

「なるほど、アカネのバーニングクラッシャーの異名は伊達じゃないんだな」

「…………そーゆーことなのか? フク?」

「そういう事だ」


 

 





 

「いただきまーす!」


 馬車の隣の芝生みたいな草むらで焚き火を囲み、みんなで晩ご飯です。空には夕焼けが僅かに残っていますが、辺りは暗くなってきていました。大変な状況……の筈なのですが、キャンプみたいでちょっと楽しいのです。

 

「うまーーーい! のの、ホントすげーな!」

「うん、本当に美味しい。寮の食事当番でも、ののが一番美味しく作ってくれていたからな」

「ほんまですねぇ、料理はののに任しとけば安心やわ。アカネは毎度、真っ黒コゲやったもんなぁ」

「ソレな! 毎回みんなの食わなかった炭が、オレに回ってくるんだわ。あんなん人の食いもんじゃねぇって!」

「副社長はん、人ちゃうやん」

「フクー、お前タダメシ食わしてもらってたのに、なにゼータク言ってんだよ! コゲうめーじゃんかー! もう作ってやんねーぞコラ」

ヴェルスタニアこっちじゃ、毎回美味い料理を作ってくれる担当がいるから構わんぞ。な、ノノ?」

「あ、ありがとうございます。皆さん沢山あるので、おかわりしてくださいね」

「ウチおかわりぃ」

「はやっ! はやいよラト!」

「私もおかわりいいか?」

「千葉さんもっスか!?」

「ノノも早よ食えよ〜。あ、オレもおかわりな」

「ちょちょちょ、待てお前ら、あたしもー!」


 イノシシ肉って臭いのかと思ってたけど、ちゃんと下準備すれば、すご〜く美味しい……アカネちゃんの解体スキルに感謝して、わたしもおかわりします。初めて作った即席牡丹鍋ですが、みんな喜んでくれて、代わるがわるおかわりをし、あっという間にお鍋はからっぽになりました。

 あ、ちなみに今回調理しきれなかった大量のお肉や、みんなで集めたキノコや山菜などの残りは、私のアイテムボックスに空間収納できちゃいました! スキルってすごいのです! 女神様ありがとうございます!  

 

「あーウマかった! これで白メシさえあればなー! なぁフク、米ないの?」

「おぅ、ヴェルスタニアにも米はあるぞ、だからある所にはあるんじゃないか? まぁ場所は知らんけど」

「フクー、またそれかよー」

「いいかアカネよ、あくまでこれはオマエらを鍛えるために課せられた試練なんだ。自分たちで考え行動してこそ、成長につながるんだぜ、なあチバ?」

「ああ、副社長の言う通りだな。……この世界にプロレスを広める。その為の訓練を怠らず、興行をしていくことで、私たちはレスラーとして成長していくんだ」

「なんか、馬車で町街を回るサーカスみたいで、ちょっとドキドキします」

「せや、ほんならな副社長はん、この近くに人の住んでる町とか、村とかあらへんの?」

「知らんなー。基本、オレは深い森とかに住んでる精霊獣だからな、人里とか滅多に行かないし、そもそもこの場所も初めてだしな」

「なんだかんだ良いこと言ってるふーで、実は知らないの誤魔化してるだけだろフク。やっぱダメ獣だなー」

「アカネ、オマエにだけは言われたくない! それに……場所を確認するなら、オレよりもチバに聞くべきだろ」

「私?…………あ、そうか」


 千葉さんはステータス画面を開くと、サバイバルスキルを確認しました。


「あったぞ、これだな副社長。地図、オープン」


 目の前の空中に、この辺りを示したと思われる地図が表示されました。


「おお!? やったぜ千葉さん、スゲー!」

「これ、ここが目の前の川で、こっちが道ってことで、ええんですよね?」

「そうみたいだな。この道を行くと……これは、ダルカ……村? なのか?」

「ま〜、行けばわかるさー!」

「もっと大きな地図って、見れないんですか?」


 千葉さんは映し出された地図の画面を指でタッチしますが、表示内容は殆ど変化しません。

 

