第3話 異世界へようこそ(1)



◇第三話 異世界ヴェルスタニアへようこそ(1)



  


 ―― 一瞬目を瞑っていたような、永遠のような……


 閉じているのか、開いているのか分からない目の前は、一転して真っ白で眩しい。


 次第に感覚が戻り始め、体に振動が伝わってきました。


 ――ガタゴト……ガタゴト……


 音が戻ってきます。


 ――カッポ カッポ カッポ カッポ……

 ――サワサワサワ……


 頬に風を感じ、真っ白な世界から色彩が戻ってきました。

 ……ふと気がつくとわたしたちは、明るい光の中を、のんびり走る何かの中で揺られていました。


「????……」


 全員の頭の上に疑問符が浮かびます。


「なんだここ?? どーゆー状況だ!? トンネルは? てか車は??」


 アカネさんが反応したのをきっかけに、みんな我にかえります。


「お、落ち着けみんな! 先ず状況を確認して整理するんだ!」

「わわわかんないけどわかりました! 馬です! 馬車です! 走ってます!」

「何で真っ昼間なんだ!? さっきまで夜だったのにどこいった!?」

「雨は? 雨も止んで太陽が出てます!森の中です!」

「……千葉さん、ウチ、ハンドルやのうて、手綱握っとる……」

「……………………」


 わたしたちは顔を見合わせ、再び押し黙ってしまいます。


 カッポ カッポ カッポ カッポ……

 ガタゴト ガタゴト……

 サワサワサワ……

 

 しかし、不意に沈黙を破ったのは、聞き慣れない男の人の声でした。


「この状況について、オレから説明しよう」

「!!?……」


 みんなの視線が、わたしの膝の上にいる黒猫の「副社長さん」に集まりました。あれ?今のって……


「おーい、聞いてるか? オレが説明するって言ってるんだ」

「!!」

「副社長がしゃべったーーーー!!!!」


 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あなたは本当に困った子ですね」

「いやぁ〜、ようやく魔法のない世界での、見習い期間が終了する〜ってタイミングで、強い力が欲しい〜って言う奴らがいたもんで。一緒に連れてきたのそんなにマズかったですかね?」

「異世界の住人がこちらの世界に来てしまうなど、過去に例のない事なのです」

「でも実際に自分が向こうの世界に送られてたんですから、マズイなら女神様がチョチョイっと送り返せば済むんじゃないっすか?」

「彼女たちは一介の人間に過ぎません。神族の精霊獣であるあなたが次元を越えるのとは訳が違うのです。むしろ、無事にこの世界に来られたのが奇跡と言えるでしょう」

「ほぉ〜。じゃ〜そこは、オレのチカラのおかげって感じですかね〜? 自分もあっちの世界で成長したって事ですね〜♪」

「お黙りなさい。そうやってすぐ調子に乗る悪い癖は治っていないようですね。今のところ、彼女たちを安全に帰す方法はないのです。此度の件で、あなたの見習い期間を延長とします」

「うげ……」

「私は彼女たちが無事に帰還できる方法を模索しておきます。それまではヴェルスタニアで生き抜くために、彼女たちにいくつか加護を与えましょう。あなたは彼女たちに付いてチカラになっておあげなさい」


 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




  

「とゆ〜わけでな、ここはチキュウでは無くヴェルスタニアなんだ」


 緩やかな丘に馬車を止めて、緑の草原に座りながら、わたしたちは副社長さんから「女神様」とのやり取りを聞きました。


「まぁいきなり信じろって言っても難しいがな」

「おぉーすげー! 異世界転生ってやつだな!」

「お、アカネは流石に飲み込み早いな。 オマエたちの部屋、その手の漫画やゲーム多かったからな〜」

「この場合は転生やなくて転移ちゃうん?」

「わたしも異世界モノ、アカネちゃんたちに勧められて少し読んだけど、まさか本当に起こるなんて……」

「異世界……転生? 転移? なに? どう……いう」


 いつもストイックにプロレスに集中していた千葉さんは、アカネちゃんや副社長さんの会話に付いていけない様子です。わたしも異世界初心者なので上手く飲み込めてませんが……。


「千葉さん、分かりやすく言えば、ここは地球じゃなく異世界っスよ。魔法があって魔物がいるファンタジー世界! だろ?フク」

「おぅ、そーゆーことだ」

「アカネ、何言ってるんだ? ……魔法? ……魔物!? ……ダメだ、説明されればされる程、混乱する」

「チバ、難しく考える必要はないんだぜ? ありのまま、見たままを受け入れればオッケーてことだ」

「せやなぁ、確かに副社長はん、羽が生えて浮かんどるしなぁ」

「フワフワの丸いぬいぐるみみたいになってて可愛いです」

「だろぉ? ノノは良〜く分かってるな、オレは元々チャーミングなんだよ。魔力をたっぷり吸ったこの体が本来の姿だからな」

「お前たち、なんでそんなにアッサリ受け入れてるんだ!? 私は……これが現実だとは思えん。 きっと夢でも見てるんだ……強行軍で疲労が溜まってたから、今頃車で眠って……」

「二ヒヒ……千葉さん、さっきまで状況を確認して整理しろーとか言ってたくせに」


 ニヤニヤ笑うアカネちゃんの頭を千葉さんがゲンコツでゴツンとしました。


「いった! 千葉さんほらコレ夢じゃないよ痛いもん!」


 うん、ちょっと痛そうだけどそれはアカネちゃんが悪いです。

 でもそのお陰なのか? 千葉さんがいつもの冷静なペースに戻ると、それに釣られるように、みんなも冷静に判断できるようになってきました。


「これが現実……今のところ我々は、元の世界に帰れる術がない……」


 千葉さんはそのまま口をつぐみ、考え込んでしまいました。


「元の世界だと、どうなってるんだろう? 副社長さん、わたしたち、やっぱりいなくなった事になってるの?」

「ん〜どうだろうな……まぁ、帰れたとして、そのまま来た時の時系列に帰れるかもしれないし、浦島太郎みたいになるかもしれん……が、そこは女神様次第だな」

「そんな〜……」

「副社長はん、浦島太郎知ってるんやな」

「いやツッコミどころそこかいラト」

「そんな心配するなノノ、きっと女神様が上手くやってくれるだろう。あの方はいつもオレらを見てくださってる。信じろ」

「はい……」

 

「……てゆーかコレって全部、フクが悪いんじゃね〜か!?」

「は? 違げーよ、アカネがブワーッと強くなりたいとか言ったからだろが。オレは協力してやろうとしただけの、ただのお精霊好しだっての」

「何だとフクてめー、人のせいにすんのかコラ、しばくぞコラ」


 アカネちゃんは空中に浮かんでいた副社長さんを捕まえようと手を振り回しますが、副社長さんはフワフワと躱します。そんな二人?を置いといて、しばらく考え込んでいた千葉さんが、意を決したように口を開きました。

 

「よしっ! せっかく女神様が与えてくれた試練・・・いや、またとないチャンスじゃないか。ここでの生活を活かし、日々訓練し、元の世界に戻った時のための糧としよう。まず当面の目標は生き抜くこと。そして、折角だから興行をして回って、この世界にプロレスを広めるというのはどうだ?」

「……すごいです千葉さん!」

「……確かに、このままここにおっても、なんも変わらんしなぁ。……ええんとちゃいますか?」


 覚悟を決めたら、前を向いて進むだけ。――そんな今までと変わらない千葉さんの闘魂を感じて、この世界でもみんなとなら、やっていけるんじゃないかって感動してしまいました。うぅっ……千葉ひゃん、どこまでもついて行きまひゅ。

 

「オマエらならそう言うと思ったぜ!」

「あたしは言ってないぞフク! 降りてこいやコラァ‼︎」

「アカネはほっといて、チバの意見にみんな賛成ってことだな? そこで! 女神様からの加護おくりものだ。 この世界を興行して回れる荷馬車セットと、魔物と対等に渡り合うためのギフトを、オマエらのリングコスチュームに付与エンチャントして貰っといたぜ!」

「衣装に? そのギフトって具体的にはなんや? チートスキルとかなん?」

「チートスキル!? マジかよフク! そーゆーのは早く言えよ、オマエなかなか良いとこあるじゃんか〜♪」

「だから言ってるじゃないかアカネ、オレは、お精霊好しなんだって!」

「副社長、そもそも、そのチートスキル? ギフトとか言うのは、女神様のチカラではないのか?」

「…………そう、ともいう」

「おいこらフクあたしのホメ言葉を返せや」

「でも千葉さん! チートスキルって凄いんですよ! 魔王を倒したりできちゃうんです!! これでもう安心です!!」

「……いやノノさん、あんまりハードル上げないで……この世界、魔王いないし……」

「なんだー魔王いねーのかよ、つまんねーなぁ、あたしがこう、バァーーーーッ!!っと」

「じゃぁ何のチートスキルなんやろな? 悪役令嬢にでもなるんやろか?」

「…………キミたち、ちょっと落ち着こうか」

 



 

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