「……ダメだな。範囲は多少動くが、さして変わらないな」

「それはチバの能力がまだ低いからだ。慣れてくれば、もっと広がると思うぞ」

「なるほど……しばらくはこれ頼りだが、それでも助かるな」

「ほな、明日はこの場所に行ってみますか?」

「ああ、プロレスをやるにしても、とにかく人の住んでる町や村に行くことが第一歩だからな」

「おー! 明日いきなり試合できちゃったりするかもっスねー!」

「そうなればベストだが、この世界は元の世界と違って私たちが知らない事だらけだからな」

「元の世界……CVWの皆さん、わたしはともかく、千葉さんたちがいなくなっちゃって大丈夫かなぁ……」

「心配するなのの……もし私たちがいなくても、あの社長のことだから、ちゃんとCVWを盛り上げてやっていくだろう」

「そっスねー、鬼の社長がこのまま諦めるなんて有り得ないっスもんねー」

「せやねぇ、社長はんは、たった一人でCVWを立ち上げた人やから、ウチらがおらんでも上手くやっていくと思うわぁ」

「そうだな……だからこそ、この世界でパフォーマンスを上げるんだ。帰った時にCVWをより一層盛り上げて、恩返しができるよう、明日からの行動に活かしてゆこう」

 

 

 



 食器を片付けた後、寝袋を馬車の外に持ち出して、みんなで焚き火を囲むように陣取ります。お風呂に入りたいけど、今晩は清潔魔法で我慢です。

 この世界のお月様は大きくて、夜空がすごく明るいです。星もたくさん輝いてて、プラネタリウムを見てるみたい。もうこれは、キャンプみたいじゃなくて、本物のキャンプなのです! 木々の間の草地で、風が心地よくて、静かに流れる小川の水音、結界があって、焚き火があって、ランタンが灯ってて、寝袋があって、お腹いっぱいで談笑して、みんなと居ると安心感がすごくて怖さは感じません。お馬さんも近くで座って、気持ちよさそうです。

 


「そうだラト、お前バーニングファイヤー号に餌あげたのか?」

「ばー……? なんやねんそれ」

「アカネ、もしかしてあの白馬のことか? それ、名前……なのか?」

「ア、アカネちゃん! わたしは、みるくちゃんが良いと思うんだけど、どう……?」

「いーや、そんなダセェ名前じゃないだろ。あいつの目をみりゃ分かる。な! バーニングファイヤー号!」

「……………………ぶるるるるぅ……」

「な?」

「いや、なんか嫌がってるように見えるぞ?」


 お馬さんは、イヤイヤをするように首を横に振っています。……うん、そうだよね、そんなヘンテコな名前はいやだよね。

  

「じゃあ千葉さんはどーなんスか? 何かイイのありまスか!?」

「わ、私は…………スノーホワイトとか良いと思うが、どうだ?」


 お馬さんが一瞬目を輝かせて千葉さんを見た後、切なそうに首を振りました……ンンン?

 

「スノーホワイトとか無いっスよ千葉サン、なんかシャレオツすぎっスよ、ぜんぜん燃えないじゃないっスか!」

「別に燃えなくていいだろう!?」

「いや、走る奴は燃えっしょ! なあラト!」

「ワゴン」

「………………ん?」

「ワゴン。もう決まってしもてん」

「え? お馬さん……名前……ワゴン……なんですか?」

「ウチらの乗ってたワゴンが馬になってもぅた〜とか思てたら、いつの間にか決まってん。んでも本人も気に入っとるみたいやし、ええんちゃう?」


 お馬さん……ワゴンちゃんを見ると、寂しげな瞳が、なんか諦めの境地みたいに見えました。


「何で決まったって言えんのさー! バーニングファイヤー号でいいじゃんか!」

「あ〜、そりゃ無理だなアカネ」

「何でさフク!」

「じゃあチバ、試しに白馬かのじょのステータスウィンドウを開いてみろ」


 千葉さんはお馬さんに向かって片手を前に差し出しました。

 

「こうか? ステータスオープン。…………あ、開いた。……うん、名前は[ワゴン]だな」

 

 表示されたステータスウィンドウには、名前[ワゴン]としっかり記入されているのがわたしにも見えました。

 

「命名権はオマエら全員にあったんだが、御者してるうちに知らずにラトが付けちまったみたいだな。これは一度登録されたら変更不可能だ」

「ふぇ〜……そうなんですか……ワゴン……ちゃん」

「ぐぬぬぅ……バーニングファイヤー号〜〜」

「あきらめるんだな、アカネよ」


 

 アカネちゃんの野望は、ラトさんの意図しない活躍(?)により敢えなく打ち砕かれたのでした。本人(?)が気に入っているかは微妙な感じだけど、少なくともバーニングファイヤー号じゃなくて良かったし、慣れればワゴンちゃんも可愛いかもなのです。

 こうして異世界に来て最初の夜は更けていきました。

 

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